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肆拾伍

楽間の都の朝。


「ねえねえ凪!」


「ぐー…すー…」


「なーぎー!」


布団の中でうずくまる凪を、奴瞰はしきりに揺すっている。


「なー」


「んー…」


凪の手が、奴瞰の頭を割と強めに叩く。


「あ…あたしは目覚まし時計じゃ無いよ!ー?


「ん…あと五分だけ…」


「それ五分前にも聞いた!」


凪の被っている布団を引き剥がし投げ飛ばす。


「うわ…」


「おはようございまーす!」



「あら〜?お二人さん、朝早くからお出掛け〜?」


寝巻き姿のまま店先の掃除をしている廻恵理に、奴瞰と凪は呼び止められる。

先に答えたのは奴瞰だ。


「うん!海外旅行に行くの!」


「海外旅行〜?」


廻恵凛は少し斜め上を剥き何かを考えると、廻恵凛にしては実に素早い動きで店の中に入って行き、少しして、普段着の桃色の浴衣を着た廻恵理が出て来る。


「私も〜付いてって良いかな?」


「うん!」


凪はまだ眠気が覚めず、終始ぼんやりと宙を眺めているだけだった。



「がー…ぐがー…」


奴瞰一行は、道端で泥酔している水叉を見付ける。

二十四徹二十五連勤明けで、昨晩はかなり呑んだたしい。


「あらあら〜こんなとこで寝てちゃ〜危ないね〜」


「うーん…」


奴瞰は無い頭で考えると、唐突に廻恵理を物理的に持ち上げる。


「ん〜!?」


「よい…しょ!」


泥酔する水叉に、廻恵理を物理的にぶつける。


「うわあ!?」


当然水叉は飛び起きるが、廻恵理の下敷きになって動けない。


「奴瞰…何やってんの…?」


「えっと、自分でのし掛かるよりはおねーさんの方が良いかなーって。」


「…ちょっとこっち来なさい。」


しばらくもがき続け、水叉はやっとの思いで廻恵理の下から脱出する。


「な…なな何…な…な何事ですか!?」


「水叉はん。道端で寝てとうたら〜危ないよ〜?」


「は…はあ…」



楽真の都を出た一行は、とある場所を目指して平原を歩いている。


「あああ…ああの、何で自分まで?」


「お出掛けするのは〜奴瞰ちゃんと凪ちゃんの二人だから〜保護者も二人居た方が良いかな〜って。」


凪と奴瞰は昨日、バドリアなる国に行ってみようと言う計画を、眠り際にぼんやりざっくりと立てた。

凪は、奴瞰がただ寝ぼけているだけだと思って軽く付き合っていたが、奴瞰は割と本気だった。


「ん〜、それで奴瞰ちゃん。その…ばどりあ〜ゆうのはどんくらい先なんかな?」


「えっと、月千の都のすぐ近くだど!」


「?それなら〜陰陽世界を経由すればすぐな気が〜」


「雰囲気って大事でしょ!」


「ま〜散歩にしては少し遠いと思うけどね〜海渡らんといけんし〜」


水叉はその会話を聞き、ふと不穏な物を感じ取る。



「方角からして〜ここを直進やね〜」


廻恵理は、少々シケ気味の海の向こうを指差してそう言う。

一行は、元々ラクリマジカの物、今は使われていない港に辿り着いていた。


「けけ結構遠そうっすね。ただ、たまには運動も…」


と、水叉の前に奴瞰と廻恵理が立ちふさがる。


「水叉はん。」

「水叉さん!」


「……」


水叉は靴を脱いで裸足になり、廻恵理はおぶり奴瞰は抱えて、海の上に足をつける。


「な…凪さん…ああ…貴女は…?」


「大丈夫です。」


凪も裸足になり、海の上をピチャリピチャリと小走りで駆ける。


「私も出来ます。」


「そ…それは有難い…」


「疲れたら言ってください。奴瞰だったら持てます。」



「ひい…ひい…骨が…悲鳴を上げてる気が…そろそろ…限界が…」


「水叉さんってどれくらい生きているんですか?」


「…彼氏居ない歴と同じ…十一世紀です…」


「ならきっと大丈夫です。」


水叉の腕の中で、奴瞰が手足をパタパタと軽く動かす。


「もっと早く速くー!」



「んく…ふわあああ…おはようねーちゃん。…ねーちゃん?」


寝ぼけ眼を擦りながら、愛衣凛が寝室から降りてくるが、そこに姉の姿は無かった。

代わりに、机の上に一枚の紙切れが置いてある。


「“ちょっと買い出しに行ってくる。多分今夜までには戻るから、うちがお土産買い忘れない様に祈ってて。”…はぁ?また?」


廻恵理はいつも朝が早い故に、愛衣凛が起きる頃にはどこかに消えていると言う事が多々ある。


「はー…店番また一人かー…」


本店は紙の式神達に任せきりで、アルバイトである亜亥が出勤して来るのは昼前になってからだ。

愛衣凛はニスも塗られていない木製のデスクにつき、古びたレジの置いてある机に足をかけ、手で頭を支えるようにしてもたれかかる。

相当な事が無い限り、どうせ客など一週間に一人も来ない。

妖怪向けの薬局など、そんなものだ。


(…ふわぁ…二度寝でもしよっかな…)


“カランコロン”


「?」


店の入り口のドアに取り付けられたベルが、素朴な音色を奏でる。

愛衣凛は慌てて体制を整え、営業スマイルの方法を朧げな記憶から思い出す。


「い…いらっしゃいま…」


愛衣凛の鼻を、独特な近代薬品臭が漂う。

こんな臭気を漂わせる存在は、少なくとも愛衣凛は一人しか知らない。


「いらっしゃいませ!京我様!」


「…店にはお前だけか…」


身体中に包帯を巻き、体のあちこちに接続されている点滴10つを周囲に浮遊させた京我が、よろよろと入店して来た。

幼女の姿をしており、指でそっと触れただけで死んでしまいそうな雰囲気だ。


「今日はどう行ったものをお探しで…」


「…抗鬱剤…睡眠剤…鎮痛剤…それと薬液の予備だ…」


「た、只今ご用意致します!」


愛衣凛は反射的に敬礼をすると、大慌てで店の奥にすっ飛んで行った。


(えっと、確か京我様関連のお薬は…あ。)


京我関連の医療器具は全て廻恵理が管理しており、愛衣凛はよく知らない。


「…あのバカ巨乳…!」


家神の中でも、京我は気難しい事で評判だ。

彼女を怒らせた場合、最悪愛衣凛自身が溶かされて薬液にされかねない。


(嫌だー!そんな変な死に方やだー!)


肝心な時に限って居ない姉を恨みつつ、愛衣凛は店の倉庫中を必死に漁る。

お世辞にも整頓されているとは言えない状態故に、捜索は困難を極めた。


「うーんと…確かねーちゃんが京我様に会った時は…」


廊下に行って、二つ目の扉から別な廊下に進んで、そこから裏庭に降りる階段に来て、そして、


「まさか…此処!?」


裏庭へと出る建てつけの悪いドアの横、他の荷物と一緒になって無造作に置いていた。

“京我様用”とマジックで書かれた、鍵の壊れた金庫を開け、注文の品を小脇に抱える。


「大変お待たせ致しました!」


「…ああ…待ったよ…」


京我の体は、少し痙攣を始めて居た。

外の空気を長く浴び過ぎた上に、熱を持ち過ぎたのだ。


「こちら、ご注文の品でございます!」


「…ああ。」


京我は、アルコールの匂いがする貨幣と紙幣を適当に床にばら撒くと、弱々しい足取りで店を後にしようとする。


「ぐっふ…」


扉を開けようと力を込めた京我は、その反動で内臓を痛め倒れこむ。


「京我様!」


「…おい…頼みがある…大至急転移術を組んでくれないか…」


「かしこまりました!」


家神の中で、唯一生きた体を持つ京我。

少女の体のままで既に二千年近く生きており、その肉体は既に限界を超えて居た。


「…京我様。そう言えば、どうして貴女は生きた体にこだわって…」


「無駄口を叩く暇があるのなら…急げ!」


「は…はい!」


式神の体に乗り換えて仕舞えば、恐らく京我は今抱えている全ての苦痛から解放される。

がしかし、それで京我は自身が母より受けた体を、手放そうとはしなかった。

本当にこの体が死んでしまうまでは、どんな手を使おうとも、生物として生き延びるつもりだった。


「…おい…まだか…」


「ねーちゃんがいればもっと早いのになぁ…もうちょっとです! 」

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