肆拾参
「終わりだ!」
廻恵理の頭上に、巨大な隕石が出現する。
しかし彼女は、逃げようとすらしなかった。
単純に、逃げ切れないと分かっておりその気が起きなかっただけだ。
「は~れ~。愛衣凛~、先立つおねーちゃんを許してや~」
と次の瞬間には、魔法の隕石はどこからか飛び出した何かによって木っ端みじんに砕かれる。
「ん~?」
廻恵理の前に、一人の少女の式神が立つ。
「こちら、葛見漢方店デリバリーサービスです!」
「あ…バイトちゃん!」
数多の薬瓶で詰まったバッグを肩に掛けた亜亥が、そこには立っていた。
「ご注文の、“お城一つ吹き飛ばせ!特性薬品兵器セットB”のお届けに参りました!」
「バイトちゃ〜ん!」
廻恵理が亜亥に飛び付くと、バッグに入っている薬瓶がカラカラと揺れた。
「来てくれて…本当にありがとうね〜!私、さっきまで死出の覚悟決めちゃってたんやから〜」
「ゆ…揺らさないでください!危ないですよ!もし溢れたら…」
「あ、ごめんね〜」
廻恵理は、薬瓶の詰まったバッグを亜亥から慎重に受け取る。
その色とりどりの薬品の入った試験管やフラスコでいっぱいのバッグを背負った瞬間、廻恵理の雰囲気ががらりと変化する。
「ほな、行くで〜」
廻恵理はまず試験管を三つ右手の指に挟み、玉座の間の量の壁と天井に向かって放り投げる。
壁や天井に叩きつけられた衝撃で試験管は呆気なく割れ、次の瞬間にはその巨大な玉座の間の壁と天井を吹き飛ばす爆発が起こる。
「なあ!?貴様らよくも!者共!かかれえ!」
宙に闇の霧が出現したかと思えば、そこから有象無象の悪魔達が廻恵理めがけて飛び出してくる。
「っと、店長さんは私が守ります!」
亜亥の指先から放たれた、弾丸の様な水塊が的確に悪魔達の眉間を貫いていく。
蝙蝠の一団が上空から飛来して来る。
「店長さん!」
「はいよ〜」
廻恵理が放り投げた薬瓶に向かい、亜亥はその手のチョキから火炎放射を放つ。
太陽の如き爆炎が上空に出現し、蝙蝠の群れは跡形も無く消し飛ぶ。
「ほな、魔王はん。」
「生意気な侵入者共め!この我が跡形も無く粉砕してやろう!」
黒い靄のかかっていた魔王の姿が、一瞬で実体化する。
瓦の様な分厚い鱗…までは廻恵理も視認できた。
「さいなら。」
バッグの中から一際大きなフラスコを放り投げた廻恵理は、亜亥におぶわれ飛翔する。
「店長さんも…あ…あんまり動かないで下さいよ…重」
「ほぇ〜バイトちゃん、あれ見てみな〜」
「ええ?」
廻恵理をおぶったまま浮遊飛行する亜亥は方向転換する。
「ほあ!?」
かつて魔王城だった場所を中心に、まるでたこ焼き機の穴の様な窪地が出来ていた。
所々から黒い噴煙が上がり、生の気配は感じられない。
「て…店長さん…?」
「ん〜?」
「妹さんは…?」
「………あ。」
〜
「ゔ…」
瓦礫を退かし、愛衣凛はやっとの思いで地上に出る。
姉が自分の存在をすっかり忘れ、一帯を跡形もなく吹き飛ばすのは今日に始まった事でも無い。
背中をはだけた愛衣凛は、紅葉色のカラスの羽を広げ姉の捜索を始めようとする。
「愛衣凛〜!」
「え?上からねーさんの声が…どあ!?」
真上から落下してきた姉に、愛衣凛は見事に押し潰される。
「痛い痛い痛い!羽が!羽が変な方向に!」
「ああごめんね〜」
廻恵理が横に転がる様に愛衣凛から退けると、愛衣凛はよろよろと起き上がる。
「え〜と…こっち側?」
「逆逆逆!反対方向に捻って!」
「えっと、えい!」
“グキリ”
翼が見事に元通りになると、愛衣凛は大慌てで翼を再び隠す。
少し遅れて、亜亥が上空からふわりと降りて来る。
「ご…ごめんなさい!貴女を見つけた瞬間急に暴れ出して、思わず落としてしまい…」
「バイトちゃんは何も悪く無いよ。…全くうちのねーちゃんが…」
その巨胸を愛衣凛の上に乗せながら、廻恵理は後ろからをわしゃわしゃと撫でている。
「ま〜ま〜、無事だったんやし〜…」
「可愛い妹もろとも巨城を劇薬で吹き飛ばす姉が何処の世界にいるのさ!」
「ん〜…ここ、異世界なわけやし〜」
「じゃかあしい!…はあ…ねーちゃん、バイトちゃん、取り敢えず帰るよ!」
〜
熱、蒸気、溶岩。
新たな大地、新たな生態系が生まれる前の、破壊の情景。
「ぎゃあああああ!」
「ひいいいい!?何て言う熱だ!」
久戒丹を中心に、魔界の大地はそれに置き換わっていった。
定期的に久戒丹の傍に富季が出現しては、久戒丹の口と腹の開口部に木炭を放り込んではまた陰陽世界へと帰るを繰り返していた。
彼女の踏む魔界の大地が余りの熱で融解し、マグマの状態まで戻ってしまっている。
久戒丹のゆっくりとした歩みが目指す先は、現存する最後の魔王城。
「シイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィィィィィィ………(神術)」
高圧の蒸気が、彼女の背より突き出たパイプより吹き出す。
「シイイイイイイイイイイイイイイイィィィ…………(零土)」
魔王城、否、この一帯をぐるりと囲うように、大地に赤熱した亀裂が走る。
久戒丹が一つどんと足踏みすると、亀裂の内側の大地全てが一瞬で溶岩に置き換わる。
木々や岩山、さらには魔王城までもが、ボコボコと溶岩の中に沈み、大地へと還る。
数日もすれば溶岩は冷え固まり、まっさらな大地へと姿を変えるだろう。
「………」
「こちら次の木炭…あら、もう終わってしまわれたのですね。」
「シイイイイイイイイイィィィィィィ………」
「!こ…此処は屋外ですよ!そういう言動は、もう少し控えた方が…」
「シイイイイイイイ…………」
「それもそうですね。確か…お仕事を終えた後は各自帰宅で良かったはずです。」
「…………」
「な…べべべべ別に、私とエルピはそんなんじゃ無いですよ!友達ですよ!ただの同居してる親友ですよ!」
石の擦れる音と共に、久戒丹が微かに笑う。
〜
「という事で。私たちも終わりました。」
富季からの報告を娑雪は受け取る。
「ふむ。富季、久戒丹、ご苦労であったぞ。」
最後の城が陥落され、残るは魔界を統べる大悪魔城ただ一つとなる。
本当ならば、魔界の制圧など娑雪一人で十分だったが、彼女は敢えて攻略志願者を募った。
理由は単純、ただの労力と時間の削減だ。
「たのもー!」
声を張り上げ、娑雪は道場破り感覚で、大悪魔城の大門を蹴り倒す。
向かってくる魔物は大雑把に殲滅し、仕掛け扉は破壊して、魔王の間まで直進した。
レッドカーペットを照らし揺らめく青白い炎、天井や壁を埋め尽くす禍々しく夥しい数の彫刻や絵画。
壁の至る所に、どこかへ繋がる装飾された扉もある。
「よく来たな…愚かなる…ん?」
「うぬがここの責任者か?」
五メートルはあろうかと言う大柄な悪魔だった。
様々な種類の生物の骨で組み上げられた玉座に座り、頭には漆黒の王冠もある。
「貴様…さてはあの山の…」
「汝等が月千を狙っておるのは知っておる。…どういうつもりか聞きに来ただけじゃ。」
デスバークの雷の時は、ささやかなではあったが娑雪の災害予知に引っかかった。
つまり魔界の存在は、少なからず月千へ被害を及ぼす可能性があると言う事。
災厄の芽は、早急に摘み取るに限る。
「どこぞの小心者どもが、勝手に貴様らを脅威と思い込んでいるだけだ。」
「脅威とな?」
「我ら魔族は、いずれ地上の全てを手に入れ支配し、この世界の全てを、我ら魔族の帝国とするのだ!」
「ぷふっ…ふふふふふ…なんじゃ、魔族とやらはみんなそんななのか?」
漫才でも見ているかの様に、娑雪は笑いを堪えきなかった。
「…何がおかしい、女。」
「ふふ、何じゃ。世界を手に入れるとほざく者達を、今まで十三度は見てきたものでな。」
「…我が其奴らと同じだと?」
「何が違うんじゃ?」
「もういい、我をここまで憤らせた褒美だ。我が力に刮目し、そして死ぬが良い!」
結局、魔族も同じだった。
喧嘩っ早く、自らを最強と思い込み、権力にもたれ踏ん反り返り、無敵の幻想を抱く愚か者。
「【仙術・分封】」
娑雪は刀を構え、地面を蹴る。
数瞬閃光が部屋をかけたかと思えば、次の瞬間には魔王の体はバラバラに分解し、いつのまにか周囲に散らばっていた式神の中に、黒い靄として吸い込まれて行った。




