肆拾弐
ラクリマジカ崩壊から、はや百年が経つ。
かの国の政府機能が復興する兆しは見えず、事実上の滅亡状態だった。
がしかし、世界は拍子抜けするほど安定していた。
まず、締め出された冒険者たちをバドリアが軒並み好待遇で受け入れ、グロリアスとの武力差を埋めきってしまった。
マルスサイファーはマルスサイファーで、文字通りラクリマジカの亡骸を喰らうような手段により国力を大幅に増強、冒険者を倍以上抱えるバドリアとも互角に立ち回り均衡を保っていた。
しかし、一方でラクリマジカ崩壊は、暗い影も生み出していた。
「おい貴様ら!我々の鉱山になんの用だ!」
「黙れドワーフ共が…貴様らに、この鉱山の真の価値など分からないだろう!劣等種共は大人しく引き下がるがよい!」
「人間どもが…者ども!奴らを殺せ!」
亜人種に対する法案の未制定が裏目に出てしまい、人間と亜人種との間に亀裂が生じ、完璧な敵対関係へと変貌していたのだ。
森は切り開かれ、鉱山を荒らされ、海を汚され、地を掘られ、天空は無秩序に飛行船が飛び交う。
その大地はまさに、人類の独壇場と化していた。
~
「…ねえ凪、この建物って自分で伸びたり、してるのかな…?」
「無いと思うよ。」
神社にあるとある柱の傷を見ながら、凪と奴瞰は目を点にしながら、そう言っていた。
奴瞰の体は完璧に結着し、梵字テープから、ひらひらした肩出しの白色の着物に変わっていた。裾は足首の辺りまで続いていたが、正面が開いており、太ももまでが大胆に露出していた。
凪も、黒い色違いで奴瞰と同じものを着ていた。
「てことは、あたしたちが…」
「それ以上言わないの。ほら、行くよ。」
~
「あ”ー…暇だー…」
楽真の都設立から百年。
都は、恐ろしく平和であった。
領主である京ノ皇にすらも、仕事が回ってこない程に。
“クウ?”
彼女の髪の毛から生み出された二匹の狐が、不思議そうに彼女の足元をウロチョロと歩き回る。
「ああ?…あーそうだなー。久々に飛ばすかー…」
彼女はそのまま、屋敷の窓からダイレクトに外に出る。
屋根の上には、四本の足で立つ小さな屋根があり、彼女のバイクはそこに留められていた。
“クウ!”
“クワァ!”
と、二匹の狐が彼女の肩と頭に乗っかる。
「お前ら、…へへへ、落っこちても知らねえぞ!【妖術・竜道】!」
彼女が印を結ぶと、バイクの先端から青白い道が伸びる。
人魂の青白い光によって照らされた、爬虫類の皮のような道だ。
道は一直線に街道まで伸びていた。
獣のうなり声のようなエンジン音が、高らかに響き渡る。
~
「…お茶が上がりました。ご…」
ふと輕陀は、その部屋の先に待つ者の名前を間違えていたことに気が付く。
「水叉。」
襖を開けた輕陀が見たものは、数人の式神や妖怪と手分けして、あれやこれやと公務を処理し続ける水叉の姿だった。
「か…かか輕陀…さ…それ…手伝…うげえ…」
「はあ…分かりました。」
輕陀は茶を傍らに置くと、水叉の言う仕事の手伝いに取り掛かった。
手が何本あっても足りないような量が毎日のように降りかかるのもそうだが、娑雪がこれを数分のうちに全て片付けてしまうというのも恐ろしい話だ。
「ぼ…ボスは一体いつまで…」
「さあ。ただ、貴女が過労で壊れるまでには戻ってくると思うよ。…多分。」
式神の操作に、どんちゃん騒ぎで損壊した街の後始末。
仕事はまだまだ残っていた。
~
“ガシリ!”
娑雪が下駄越しに、魔界の悪魔を踏みつけた。
「ひ…ひいいい!何だ!金か?力か?権力か?言ってみろ!」
「知っておるぞ?うぬらが近ごろ、私達を滅ぼさんと動いておることくらいはな。」
「な…だ…誰かぁ!助け…ほごぉ!」
汚物を見るような視線を突き刺しながら、悪魔の顔をより一層強く踏みしめた。
魔界に浮かぶ赤い満月が、娑雪の赤い瞳を引き立てる。
「そうじゃのぅ…しいて言うなれば、権力かの?」
「ほご…ま…まさか…」
「この暗くじめついた世界、私が貰おうかの?」
「なあ!?何を言い出すかと思えば、馬鹿を…」
「……」
「本気か!?お前は、この世界の形を壊そうとしているのだぞ!」
「ふ…創造の前にはなんとやらじゃろ?」
「な…ま…魔王様…どうかお許し…ほべ!?」
悪魔の頭を、下駄で踏み砕く。
「そっちの様子はどうじゃ?九硝よ。」
~
赤い満月が照らす切り立った崖の上、眼下には深く暗い樹海が、地平線の彼方まで続いていた。
その崖に座り、地平を睥睨するように、一体の有我式神が居た。
「ああ、チーフ(娑雪様)ですか。こちらは問題ありません。…正直、地の底に巣食う怪物と聞いてどんなものかと思えば、そこらの鬼と大して変わらなくて、拍子抜けしました。以上。」
鋼の様に冷たい声で、精一杯の冗談と共に報告を済ませた彼女が、九硝である。
黒いビスチェのような服から、着物の生地で出来たカラス色のコートを羽織っている。
微かに紫色の長髪の一部を後ろでリボンで縛り、腰に巻かれたベルトには二本の日本刀がぶら下がっていた。
遥か奥底に紫色の光を湛えるようなその瞳は、ふと背後に目をやった。
何かしらの産業機械で裁断されたかのような綺麗な切れ口の、数多の悪魔達の残骸たち。
更にその背後には、中心から真二つにされた王城のような物も見受けられる。
娑雪達は今魔界にて、文字通り根本的な解決を始めていた。
魔界に点在する四つの魔王城を鎮圧し、魔界の主と呼ばれる大悪魔の討伐。
「そっちはどうだ。ピン髪姉妹。」
~
「もしもし?え。こっちの様子?うーんどうだろう、絶望的って感じだね!ねーちゃん!これどーすんのさ!」
「ん~困ったね~。こんなことになると思ってなくて、お薬、自衛分しか持ってきてなかったんよ~」
「はあ!?」
波の様に押し寄せてくる魔族から逃げながら、愛衣凛は廻恵理を怒鳴り散らかしていた。
四つある魔王城のうちの一つの攻略を、惰性で引き受けてしまった姉への叱責だった。
「あー、あー、もしもし亜亥ちゃん?ちょっと頼みたいことが…え?うん、お店は今日は早めに閉めちゃって良いよ~うん。じゃあ、先ずは…」
「ねーちゃん!電話はそっちで…あーもう!」
愛衣凛は急ブレーキをかけると、両の手に気の炎を帯びさせる。
「うん。うん。お給金は割増しで良いからね~。うん。じゃあ、また後でね~」
愛亥凛は、白い炎を帯びる手で頭を抱える。
これはしばらくかかりそうだと悟ったのだ。
「良い!ねーちゃん!時間稼ぎはやってみるけど、あんまり期待しないでね!後ろに隠れててね!」
「お~。可愛い妹が~随分たくましくなったんね~…ん?これ何なん?」
「のが…と、とにかく、絶対動いちゃだめだからね!」
廻恵理自身は、薬師としての力はあるが戦闘能力は殆ど無い。
故にこういう場面では、いつも愛亥凛が戦っている。
「魔王様に歯向かったこと、後悔させ…ぎゃあ!」
巨大な斧と盾を持った悪魔の腹に、愛衣凛の拳が風穴を開ける。
「おのれえ…覚…ぐあ!?」
盾を構えた悪魔に殴りかかると、盾は熱にあてられたかのように融解し、悪魔も同じ運命となった。
二十体目を屠ったところで、愛亥凛は額に手を当てた。
(やばい…こいつら無駄口叩いてる間に殴れば終わるじゃん…)
生まれて間もないころから、荒神相手に喧嘩してきた愛衣凛にとって、城に巣食う下級の悪魔など雑魚同然である。
「ねーちゃん、あのさぁ…ねーちゃん?」
しかしそこには、彼女の姉の姿は無かった。
~
「ん〜?愛衣凛〜?何処いったん〜?」
一瞬のうちに、廻恵理は魔王城の最深部にたどり着いていた。
「はっはっは!まさか、あれ程までに分かり易い罠にかかるとはな!」
魔王の間。
青白い炎を灯した燭台が並び、彼女の座る紫色のカーペットを照らしていた。
「おかしな罠や〜ね〜。これ、場合によっては近道ちゃうん〜?」
「何を馬鹿げた事を言っている!此処に侵入者が送り込まれ、我が、この魔王デスオラーデが直々に裁きを下すのだ!」
「んーやっぱり近道や〜」
「ふん、馬鹿が。」
「あ〜…私、魔王さんに壊されてまうんや〜…めちゃくちゃにされてまうんや〜…」
魔王は、振り上げた魔杖を一瞬静止させる。
今にも死の鉄槌が下されようとしているにも関わらず、廻恵理のその態度は実に落ち着いて、むしろ楽しんでいるようにすら見える。
今までこの様な反応を示す侵入者は、千年間でただ一度も無かった。
「お願いやから〜お手柔らかにな〜堪忍な〜後生やさかい〜」
一方の廻恵理はと言えば、本当に何も考えは無かった。
直接的な戦闘方法は何一つ無く、薬瓶も切らしている。文字通りの詰み状態だった。
また毎週月曜日から開始します。
そのうち投稿ペースは加速すると思います。




