卌
赤熱した城跡の上、いつの間にやら振り始めた天気雨に打たれながら、一対の剣豪が舞っていた。
閃く真剣を構え、使命の為に戦うはエデュルート。
そして、そんな彼をただただ試すかのように、木刀によってそれをあしらう娑雪。
「そこだ!」
エデュルートの渾身の一撃が、娑雪の喉笛を捉えようとする。
しかし、彼の剣が振られた時には、娑雪の姿は彼の視界から消えていた。
「!?」
「…ふ。」
彼女が居たのは、文字通りエデュルートの頭上。
右の人差し指だけに体重を掛けて彼の脳天の上に乗り、左手の木刀は、まさに今彼を突き刺そうと構えられていた。
「っち…【守護者の闘志】!」
エデュルートの体が薄白色の輝きを帯びる。
彼はその後、剣を構えていないほうの手で、小手越しに娑雪の木刀を受け止めた。
“ガシャ…”
厚紙の曲げられるような不愉快な音を立て、エデュルートの身に着ける鋼の小手が思い切りへこむ。
「な!?」
彼の腕が、小手ごと貫かれた。
地方の土産物として売っていそうな、簡素な造りの木刀によって。
肉をちぎる音がした。
娑雪が、彼の腕から木刀を引き抜いた音だ。
「ぐ…あああ!?」
「…人の身と言うのは、思いのほか頑丈な物なのじゃな。」
娑雪は、先ほどの奇妙な手ごたえを反芻しながら、ふとそんな事を呟いた。
硬い古木に刃を突き立てたかのような、不可解な反発力。
紛れもなくそれは、【守護者の闘志】による物だった。
一時的に、自らの持てる全ての能力を防御力に変換する、戦士系の特殊スキルだ。
パーティが劣勢で、立て直すのに時間を稼がなければならない時や、致命的な一撃が目の前に迫った時など、活用できる場面は限られるが、習得しておいて損のない、汎用性の高いスキルだった。
その防御性能は、文字通り使用者の実力と直結する。
無敗の剣豪と呼ばれたエデュルートのそれは、千の龍の吐息すらも物ともしないと伝えられていた。
「ふむ、なかなか楽しかったぞ。エデュルートよ。」
娑雪の木刀が、エデュルートの首筋をがしりと殴る。
「が…がは…!?」
先の一撃でスキルが解けた彼は、万の戦を超えたものと謳われた大剣豪は、すっかり冷え固まった黒い大地に身を伏した。
「…む?」
ふと娑雪は、先ほどまでは無かった気配を感じ取る。
何者かの集団が、この国に侵入してきたのだろう。
「ふふふ…これも、縁と言う物かの。」
カランと言う素っ気ない音と共に、彼女の持っていた木刀が焦げた大地に転がっていた。
彼女の姿は、城跡の何処にもなかった。
~
「なんだ…こりゃ…」
ラクリマジカに踏み込んだダリアが、最初に目にした物。
瓦礫と化した建物。見覚えのある紙人形。逃げ惑う人々。
そして
「さささ更地にな…なる…なななな…なるまでって、かなりきつい気が…」
巨筒を手に、破壊の限りを尽くす、村の英雄の姿だった。
「…ミズサ殿!?」
「は…ははははいっす!…ん?」
反射的に敬礼をする水叉だが、直にダリアの姿に気が付く。
「あ…おおお久し振りです…その…」
寸瞬の間、旧友との再会を喜ぶダリアだった。
がしかし、水叉の背後から迫ってきた冒険者の一団を、問答無用で吹き飛ばす水叉の姿に、彼の表情は再び緊張にこわばった。
「…久しいですね。ミズサ殿。…貴女もやはり、人に害成すモンスターだったのですな…」
「そそ…そうみたいっすね。」
水叉は、意外にも、あまりにも素っ気なく肯定する。
その口調はどこか他人事の様な、仕方のないことを呟いているようにしか聞こえなかった。
よく見れば、水叉自身は逃げる人々には見向きもせず、向かってくる相手のみに、発破の洗礼を与えていただけだ。
「…今からでも、それをやめることは出来ないのか?」
「…ボスがそう望んだのなら。」
娑雪の意志は、あくまでも娑雪の意志。
拘束でも操作でも、ましてや命令ですらない。
水叉は今、自らの意志で娑雪に従い、娑雪と同じ場所を目指していた。
ダリアは、水叉のそんな姿を見て見ぬふりをした。
もし水叉の事を理解しようとするならば、彼の中にある、倒すべき対象としてのモンスターの像が、崩れてしまう気がしたのだ。
「すー…はー………バドリアギルド、ラクリマジカ支援部隊隊長として、俺は貴女と戦います。…ミズサ殿。」
「…そうっすか。」
水叉は、どこか疲れた様子でバズーカを構える。
ダリアと水叉には、一時でも友情があったのかもしれない。一時でも、信頼関係があったのかもしれない。
ただ、二人は何の為に戦うのかが根本的に違っていた。それだけだった。
「じじじじじ…重火器なんで手加減とかは期待しないで下さいよ。」
「分かっているとも。」
水叉の爆破によって生まれた、いびつな形の瓦礫の広場。
そこに一つ、ドンと言う爆発音が響いた。
水叉の持つバズーカ砲の、最初の一撃。又は、ただ道の違うだけの二つの信念がぶつかり合う、開幕を知らせる号砲だ。
~
「が…ぐあ…」
今にも息絶えそうなほどの、弱々しい呻き声が、凪の足元で響く。
ディラン、カナ、エルの三人は、二度目の敗北を喫したのだ。それも、僅か一分足らずで。
「ふっふっふ…これが、わたくしの祈祷術の力ですわ!」
阨無が大麻を高らかに振り上げながら、同じく高らかに宣言した。
「ふおおおおお!すっごーい!体がぶわあああってなったよ!ぶわあああって!」
興奮した様子の奴瞰が、ぴょんぴょんと周囲を跳ねまわりながら騒いでいた。
「意外と呆気ない…」
凪は自身の手のひらをグーパーさせながら、ポツリと呟いた。
式神の性質上、複数集まった時の戦闘力の上がり方は足し算どころの話ではない。累乗のそれだった。
「な…ぜだ…俺は…また…」
凪は、自らの足元で怨念を垂れるディランに目をやる。
この男によって、自分がどれほどの目に逢ったのか、どれだけの迷惑をかけてしまったのか。それくらいは理解していた。
「…!」
凪は、阨無によって齎された有り余る気を練り締め、一本の長剣を生み出す。
そしてそれを、感情のままにディランに突き立てようとする。
と、そんな凪の手を、白く小さな手が止める。奴瞰…ではなく、阨無だった。
「よしましょう。凪さん。」
「…でも…」
阨無のその表情は、何処までも深く優しい光を湛えた微笑みだった。
「誰も、死んでしまってはいません。ですので、無為に殺してしまうのもよくないでしょう?」
「…」
凪の持つ長剣が、バチバチと音を立てて崩れ去る。
相当高密度にしたことが伺える。
「良い子ですわね。…では。」
魔石の様な物を用意しようとするエルの手を、阨無は魔石ごと踏み砕いてしまう。
「ぐう!?」
「この方たちは、智滇廻さんにでも引き渡しておいたほうがよろしいですわ。彼女、最近はマホウとやらの研究にお熱みたいですし。…あの方に貸を造れるいい機会ですわ…」
阨無の頭が妄想でいっぱいになっていくのを、少し離れた場所に居た奴瞰すらも感じ取っていた。
~
バドリアの援軍から一足遅れて斥候として上陸したエイレンも、その惨状を等しく謁見した。
街道を蔓延る大型式神達。空を滑り地を睥睨する龍型式神。酒ヒョウタン片手に物見遊歩に興じる妖怪も居た。
建物と言う建物すべては原型を保てない程に損壊し、一見すれば大災害の只中だ。
(ああ…そうか…もし私たちが、あの山を汚すことをすれば、マルスサイファーがこうなっていたのだな…)
エイレンは胸に手を当て、何か熱いものをこらえるように唇をかみしめる。
瓦礫の上を小鳥が止まり、爆発音の合間には虫の声が聞こえ、郊外に居るはずの鹿やリスがどこからかやってきている。
随分と長い天気雨が降りしきり、あちらこちらに虹や光の柱が現れていた。
最早その土地は、人の世では無い何かになっていた。
“シャッシャッシャ…”
乾いた草が、石を擦るような音が聞こえた。
エイレンがふと音のする方を見ると、簡単な造りの箒を振る輕陀の姿があった。
どういうわけか輕陀の箒が触れた場所の瓦礫は消え去っていき、元のラクリマジカにあった物とは別の石畳が出現していく。
「…あ。参拝客様。」
「貴女は…」
輕陀は、人知を超えた掃除の手を止め、グロリアスの一団の方を向く。
どうやら輕陀も、エイレンの事は覚えている様だ。
「どうも、参拝客様。」
「…貴女たちは、いったい何者なの?」
「そうですね…私がいったい何者なのか。私はいまだに、その答えは出せていませんね…」
「そういう意味じゃなくて、その…」
「明確な答えは分かりませんが、少なくとも私の名前くらいは名乗れます。輕陀、と言います。」
「カルダ…?」
「…そういえば、貴女の名前を聞いていませんでしたね。」
「…エイレン。エイレン=リコース。」
「良いお名前で。」
と、どこからか瓦礫の塊が、エイレンの頭上に飛来する。
「…!」
しかし、輕陀の箒が触れた瞬間、瓦礫の塊はきれいさっぱり消え去った。
土くれすらも残さずに。
「はあ…水叉!あんまり派手にやんないでよね!」
彼女は、瓦礫の飛んできた方向にそう叫んだ。
「…ありがとう。」
「最も、貴女の事ですし、躱せたと思いますが。…そうでした。貴女、何故ここに?」
「…この国に攻め込もうとしている者達が居る。私は、その斥候だ。」
「成程斥候。…では、此処を狙う方々にこう伝えておいてください。この国はもうありません。と。」




