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参拾玖

上等な黒樫の木材を丁寧に加工し、彫刻した馬車が一つ、木漏れ日によって照らされる軽く舗装された林道を進んでいた。


「まもなく叔母様のお屋敷に到着しますよ。...お嬢様?キャサリン様?」


黒茶色の馬にまたがった騎手が、馬車の中の少女に呼び掛けた。


「.....」


ダブル縦ロールの金髪を、青いリボンによってまとめ上げ、まさにお嬢様と言った具合の、フリル過多な水色のドレス姿だった。

その青水色の瞳は、じっと馬車の背後を見つめていた。


「....お父様....」


彼女はラクリマジカの次期女王で、現国王の愛娘、キャサリン•エメトーン•ラクリマジカ。

先の王城破壊事件によって危機感を募らせた国王により、王都から遙か離れた叔母の屋敷に匿われる事になった。


「お父様は、ラクリマジカは....大丈夫でしょうか...」


「勿論ですとも。貴方のお父上はとても思慮深く、我がラクリマジカの冒険者達も強者揃いでございます。直ぐに全てを解決して、数日もすれば、帰ってこいと手紙が来ると思いますよ。」


「そう...ですわね。きっと。」


長い旅路を終えた彼女が、まもなく叔母の屋敷に辿り着く。その頃には、全てが終わっていた。

ドラゴン襲来からの復興も、戦争も、ダンジョン問題も。

ラクリマジカの歴史さえ、全て。




それが始まったのは、ラクリマジカに書状が突き付けられてから、丁度一月後だ。

始めは、実に些細な事だった。


「そっちに一匹行ったぞ!」


「クソ...弱っちい癖にちょこまかと!」


国中の至る所に、目の模様の描かれた紙人形が現れたのだ。

ひらひらと宙を舞い、時々鬼火や水鉄砲などで応戦する。

手のひらサイズの、妖精に似たモンスターだ。


「たあ!」


戦士の一人が、空を飛ぶ式神を真っ二つにする。

残ったのは、虚しく落下する紙切れだけ。そこには、モンスターが落とす魔石も無ければ、妖精が落とすフェアリーパウダーも無い。


「....っち、しょっぺえな...」


力を無くした紙切れを、戦士は悪態を吐きながら破り捨てた。


「おい!向こうにも一匹逃げたぞ!」


「はあ...いつまで虫取りやらされるんだよ!」 



「ふむ、大体完成したかの。」


彼女の手の中の和紙の上に、独りでに墨汁の染みが現れ、街の全容を記して行く。

城下町を歪な円形に壁が囲い、壁の彼方此方から伸びる巨大道路が、全てが街の中心の城に繋がっている。

上空から見下ろす様に描かれた地図は、切り分けられたピザを連想させた。


「ううう....ここここは....ささささ寒....さむ.....さささ寒いっす....」


水叉は、両肩を手で抱き寄せる様にしながら、そんな事を愚痴っていた。


「そうか。ちと早い気もするが、突撃...いや、”攻略”を始められるか?」


星屑を背景にした水叉が、半ば痙攣する様に首を縦に振る。

娑雪と水叉は今、白竜型の式神に乗り成層圏まで浮上して待機していた。


「そろそろ始めるぞ。準備は良いか?」


娑雪の周囲に浮遊する、幾つもの紙の式神に問いかける。

声は無かったが、娑雪は何かを確認したかの様に、一つうんと頷いた。


「水叉、行くぞ。」


「はははははひーーー」


白竜式神が弾ける様に消滅し、二人は成層圏からラクリマジカに向けてダイブする。

防衛線を完璧に無視出来る奇襲方法だ。



“シイイイイィィィィ.....ゴオオオオオ!”


紙の式神出現から約一時間後、街の至る所に、徐々に巨大な式神が現れ始めた。

筋骨隆々の肉体に、腰に揺れる飾り褌。直視する者を震え上がらせる形相を持ち、バサバザの毛皮の様な髪から、大きな一対の角が伸びる。

その体は半透明の気質、否、その体は本物の鬼の様に色付き、周囲の温度を変化させる程の体温を放っていた。


「なんだこいつら!どっから入って来た!」


本来街の防衛と言うのは、先ず壁の外に防衛線を築き、それを潜り抜けてしまった僅かな敵を街で討つと言うのが定石だ。

しかし式神達は、文字通り街の中に突然現れ、蹂躙を開始してしまう。


「凄ーい!あれ、何でカラフルなの!?」


街の中にある、一際高い塔の上で、凪がはしゃいだ様子で問いかけた。

阨無は、遠巻きに戦闘の様子を眺めながら、軽く講釈を垂れる。


「あれは込物式神と言うのですわ。練物式神に、気結石を宿して動かす上位種ですの。」


「き...けっせき?」


「まあ、今度教えて差し上げますわ。」


と、二人の元に凪からの通信が入った。


「ねえ、奴さん、来たよ。」



「オラァ!へ、こちとら図体バカには慣れてんだよ!」


剛鬼式神を大剣で斬り伏せながら、ディランは二人の冒険者を伴い、第一管区を突き進んでいた。


「おや、この気配には覚えがありますね。」


エルは、先のダンジョン攻略時の倍ほどの装飾品を見に纏い、眼鏡を輝かせながらそう伝える。


「次こそは、必ず倒す。...絶対に。」


カナは、自分の背丈の倍ほどもある杖を担ぎながら、赤い宝石のペンダントをぎっと握り締める。

ダンジョン攻略作戦に加担した、神話級冒険者の3人だ。


「.....来ましたか。」


トスントスンと、彼らの背後に三人の式神が降り立つ。


「うーわうわう!」


「こら奴瞰。まだ噛みついちゃダメだよ。」


お揃いの包帯に、軍服の様な上着を羽織ると言った姿の奴瞰と凪。

しかも今回は、二人の式神の背後に、阨無が護衛に回っていた。


「娑雪様の名に誓いますわ。今回はお二人が危険な目に遭う事は、決して無い物と思いまして!」


神主姿の金髪お姫様は、大麻(おおぬさ)を振りながら高らかに宣言した。


「面白ぇ....今度は全員纏めて叩き切ってやらぁ!」


ディランはタンカを切り、カナのバフ魔法で赤く輝く大剣を構えた。



“ゴオオオオオォォォ.....”


その瞬間に、千年の歴史を誇るラクリマジカ城と、そこに居た人々は、跡形も無く蒸発した。

後に残ったのは巨大なクレーターと、全身に軽く蒸気を纏う娑雪だけだった。


遠巻きにもう一人分、少し遅れて水叉の着地音も聞こえる。


彼女を中心にした高熱の領域が出現し、事態を確認しようとした兵士の歩を止めた。


「.........」


かつてここにあった王城には、人の栄華があったのかも知れない。

威厳があったのかも知れない。

歴史があったのかも知れない。


ただ、それだけだ。

人の作った物、積み上げた物など、単に風の前の塵に同じ。

神の意思の前では、余りに呆気ない。それが、一付喪神のただのわがままだったとしてもだ。


“ジュウ...ジュウ...ジュウ...”


「?」


焼け石に、断続的に水を掛ける様な音がする。

赤熱した大地を踏みしめながら、彼女の元に、一人の剣豪が歩み寄る。


エデュルート。

霜の様なオーラで身を守り、一筋の剣を構えながら、娑雪の元に現る。


「ふむ、主か。」


「.......」


エデュルートの瞳に、かつての余裕は無い。

射殺す勢いの眼光を、赤熱した世界の中心に立つ娑雪に向けていた。


「ご機嫌よう。化け物の王妃様。」


エデュルートが、声色だけはいつも通りの紳士的な雰囲気を帯びながら、


「ふ。私は死人じゃ無かったのか?。」


「たった今、貴女はこの国の秩序を破壊してしまった。もう、そんな下らないルールに縛られる必要はあ無くなりましたよ。」


「秩序....か。神の織る摂理の真似事か。」


「そう言ってしまえば、元も子もありませんがね。」


「ふ、ふふふ。じゃな。」


娑雪は一瞬、抜刀しようと腰に手をやったが、直ぐに躊躇い、替わりに懐から木刀を抜いた。


「主が、一体どの様な生を得て、今に至ったかは知らぬ。」


超高音を伴い、エデュルートの姿がその場から消える。

次の瞬間には、剣と木刀がガチガチとつばぜりあっていた。



腕無しケモ耳の少女が、いつもの様に路上に座り、道行く人々を眺めていた。

普段は様々な方向から人々が入り乱れているが、今日の人の流れは一直線だ。

ただ、街の内側から外側に人が流れるだけ。

川の流れの様に、一直線だ。

周囲で、建物が次々と倒壊していく。


「.......終わっちゃうのかな。この国。」


エルピ。

職も家族も居場所も両腕も、ある日全てを失った少女。

路上に座り、物好きな通行人の似顔絵を描いて細々と生活していた。


乾いたパンをかじり、寒空の下眠り、徐々にやつれ弱っていく自分の姿に溜息を吐く。

何の生き甲斐も感じられない、惨めな暮らしだった。


「もういっかな....」


彼女の背後の建物が、ガラガラと崩れ落ちる。

彼女は動じない。

最悪、落石か何かで即死出来れば上々といった心待ちだった。


「あの、すみません。」


「!?」


放心状態だったエルピは、その呼びかけでふと我に帰る。

彼女の前に現れたのは、顔をフードで隠した、年幼い少女らしき人物。

エルピは、彼女に見覚えがあった。


「トキ....ちゃん...?」


「似顔絵一枚、よろしくお願いします。...エルピさん。」


「は....はい!」


何故今此処に?

彼女に一瞬そんな疑問が沸いたが、知りたいとは思わなかった。

ただ、自分の存在を認めてくれる家族が目の前に居ると言うだけで、エルピの世界は、色付いた。


「似顔絵に、絵の具を使うんですか?」


「はい。...何だか、そう言う気分なんです!」



「わぁー!ねーちゃんねーちゃん!異世界だよ!正真正銘の、VRでも無い本物の!」


「だねぇ〜。確か〜、今のうちに気に入った場所、つばつけときって事だよね〜」


少し遠くまで散歩に来たかの様な足取りで、桃色の髪の姉妹が、崩壊しつつあるラクリマジカの街道を歩いていた。

愛衣凛と廻恵理だ。

二人はお揃いの桃色の着物を着ているが、愛衣凛のはノースリーブに短めの裾で、背中に大きなリボンが。

対して廻恵理のは、裾は長いが太ももが露出する構造で、華やかな振袖もある。


「こんな所にまで人間形が....者ども!掛かれぇ!」


猛々しい人間の声が響いたと思えば、何処からか無数の兵士が現れた。

確認できるだけで30人程だろうか。


「うわぁ!何だこいつら!どうするねーちゃん!」


「んー、何か勘違いしとるかも知れんけん、落ち着いて〜...」


兵士の放った弓の一本が廻恵理の頭をかすめ、パサリと、桃色の髪が一束地面に落ちた。

髪の毛の堅質化が可能になるのは、齢八百を超えた辺りから。

二人はまだ、五百年と生きていない。


「ね...ねーちゃん....?」


「うち、散髪頼んだ覚え、無いんやけどな...」


雑にざんばらに切られた自らの髪を見下ろしながら、廻恵理はプルプルと拳を握る。

まさか出逢い頭に本当に攻撃されるなど、思っても見なかったのだろう。


「敵が怯んだ...?と、突撃ー!」


一様に同じ鎧を見に纏った兵士達が、一斉に二人に向けて駆け出す。

と、廻恵理は振袖から試験管を一つ取り出し、徐にその集団に向けて放り投げた。


“ピキリ...“


兵士の誰かが、地面に落ちた試験管を踏み壊した。

愛衣凛は何かを察知したかの様に廻恵理の後ろに隠れた。


不意に、数里先の建物すらも吹き飛ばす大爆発が巻き起こり、辺り一帯は円形の更地と化した。


「あ!此処広いし、平べったいし、丁度何かを建てるのに丁度良やそうやね。此処にしましょか〜」


「う...うん...そうしよ....」


廻恵理の笑顔に、愛衣凛はただただ震えていた。

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