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参拾漆

ーー昔々あるところに、沢山の王様と、沢山の王国がありました。ーー


ーー王様達は、お互いがお互いを憎み合って、毎日毎日戦争をしていました。ーー


ーー王国は、豊かな国と貧しい国がありましたが、誰も分け合おうとはしませんでした。ーー


ーー王様達は憎み合い、恨み合い、嫉妬し合い、奪い合いました。ーー


ーー戦争はずっと続きました。沢山の兵隊が死んでしまい、死んでしまった兵隊のお墓を立てるための石を奪い合い、また別の戦争が始まりました。ーー


ーー人々は夜空にお願い事をしました。

「どうか、向こう岸に見えるあのお城が、川で流されてしまいます様に。」

「どうか、お山に囲まれたあのお城が、お山に潰されてしまいます様に。」

「どうか、海を背にしたあのお城が、海に飲まれてしまいます様に。」

「どうか、あの国が滅んでしまいます様に。」「どうか、そこの国が滅んでしまいます様に。」

「どうか、どうか、どうか…」ーー


ーーある日、夜空が昼間の様に明るくなりました。ーー


ーーある日、明るい夜空から、みんなが知ってる神様が舞い降りました。ーー


ーー神様は言いました。涙を流しながら言いました。

「どうか、向こう岸に見えるあのお城が、川で流されてしまいます様に。」

「どうか、お山に囲まれたあのお城が、お山に潰されてしまいます様に。」

「どうか、海を背にしたあのお城が、海に飲まれてしまいます様に。」

「どうか、あの国が滅んでしまいます様に。」「どうか、そこの国が滅んでしまいます様に。」

「どうか、どうか、どうか…」ーー


ーーある日、海を背にした王国は、海に飲まれて消えました。ーー


ーーある日、お山に囲まれた王国は、お山に潰され消えました。ーー


ーーある日、川を挟む様に立つ二つの王国が、川に流され消えました。ーー


ーーある日、地が割れました。ーー


ーーある日、疫病が現れました。ーー


ーーある日、王国は一つ残らず消えてしまいました。ーー


ーーある日、神様は涙を流しながら、残った人々に聞きました。

「私のことが、大嫌いかい?」

人々は言いました。

「ええ、勿論です。」ーー


ーーある日、人々は仲良くなりました。ーー


ーーバラバラの王国の人々でしたが、みんなが気持ちを一つにしました。ーー


ーーみんなは、神様が嫌いでした。ーー


ーーみんなが神様を憎んで、恨みました。ーー


ーーある日、人々は夜空にお願い事をしました。

「どうか、神様が居なくなってしまいます様に。」ーー


ーーある日、神様はどこかへ行ってしまいました。ーー


ーー昔々あるところに、一つの国がありました。ーー


ーーみんなが神様を嫌って、みんなが仲良く暮らしていました。ーー



「では、そろそろ俺の仕事を果たさせてもらいますよ。ご婦人殿。」


「…ふ、主からは、生粋の武士の様な気を感じるぞ。さぞ、腕も経つのじゃろう。」


エデュルートは少し笑うと正面に剣を構え、彼女の元に駆け出して行った。


「だああああ!」


「…じゃが。」


彼女は身をかがめ、刀を一度、納刀してしまった。


「【刀術・刹那】」


次の瞬間には、刀を構えた彼女が、エデュルートの背後に居た。

と、通常の剣音が逆再生されたかのような、奇妙な金属音が遅れて鳴り響いた。


「…がは!?」


「今度、ゆるりとお手合わせ頼もうぞ。」


エデュルートの持っていた剣は砕かれ、彼自身も後頭部の強打によって気を失う。

娑雪による、音速を超えた峰打ちだった。


「主の顔、覚えておくぞ。」


彼の膝が地面に付く前に、娑雪はその建物を後にした。



娑雪の脱走から一時間。その騒ぎは、瞬く間に管区全域に広がっていた。

兵士や騎士が慌ただしく駆け回り、人々は混乱に追われるように逃げ惑っている。


「おお、今宵は満月か。綺麗じゃのぉ…」


ラクリマジカの夜の街を、娑雪は屋根伝いに駆けていた。

一回り大きな満月の光が、彼女の髪を淡い銀色に輝かせいる。


「…しかし、元を絶つとは言えど、ここはちと広すぎるのぉ…」


神社への襲撃行為の元を絶つには、まずは冒険者と言う物をどうにかしなければならない。

一先ず、凪を傷付けた一団は、この国の者らだという事は分かっている。

娑雪の中では幾つもの案が、シャボン玉のように浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返していた。


(ふむ、式神を放つにしろ、まずは情報を集めなくてはな。…お、そうじゃ!)


ふと娑雪は、遥か彼方にそびえる巨大な城(仮定)が目に入った。


(凪の事も心配じゃ。一先ず今日は、少々脅かして帰るとするかの。)


と、娑雪が今経って居る家屋の下に、兵士が次々と集まっていた。

考え事をしている数刻の間に、既に三十人程は集結しているだろうか。


「ふう…」


剣士がよじ登り始め、弓兵がその間にこちらに狙いを定めていた。


「放てー!」


放物線を描きながら、矢はゆっくりと娑雪の元に降りかかる。

彼女はそのうちの一本をつかむと、そのままその城(仮)の方を向く。


「【仙術・舵貪】」


彼女はその矢を振りかぶり、一息にその城の方へと投擲した。


矢は最初、普通に放り投げられたかのような挙動を取っていた。

がしかし、放物線の最高点になった瞬間、突然音速以上に加速し、真っすぐその城(仮称)まで飛来していた。


“…ゴオオオオオオ…”


はるか遠くの方で雪崩のような音が響き、かもしれないの一部が倒壊した。


「はあ…はあ…やっと追いつい…」


剣士が家屋を登り切った先には、彼女の姿は無かった。



“ギャウギャウ!”


真っ暗な部屋に、子犬の様な鳴き声が響く。


「んー…水叉、次あんたの番だよ…」


畳の上でうつ伏せで眠る輕陀が、そんな事を言った。


「ななな…何言ってんすか…自分はさっきやりましたよ…って事は…」


部屋にある二本の柱の間に掛けたハンモックの上で眠る水叉は、目も開けないまま微かに奴瞰の方を向いた。


「ふわぁ…はぁい…」


凪の隣で眠っていた奴瞰が、ゆっくりと上体を起こす。

その後彼女が、出現した狛犬に手を翳すと、彼女の手首から気の鎖が放たれ、狛犬を拘束した。


“ギャウ!?”


「じゃあ…ね!」


掛け声と共に、奴瞰は狛犬を床に叩きつける。

狛犬は弾ける様に消えて行き、部屋は再び静寂を取り戻した。


「ふわぁ…おやすみ…」


「「おやすみなさい…」」


松の紋様の巻物と、娑雪の気を宿した億魂式神。

それら二つによって凪の容体は安定し、十数分に一度、思い出した様に狛犬が出現するだけとなっていた。


「…と言う事は、次は私の番か…」


寝惚け眼を擦りながら、輕陀は傍に剛鬼式神を練り上げ、再び就寝した。

本来は式神に睡眠など不要だが、祭りと、凪の(戦闘を伴う)看病によって疲弊した三人には必要だった。


ふと水叉は、何と無く輕陀の方を向く。


(…寝る時も同じ服装なんだ…)


友人の、別に以外でも無い新たな一面を発見し、特に気にしもせずに、再び瞼を閉じた。


その数刻後だろうか。


「さゆ!…き様…?」


襖を勢い良く開け放った阨無は、慌てて自分の口を両手で塞いだ。

月明かりだけが照らす部屋で、四人の少女が寝息をたてているその光景を見れば当然だった。



ダンジョンが現れ、冒険者が攻略に当たろうとして、門前払いされた。

ただそれだけの話だった。


「隊長級以上の攻撃型冒険者が…壊滅か…」


薄暗い兵舎の中、硬質の黒い顎鬚を撫でながら、一人の大男が呟いた。

頬に薄い十字傷があり、筋肉の形をそのまま型にして鍛え上げたかのような朱色の鎧に身を包んでいた。

その顔立ちは見るからに、一介の戦士と言った貫録を帯びた、黒髪の中年男だった。


「ふふふ…あーっはっはっは!何度読んでも傑作だわい!噂にもよれば、神話級が三人も同行したと言うじゃないか?ラクリマジカの失態を押し付けられでもしたら、その神話級が不憫で仕方ないですわい!」


彼の名はビリシティ。ビリシティ・ルアートテシシュ・ゼッペンバーグ。

グロリアス騎士団を資金面で支える、ゼッペンバーグ家と言う大貴族の長男で、いっぱしの剣の腕(と多大なる七光り)により、難なく上り詰めた騎士団幹部であった。


「ははは、全くですね。」


付近に居た兵士たちが、同調するようにせせら笑う。

グロリアス騎士団は、ラクリマジカへの戦争行為の為に、急ピッチで物資の調達などの準備を進めていた。

戦争と言う物は本来、先に宣戦布告を行い、互いに意思確認をするものだ。

当然、グロリアスとは無縁の文化だが。


「ところでだが、海路の方は定まったか。」


「大まかな進路は既に決定しております。…一つ懸念点があるとすれば、航路上にタイラントダゴンの目撃情報がある事ぐらいですかね。」


タイラントダゴン。

島の様な巨体と無数の触手によって、戦艦すらも海の藻屑にしてしまうと言う、青白いタコの魔物だ。

ドラゴン襲来の、名残の魔力に惹かれて現れたと言うのが妥当か。


「タイラントダゴンか…確か、奴は極端に強い閃光で追っ払える筈だ。【メガフラッシュ】の使える魔道士を5名程、追加配備しておけ。」


「かしこまりました。後々伝えておきます。」


冒険者だった経験もあり、彼は人並みの判断力は備わっていた。

逆に言えば、グロリアス騎士団の作戦の遂行には、その程度の判断力があれば充分だった。


飾り椅子の上で、戦火に包まれるラクリマジカの首都や、名を挙げ祝される自分の姿を思い描くビリシティ。



それとは対照的に、エイレンの不安は、まるで穏やかに舞い散る雪が大地を少しづつ塗りつぶす様に広がっていた。

彼女は報告書のたった一節を何度も読んでは、頭の片隅にある少女の姿を思い浮かべていた。

そのたった一節、『ダンジョン前に出現したモンスターを鹵獲後、』。


(…あの国に、山岳ダンジョンのモンスターが?)


人型モンスターの捕獲は、世界的に見ても数える程しか例がなく、その記録も曖昧だ。

捕獲され屠殺された後に、そのモンスターの持ち物などが、素材として扱われる。

捕獲されたのが少女の様なモンスターだとすれば、あの少女の様なモンスターが残した素材を見れば、山岳ダンジョンを知る大きな手がかりとなる。


(…でも…)


モンスターに同情する事なんて無い。

その筈だ。


冷たい牢屋の中で拘束されている姿、見世物にされている姿、魔導機械で屠殺される姿。

エイレンは、あの日出会った少女にそんな光景を重ね合わせては、心の片隅をツキリと痛めていた。

エイレンの見たあのモンスターとは限らない。そもそも捕らえられたのが人型かどうかも分からない。

それでも。


(……)


エイレンは自室を飛び出し、真っ直ぐ騎士長室に向かって行った。

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