参拾陸
ーー昔々ある所に、二人の王様と、二つの王国がありました。ーー
二つの王国はとても貧しく、二人の王様はとても仲が悪く、毎日毎日、王国は戦争をしていました。
二つの王国で暮らす人たちは、どんどんやせ細っていきます。王様達はそれでもやめません。
戦場では、ちょうど王国一つ分の人が死んでしまいました。王様達はそれでもやめません。
ある日、二つの王国の人々は、夜空にお願い事をしました。
「どうか、これ以上みんながうえてしんでしまいませんように」と。
「どうか、みんなが仲良く暮らせますように」と。
ある日、夜空は昼間の様に明るくなりました。
ある日、明るい夜空から、誰も知らない人が舞い降りました。
その人は言いました。
「どうか、これ以上みんながうえてしんでしまいませんように」と。
ある日、二つの王国は豊かになりました。
一粒種を植えただけで、畑が食べ物でいっぱいになりました。
一晩で、牝牛は百匹の子供を産みました。
王国の人々は、空から現れた人を、神様と呼びました。
王様よりも偉い、神様と呼びました。
ある日、明るい夜空から、みんなが知っている神様が舞い降りました。
神様は言いました。
「どうか、みんなが仲良く暮らせますように」と。
ある日、二人の王様は仲直りをしました。
本当はただ、お互いが持っている別々の宝物が、羨ましかっただけなのです。
王国のお山がくれる、どんな形にもできる、ピカピカの石が羨ましかっただけなのです。
王国のお海がくれる、とっても美味しいお魚が、食べたかっただけなのです。
王様は、宝物を半分ずつ、向こうの王様に分けてあげることにしました。
王様は、宝物を半分ずつ、向こうの王様に分けてあげることにしました。
二人の王様と、二つの王国の人たちは、みんな神様が大好きになりました。
ある日神様は言いました。
「私は此処を居なくなるけれど、みんなは私の事を、ずっと大好きでいてくれるかい?」と。
人々は言いました。
「ええ、勿論です。」
ある日、神様は居なくなってしまいました。
だけど、みんなの幸せは居なくなりませんでした。
昔々ある所に、二人の王様と、二つの王国がありました。
二つの王国はとても豊かでした。
二人の王様はとても仲良しでした。
ーー人々はみんな、いつまでもいつまでも、仲良く幸せに暮らしました。ーー
~
「…これを、頼んだぞ。」
舞い散った式神を、娑雪は再び一地点に集め、億魂式神を再生した。
その後彼女はその式神に、淡い光を放つ紙人形を渡す。
“……”
それを受け取るや否や、億魂はその部屋の天井を突き破り、空を駆けるように、一直線に神社の方に向かっていった。
娑雪を内蔵していないが故、その速度は先ほどの数倍以上になっていた。
「…さて…」
娑雪は、周囲で縮こまる人々を、まるで品定めでもするかのようにゆっくりと見回す。
「そち。」
「ひい!?」
コロンコロンと、下駄が石床を打つ音が響く。
「…ふむ、確か、主も私の都に上がり込もうとしていたのぅ…」
「ささささ先は大変失敬な真似を!」
「…水叉と同じ話し方か?まあよい。主は良いのじゃ。何もしてこんかったしな。」
「みみみ身に余る光栄でごごございま…」
「でじゃ、主らは私を連れて帰ったが、どうやら残った者が面倒を起こしたらしくての。主、何か知らぬか?」
娑雪に指名されたのは、テオなどと同じ神獣の研究をしている聖職者であった。
その役職を与えられたあの日、彼は確かに禁欲を誓った。
がしかし、ずいと近づけられた娑雪の顔に、彼はいつしか、見惚れていた。
「え…ええ、確か神話級冒険者が、サポート部隊と共に三名ほど残っていた筈です。今朝魔術によって帰ってきましたが、ダンジョンの事については何とも…」
落ち着きを取り戻したのと同時に、彼は自己防衛本能のままに、ありのままに話していた。
「…そうか。」
式神の体は、年月と共に硬化し丈夫になっていく。
逆を言えば、生まれて間もない(百年以内)の式神の体は、人並み以下に脆い。
もしも仮に、その神話級とやらが凪以上の戦闘能力を持っているならば、凪が破壊されてもおかしくはなかった。
「分かった。済まんの、少々怖かったかの。」
「は…はふぅ…」
その聖職者に会釈をした娑雪は、その襲撃した神話級とやらを探しに、部屋を後にしようとしたその時だった。
“キイイイィィィィィン…”
彼女は、咄嗟に抜刀した真剣で、煌めく何かを受け止めた。
「ほう。今の一閃に反応したとは。」
白いコートを羽織り、黒革の軽装に無数の勲章を煌めかせた、無精ひげを生やした初老の男。
部屋の壁すらも貫き娑雪に斬りかかった彼は、感心したかのようにそう言った。
つばぜっていたその反動で、彼はずいと刀の間合い外まで後退する。
「あ…あれは…!」
「エデュルートだ!」
無双の大剣豪エデュルートは、ポケットから紙の様な物を取り出し、背後に居た冒険者を見る。
その冒険者も同じものを持っており、冒険者は安心したように逃げていった。
「麗しきご婦人よ。不本意な長旅でイラ立っているのやもしれませぬが、あまり乱暴はなさらないで下さい。」
「主ならば、私の都の襲撃犯を知っておるかの。」
「さあ。俺はただ、手強いモンスターが脱走したと聞いて駆け付けただけの、しがないおじさんでございます。」
彼もまた、両手で一刀を構えている。
細長く輝くそれは、明らかに通常の剣とは違ったものだった。
「そうか。…私はただ、用事を済ませて帰りたいだけじゃ。邪魔をせんでおくれ。」
「それは出来ない相談だな。此処に入ったモンスターは全て、“討伐済み”扱いでしてね。ま、ルールみたいな物ですよ。此処に来た瞬間、貴女は死体と同じ。勝手に出ていかれては困るんですよ。」
「死体?私は生きておるぞ?」
「それが、人間様のルールと言う奴ですよ。ルールってのは、時々あべこべな状況を造るもんです。それをみんなが必死になって是正する。それが人間様の社会ってもんですよ。」
「??」
「まあ良いか。人間の俺でも理解できてないのに、モンスターである貴女に理解しろと言うほうが無理なお話だ。」
エデュルートは、終始丁寧な言葉づかいで彼女と会話をしていた。
貴族が、淑女に対しての敬意を表しているかのように、優しく、紳士的であった。
彼女は少なからず、そんなエデュルートに好意を抱いていた。
「私を、殺すのかの?」
「それでルールが守られるのであれば。」
娑雪はこの場所にに来て初めての、持ち前のミステリアスな微笑を浮かべる。
そして彼女は、真剣を右手に持ち、エデュルートと向きった。
~
「ういー、また頼むかっなー。」
ブリザードフェニックスを返上し、ジッドはその聖なる国へと降り立った。
否、欲と悪に染まった、マルスサイファーの首都であり彼の故郷、オレッガだった。
「くっせぇ。薬と酒と硝煙の焦げて混じった匂いだ…生まれ育ったのに全く慣れねえな。ま、いいんだけどよ。」
彼はそう呟くと、トゥードゥーリスト代わりの紙切れを取り出した。
「まずは、エセスネ通りの娼館をハシゴっと。」
不死の体を生かし、彼は履いて捨てるほどの巨万の富を稼ぎ出していた。
ましてや、食費や居住費などもほとんど使わないという始末。
彼にとって、金も玩具の一つだった。
「ふーんふふーんふーん…ん?」
(妙だな、前までこんなに兵士居たっけか?まさか、聖王のじじいも、とうとう治安維持を…な訳ねえな。無秩序から富生み出してる国だもんな。…だったら、何事だ?)
彼は予定を変更し、目に入った酒場に出向くことにした。
「よーっす。」
扉を開けた瞬間から立ち込める酒の匂い。そこは、かつてカクテルバーの為に設計された建物を使った何かだった。
中は殆ど照明が無く、あちこちで酔っ払い共が訳の分からないことで騒いでいた。
倒れたテーブルなどもあるが、もはや放っておかれている。
「おめえは、ジッドじゃねえか!」
案の定、無作為に選んだ酒場ですら、彼の顔なじみばかりであった。
「おめえ!今までどこに居たんだよ!」
「ひっさしぶりだなぁ。どうした?酒と女が恋しくなったか?」
「ちげえ…て、まあそれもそうだがよ。ラクリマジカが立て続けになんかやべえことになってるから、嫌な予感して避難してきたんだよ。」
「この街に避難ねぇ…全くお前は、自由を人の形にしたみてえな奴だな!」
「それ褒めてねえだろ…っち、おいマスター!“アトラスと姫”一杯くれ!」
「いきなり本丸かよ…ま、おめーらしいな!」
それを聞くなり、カウンターのマスターはカラフルな酒を次々にブレンダーに入れ、シャカシャカと振り始めた。
と、ジッドは忘れかけていた用事を思い出した。
「そういやぁ、騎士団連中、街に結構増えたよな?俺の気のせいか?」
「ああその事か?もうじき戦争始まるってんで、色々準備してるんじゃねえか?」
「だっはっはっはっは!おもしれえ冗談だぜ!…ちげえのか?」
「ああ。何でも近々、ラクリマジカに一発ぶちかますらしいぜ?国力に穴開いた今がチャンスとかでよ。」
「マジかよ…俺の仕事場一つ減っちまうぜ!…ま、どーでもいーけどよ。」
「へへへ。…あそうだ!戦火に紛れて火事場泥棒とかどうだ?富裕層の邸宅の一軒二軒漁れば、当分食うに困んねーぞ!へへへ!」
ジッドと話していた酔っ払いの声に賛同し、周囲からも称賛の声が上がる。
「んじゃ決まりだな!いいか、自分の身ぁ自分で守れよ!おいジッド、おめえはどーする?」
「あ?俺?俺は…」
ジッドは少し考え込む。
特段誰かの依頼でもない犯罪行為には、極力手は出さないようにしているのだ。
「そうだなぁ、戦争に巻き込まれちまったらこええからやめとくわ。」
「何だよお前、あいっ変わらずチキンだなぁ。」
「何とでも言えよ。俺はぜってー一分一秒でも遊んで暮らしてやるんだ。これで、この街に留まる理由がまた一つ増えたってこったな!あー高級娼婦とあっそびてー!」
「お前ってやつぁ…ま、好きに生きろ。それがこの国の掟だぜ。」
「おう生きてやるさ!お前こそ、火事場泥棒で焼け死なねえようにきいつけな!」




