参拾弐
「だ?なんも居ねーぞ。」
ディランは大剣を担ぎながら、その無人の都を散策する。
「…よく見てみろ。」
エルは、不意に天空を指さす。
「どうした?なんも…」
不意にディランは何かを思いついたように、一度扉から外に出る。
「なーるほど。」
ダンジョンの外と中では、明らかに空が違う。
外は、小雨が降りそうな曇り空だが、内部は雲一つない快晴だ。
「見事な転移魔法だ…ほころび一つ無い上に、此処まで自然に…」
カナは、感心した様子で扉を摩っている。
「さて、状況が分かったわけですが、どうします?一旦引き返して…」
エルの提案は、ディランの怒号でかき消された。
「何言ってんだよ。今更引き返す奴がるかよ。…感じるんだ。此処に、強者の気配がよ…」
「ここが目くらましのための亜空間だとしても、維持のためには必ずどこかに術者が居るはず。居ないとしても、何処かしらには手掛かりがあると思う。」
カナの補足説明も入り、エルはしぶしぶダンジョン攻略を続行することとなった。
「…こっちか。」
何の道しるべもないが、ディランは何かに導かれるように、その奇天烈な街を進んでいく。
彼の言う、強者の気配と言う物だろう。
「…しかし、この建物群…今までのどのダンジョンの様式とも違う。聖属性、又は混合属性ダンジョンの伝説級と考えれば、今までに例が無いのだから当然だけど。」
カナは不思議そうに、その江戸から大正時代の日本を思わせる街並みを眺めていた。
「…そこの角に、なんかいっぞ。」
ディランの読み通り、長屋の角から足音が聞こえてきた。
ディランが強者だと認めれば、それは間違いなく強者。神話級と言えど、舐めてかかれる相手では無かった。
「すー…はー…来るぞ。」
そこから現れたのは、二つの人影だった。
「えーん!ここどこー!みんなー!どこー!」
「あの扉に使うなって書いてあったじゃん…ほら、此処を曲がれば山に着くから、そこから鳥居を使って…ん?」
瞬間、二人の少女の片方が、ディランと目が合った。
「…どちら様…ですか?」
凪は不思議そうに、三人の冒険者たちをまじまじと見つめる。
泣き止んだ奴瞰も彼らに気付き、少し凪に隠れるように立った。
「子供か?ねえ、君たちは一体…」
心配そうに、彼女たちに近づこうとしたエルを、ディランの手が止めた。
「伝説級ダンジョンのど真ん中に、ただのガキが居るわけねえ。お前ら、何もんだよ。」
「…」
その場は、しばし膠着状態に陥る。
「ねえ…ねえ凪、あの人たちももしかして…」
「だね。あれ、呼吸してのに気の流れが出来てないし、絶対人間だって。」
ディランに次いで、エルもその異変を感じ取る。
二人から放たれる独特の気配は、彼にとってはかなりなじみの深い物であった。
教会に飾られた、数百年前の聖遺物を見た時の様な、全ての細胞が何かと共鳴するような感覚。
「…神系モンスター…?」
エルはふとそう呟いく。
少しして、良く似ているがどこか違う少女たちの会議は終わったようで、二人ともその一団のほうに向き直る。
「「間違いない、貴方たち…」」
二人は声をそろえる。
「迷子!」
「ストーカーですね!」
「「え?」」
二人は、戸惑ったように顔を見合わせる。
「だって、人間が好き好んでくる様な場所でも無いし…」
「だから怪しいんでしょ。見てよあの格好、あれじゃまるで、ラノベの量産型冒険者じゃん。あんなのが参拝客なわけ無いでしょ。絶対、私達か…でなければ、お姉様達を狙ったヘンタイに決まってるよ。」
「へ…変態!?」
「そう。だから、此処で止めないと、ね?」
「う…うん…分かったよ…」
凪に強引に説得され、奴瞰は渋々それに同意した。
「終わったか。じゃあそろそろ…」
ディランがそう話している隙に、凪は右手に半透明の球体を完成させていた、
「【基術・大気弾】」
まるで何かに射出されたかのように、気の球体はディラン目掛けて放たれた。
「…!」
“ゴキン!”
ディランは咄嗟に大剣でいなすが、その衝撃により軽く後ろに吹き飛んでしまった。
その金属と石がぶつかるような音を開戦の合図とし、隠れていた残る二人も参戦する。
「大丈夫ですか!」
「あれは一体…物理ダメージを与える魔法攻撃?聞いたこともない…」
煙を上げる凪の右手を、奴瞰は不安そうに見ていた。
「大丈夫?手伝お…」
「あんたの体じゃ無理。忘れたの?」
「でも…」
「何処かに隠れてて。良い子だから…ね?分かった?」
「う…うん。」
まるで妹を想う姉の様に、子を想う母親の様に、凪は優しく奴瞰を退かせた。
「…あなた方は、本当にモンスターなのですか?」
不思議そうに、エルはそう尋ねた。
「あなた方の様子を見るに、何か温かいものを感じるのです。そう、家族の様な…」
「…そうですよ。私たちは家族です。奴瞰も、輕陀さんも、妖怪さんたちも、マスターだって、みんな家族なんですよ。…貴方達は、この世界の冒険者は、一体何なんですか。…何度も何度もこちらに来ては、物騒な物を振り回して…」
「…やはり、貴方方も、生きておられるのですね。ただ、生きているだけなんですね…」
「?」
と、不意にディランが、凪に向けて大剣を振り下ろした。
“ガキン!ガガガガガガ…”
凪はその、蛇があしらわれた体験を、鉤爪のような形にした手で受け止める。
火花が散るが、互角では無かった。
「うう…」
ディランの腕力によって、凪が押されているのだ。
「ガキにしちゃあなかなかやるじゃねえか。じゃあ、これはどうだよ!【エピタフドレッド】!」
ディランが一歩後退したかと思えば、その黒い大剣は赤熱し、先ほどの倍はある速度で、再び凪に斬りかかった。
“ガキン…バキバキバキ…”
凪の手を保護していた気の膜が破壊され、地面に半透明の砂の様な物が僅かに零れ落ちる。
「ぐ…ぎゃああああ!」
凪の右手にヒビが入る。
凪が怯んだ隙を、カナの魔法が追撃した。
「【マジックアップサード】…【インフェルノ】」
「うう…!?」
凪の真下から、火山噴火よろしく獄炎の柱が吹き上げてきた。
間一髪で彼女はその火炎柱を回避した。
がしかし、
「【リスタート」】」
不意を突くように放たれた第二撃は、彼女の体を直撃した。
「きゃあああ!?」
【リスタート】。
直前に使用した呪文と、全く同じ事象を引き起こす最高呪文だ。
今の場合は、本来は一度きりの効力である【マジックアップサード】の効果を、もう一度使いまわす為のものだった。
「う…くう……ん…!」
凪は左手に、気で何かを形作ったが、それは直ぐにどこかに飛散してしまった。
「っし、トドメの…」
「待ってください。」
ディランの大剣にエルがそっと手を添える。
「どうしたんだよ!早いとこ…」
スタスタと、エルは瀕死の凪に歩み寄る。
「…ふう…ふう…ひい…」
「先ほどあなた方は、何処かを目指しているようでしたね。どこかに、本当のダンジョンへと繋がる場所があるのですか?」
「…」
「はあ…ですよね。分かっていました。【ペインライブ】」
エルが凪の鼻先を軽く触ると、そこを中心にいばらの様な刺繍が、まるで生きているかのようにわらわらと出現する。
「ふがあああ!?」
「おおっと。貴女、随分と高い体温なのですね。…いえ、カナの技を喰らったからでしょうか…」
その様子を見ていたカナとディランは、若干後退していた。
「マジでえぐいぜ…あいつ…」
「だね…」
悶え苦しむ凪。
しかし、その内心は真逆であった。
(ビンゴ。やっぱりこれは拷問用の術なのかな。)
基本的に、式神には痛みを感じる器官は搭載されていない。
外傷を与えず、ただ純朴な苦痛だけを付与するこの術は、文字通り無効。
よって今が、凪の最大のボーナスタイムだった。
「うぐううううう!!」
「貴女も、早く楽になりたいでしょう。言ってしまいなさい。」
(どうする?マスターは今行方不明だし、何よりこんな事であの方を頼るわけにも行かない…)
“ピキピキ”
(…!まずいまずいまずいまずい!)
凪の聞いた微かな亀裂音。
それは紛れもなく、自身の体が崩壊を始めているサインだった。
一度体が壊れてしまえば、本来の姿をさらしてしまう。
その上、その後は当面の間、紙の中の存在に逆戻りだ。
ディランの大剣のダメージが、想定よりも遥かに巨大だったのだ。
(今ならまだ自分で修復は出来るけど…)
この者に傷の再生を見られてしまえば、折角のチャンスタイムをどぶに捨てることになる。
「ふう…三か所でもまだ足りませんか…次は。」
エルの術が、凪の体のあちらこちらに刻まれていく。
(うう…あの地面からの噴火さえなければ…地面?そうだ!)
ひび割れた両手を、気付かれぬ程度に地面に付く。
と、ひび割れの部分から地面に向けての気の奔流が、一瞬の間だけ巻き起こった。
「…それが、貴方方の血なのでしょうか。本当に不思議な生き物ですね。神系モンスターと言うの…ま!?」
次の瞬間、エルは地面から突きあがったそれによってかちあげられ、凪はその隙を突いて距離を取り、ひび割れを無事再生することが出来た。
「ふう…成程。これは奇襲に良いかも。」
地面からは、剛鬼式神…の腕の部分が高らかに掲げられていた。
エルは少しするうちに地面に落下し、それと同時に剛鬼式神の腕は弾ける様に消えていった。
「くう…油断…しました…」
「おい!エル!ったく、だからとっととトドメさしとかねえと…」
ディランは大剣を構えたが、その背後から迫ってきた爆発物が、彼に不意の一撃を喰らわせた。
「がは!?」
「ディラン!」
カナが慌てて二人に駆け寄ろうとした矢先、小さな手が彼女の顔面を鷲掴みにした。
「これ、返しますよ。」
「え…?ふみゃああああああああああ!!!」
凪から送られてきた大量の“熱”によって、カナはのぼせて、その場に倒れてしまった。
「…ふう…まままま、間に合ったたたっすね。」
「水叉さん?でもどうして…」
と、バズーカを担ぐ彼女の傍らには、奴瞰の姿もあった。
その手には、気で出来た小鳥の姿がある。
「これ、凪のでしょ?…こんなに不完全な状態で飛んできて…まるで、凪の事助けて欲しいって頼んできたみたいだったから、つい…」
その小鳥は、凪が二発目の【インフェルノ】を喰らったときに、咄嗟に煉り合せた物だった。
「…水叉さん、奴瞰、ありがとう…ございます。」
「べべべ別に、そんなにかしこまんなくっても…い……良いっすよ!じじじじじ自分ら、家族っすよ?」
「そうですね。なんか、ごめんなさい。」
と、いつの間にやらエルは立ち上がり、魔石の様な物を取り出していた。
「くう…流石に劣勢ですね。【パーティリコール】!」
次の瞬間、倒れている二人の体ごとエルが輝き出し、青い残滓を残して一瞬にして消えてしまった。
「はあ…ままままたその、ぼうけんしゃーとか言う賊ででででですか…ととととにかく、お二人ともかかか帰るっすよ。」
「はい!」
「ええ。」




