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「こいつはたまげたなぁ…」


「これが…伝説級ダンジョンですか…まるで、一つの国みたいだ。」


テントの下。

二人の老齢の冒険者が、焚火を囲みながらそんな事を話していた。


「まあ、山岳型ダンジョンが膨張しただなんて例は、今まで無かったか…」


次の瞬間、二人の冒険者はそれぞれ、大剣と双剣を構えた。


「おい…」


「ああ、血の匂いだ。人間の。」


と、ダンジョンの方から、真っ赤なそれが歩いて来た。

鋼鉄の鱗を持つドラゴンでも、毒性の臭気を放つゾンビでも無い。

血に濡れ怯える、一人の少女だった。


「…!大丈夫か!」


二人の冒険者はすぐさま、その少女に駆け寄る。

どうやら、彼女自身には傷は無いらしい。


「あ…ああ…あいつが…」


「あいつ…?」


少女が大事そうに抱えていたのは、乾いた臓物のこべりついた、一本の長剣だった。

魔法使いである少女の持ち物とは考え難い。


武器をしまった二人は、少女が震える指で指し示す場所を向いた。

遥か遠くにあるダンジョンの入り口らしき場所の前に、胡座をかく二足獣らしき影が見えた。


「…門番にやられたのか…おい、お前は隊長に報告しろ。」


「おお。…たく、出鼻を挫かれたな…」


双剣使いが、持ち前の機動力を使いキャンプまで疾走する。


「おい、何があった!」


「あいつが…居て…気づいたら…居なくって…それで…」


「…こりゃダメそうだな…」


大剣使いは少女をおぶると、キャンプの方まで歩いて行った。



「反応速度には決して難の無いソードマンが、不意打ちで仕留められたか…」


「隊長。此処は一旦帰還して、体制を…あ。」


「ああ。此処にある全てが、我々の全てだ。今戻ったところで、戦力は何も変わらないだろう。」


と、会議用のテントに、一人の男が入ってきた。

翡翠によって彩られた、黒鎧の青年だった。


「ねえ。あれが隊長級秒で殺った門番?」


「貴方は…翡色の剣聖…」


「良いって良いって、レイアで良いよ。おじさん。」


「では…レイア殿…その…」


「なあに、ちょっとどかせば良いんでしょ?」


「ですが、奴は危険です!いくら貴方でも…」


次の瞬間、テントの中の空気が一気に重苦しくなる。


「ねえ…あんた、俺舐めてんの?」


「ひい!」


「………」


不意に、翡色の剣聖は満面の笑みを浮かべた。


「へへ。冗談だって。護衛くらいつけてくれよな。おっちゃん。」


「は…はい…」


それだけ言うと、剣聖は再びテントを後にした。


「あれが…」


「ああ。今回同行することになった神話級冒険者が一人、翡色の剣聖だ。」


神話級冒険者。

彼らは別名、国境なき英雄達と呼ばれていた。

神話級に任命された日より、本来の国籍は破棄し、人類の為に戦う存在となる。

文明ある全ての存在より支援を受ける事が出来、末代まで続く富と名声を約束されていた。


「よし、まずはあの番人を突破する。各自、それぞれ戦闘部隊、中核部隊、後方支援部隊に分かれ、奴が何者かを突き止める。討伐が難しいようならば一時撤退し、翡色の剣聖、紅蓮の王を中心とした第二派兵を行う。よし、解散!」



「娑雪様が居ない?」


荒犬神にもたらされたその一報は、実に不可解な物であった。

本来、式神達や契約した妖怪と娑雪は、根底では一つのもである。

故に、通常ならば互いがどこに居ても、どこ名に居るのならばそれは"居る"事になる。

しかし今回は違うのだ。


「…成程。阿奴の存在は感じるが、気配が全く無い…」


存在を感じるという事は、少なくとも生きてはいるという事。

しかし、どこを辿れど見つけることが出来ないのだ。

この状況で、考えられる可能性は一つだけであった。


「つまり、あのうさ耳自身が、身を隠すことを選んだのか。」


一報を伝えた小物の妖怪が、慌てた様子で荒犬神に問いかけた。


「ど…どうしましょうか…組合の者を集め、今から…」


「いや、放っておけ。」


「ええ!?しかし、万が一主様に何かあれば事では…」


「阿奴が隠れると言えば、それまでだ。たとえ家神が総出で探したところで、あのうさ耳の毛一本見つからないだろうさ。それに、良く考えても見たか?」


「?」


「あいつに万が一のことがって、具体的に何だ?」


「それは…」


「うさ耳の事なら心配要らん!言葉が話せる中で、一番付き合いの長いわしが保証しよう!がっはっは!」


「全く、貴女はいつもそう…もう良いですよ。」


荒犬神の、容姿に見合わぬ豪快な笑い声で、その妖怪の緊張はすっかり解きほぐれてしまった。

呆れた様子で、自分の場所から後にした妖怪を見送り、彼女は少し寂しそうに呟いた。


「…早く戻ってこい。うさ耳や…」


その呟きは、宴会の雑多な騒音にかき消され、彼女自身も聞き取ることは無かった。

そう呟いた彼女の傍らには、封の斬られていない、真新しい一升瓶があった。



「ぎゃああああああ!!!」


「うわあああああ!!!」


「ひい…い…嫌…いやあああああ!!!」


一隊、また一隊と、紙の獣に引き裂かれて行く。

たった数分の交戦であるにもかかわらず、既に隊は壊滅状態となっていた。

仮面の下の紅に光る瞳が揺れるたび、夜空の下、刹那の赤い光の軌跡を描いていた。


「て…撤退!全隊、直ちに撤退せよー!」


先ほどまで、獣と交戦していた冒険者たちは、その号令を聞くや否や、武器を捨て、我先にとキャンプの方へと敗走していった。

もっとも獲物に隙が生じるときのはずだが、獣は、億魂式神は、それ以上の追撃を行うような事はしなかった。



億魂式神との交戦、惨敗を記してから一刻程経ったテントの中。


「各自、損害状況を。」


「全十二隊のうち、前衛部隊である第六部隊までは全滅、中核部隊も、戦闘系冒険者は軒並みやられました。」


「無理だよ!あんなの、人の身で勝てる相手じゃない!戦うために武器を抜いた瞬間、みんな奴に引き裂かれるんだ!」


案の定、冒険者たちの動揺は計り知れないものであった。

殆どのモンスターには、必ず戦いにおいて隙や予備動作が存在する。無いものも居るが、そういったものは魔術などである程度動きを封じることにより、攻略が可能となる。


ただ、それが式神となれば、話は違った。


「う…うう…おえっ!」


と、アナライザーの一人が、唐突にテントの外に駆け出して行った。

隊長は不思議に思い、部下にその場を預け、その魔導士の様子を見に行った。


「おえ…げええええ!」


「…!大丈夫か!」


木陰に嘔吐したアナライザーは、隊長の方を向く。

その目は、まるで悪夢でも見たかのように挙動不審で、その様子を見ているだけで、見る者すらも不安に覚える程だった。


「…ああ、惨状に立ち会ったのは初めてか。済まない…私の…」


「…です…見たんです…」


「見た?」


「…【マジックターゲットマーカー】で…そしたら…」


【マジックターゲットマーカー】。

広範囲に存在する敵にマーカーを出現させ、魔法の命中率をげる、アナライザーの基本スキルだった。


「あの獣の…体中にマーカーが出たんです…おびただしい数で…獣そのものが見えなくなるほど…」


「…?」


「獣を包む、紙の一片一片全てが…モンスターです…!」


紙人形に気を送り込み作る、生命の代替品。

この世界には、本当の生物とその代用品を区別する手段が、存在しないのだ。


「はあ?」


と、隊長の背後から、もう一つの声が聞こえた。

いつの間にやらテントから抜け出していた、戦闘に参加した重戦士だった。


「ああ、だよな。」


「君も…何か見たのか?」


「…一撃、たった一撃だけ、あいつの体に食らわせられた奴が居たんだ。…したら、当たった部分の紙が剥げて、中に一瞬、布みたいなのが見えて…で、舞い散った紙人形が、まるで小鳥か何かみたいに不規則に舞ってな、剥げた部分に元通りくっついちまったんだ…」


「成程……ん?」


ふと、隊長は右の親指と人差し指を顎にあて、思考を巡らした。

と、不意にポケットから紙とペンを取った。


「君!君はその時、どこに配属されてた!」


重戦士にペンを向け、問いかける。


「俺か?俺は第八部隊の最前列で、タンクする予定だった。…ただ、奴は俺の事を無視して、真っすぐアタッカーの方に行っちまったんだ…全く面目ねぇ…」


「アナライザー、君は?」


「…私は…第十一部隊に居ました。後衛部隊は、運よく犠牲者は出ませんでしたが…」


隊長は紙に、二人の当時配属されていた位置関係に印を付ける。


「…少し、聞き取りが必要だな…」


アナライザーが、よろよろと隊長の方に歩み寄る。


「…どうしたんですか…?」


「断定は出来ないが、どうやら奴は、門番の鑑らしい…」

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