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弐拾漆

“アオ――――――――――ン!…”


その魔獣の胸に張り付いている札が輝き出し、魔獣の付近にもう一つの影が現れる。

見た目は、巫女服を着た雑務用式神だが、その手足には富季の気装を装着している。その容姿は次第に変化し、次第に富季の姿になっていった。

娑雪が、彼女のための替え玉として作った式神だったが、元の姿の富季では力が足りなく、起動することが出来なかったのだ。

ぶれていたのは贈り物では無く、富季自身であった。


富季もどきは空を駆けるように、崩壊した街の中に繰り出していき、魔獣は目の前の岩龍を睨み続けている。


“グオオオオオ!!”


岩龍の山の様な大あごが、先にその魔獣の首に食らいついた。

がしかし、魔獣の首は砕かれることは無い。


“グギャアア!!!”


その隙を突いて、魔獣は岩龍の胴体に噛みつく。

岩の砕かれる音が鳴り響き、その岩の装甲ごと、龍は粉々に砕かれた。


“パキパキ…ガク…”


息絶えたのを見計らうと、魔獣は龍の肉と臓物を食らい始めた。


「ドラゴンを…喰っちまってるのか…?まさか、魔界の獣…?」


地上最強の龍を屠り、捕食できる存在。

少なくとも、そのような存在は地上には存在しない。


“……”


その巨大な岩龍を一分足らずで平らげた魔獣は、直ぐに避難所だった場所に群がるドラゴンたちを睨む。

男の姿は、眼中には無い様だ。


「ああ…そうか…飯がこんだけありゃ、地の底からも出たくもなるわな。…あんたの事、少しは見直さなきゃな、神さんよ。」


次の獲物に狙いを定めた魔獣。

意味など無いと分かっていても、衝動のままに狩猟を続ける富季は、次のドラゴンに向けて駆け出して行った。



「第四地区にドラゴンが?」


突然の緊急事態に、ラクリマジカ最高顧問たちが緊急会議に召集された。


「ええ。しかしそれが妙なんです。渡りのルートも違えば、渡りの時期でも無いのですよ。しかもどれも雄龍ばかり、さしずめ、何かしらの理由で出稼ぎが必要になったと言ったところでしょうか。」


「ドラゴンの生態の授業はどうでも良いのですよ!冒険者が出払った今、どうあってあれを止めるというのですか!下手をすれば、他の地区に被害が広がってしまう可能性も…」


と、円卓の中心に据えられていた水晶が輝き出し、くぐもった声が発せられる。


『ほ…報告です!現地に、正体不明の狼型魔獣が出現し、ドラゴンを次々と捕食しているとの事です!』


「何!?ドラゴンを!?」


『はい!また、付近では所在不明のグラップラーの活動も確認されており、行動パターンより、おそらく魔獣の眷属と思われます!」』


「ドラゴンを喰らう…聞いたこともないぞ!」


「確実に地上の者では無いでしょうな。斥候部隊!人的被害は。」


『今のところは…奴の狙いは龍の模様です!』


「…人に興味は無か。これは好機だ。その魔獣がデザートに入る前に、他地区に避難誘導をし、結界も展開せよ!国民が魔獣のデザートになる前にな。」


通信が終了し、暗い会議室に再び静寂が戻る。


「…龍を喰らう魔獣…魔族の一種か?学部顧問殿、貴方の見解が聞きたい。」


指名されたのは、雲のように髭を蓄えた老人だ。


「ドラゴンを捕食対象とする、狼型魔獣。ええ、可能性としては、フェンリルでしょうな。」


「フェンリル…?」


「太古の昔より、数多の文献に記述され、世界各地にも、活動痕跡らしき物も確認されてきた、魔界の存在でございます。眷属を伴うというのは初耳ですが、大方フェンリルの特徴と一致しております。実際に見てみぬことには何ともですが…」


「それで、そのフェンリルに関してだが…」


「口を開けば上顎は天にも達し、神話の神オーディンすらも飲み込んだと言われております。しかし、いかんせん神話なものでして…信憑性は…」


と、気弱そうな男が声を上げる。


「きっと、この世界に何かが起ころうとしてるんだ!例えばほら、黙示録に…」


「はあ…貴様がその台詞を言うのは何度目だ。」


「…」


しかしその会場には、いつもの様に彼を小馬鹿にする様な囁き声は響かなかった。



“…”


本当は理解していたのだ。

何故、あの時自分だけが本殿に取り残されていたか。

他の木像は、破壊されたわけではない。他の集落に移されたのだ。

五穀豊穣を司る像、雨を呼ぶと言われる像、災害を打ち払う像、万病を払う像、死後極楽に導くと言われる像。

他の像は、どれも素晴らしいご利益をもたらすものばかりだった。

しかし、富季だけは違った。


狩猟大成の像。

獲物を呼び、狩る者達に活力を。

しかし、それは酪農が栄えると同時に、次第に利益から害へと変わっていったのだ。

鹿を呼び寄せると、それを狙う狼などの凶暴な獲物も現れる。それらが家畜を襲ってしまうのだ。

彼女は、邪魔ものだったのだ。


“ギャウ…ウ…”


ドラゴンの最後の一匹が、最期の呻き声を上げたのを最後に、その街には静寂が訪れた。

間もなく彼女は理性を失い、生きとし生けるもの全てを見境なく攻撃する、ただの獣へと成り果ててしまうだろう。


“グルルルル…ガアアアアア!!!”


“キキキキィィィィン…”


高く澄んだ金属音が響く。

次の瞬間には、富季のその巨体は地面ごと、五芒星の形の斬撃によってバラバラにされていた。

彼女の体は、式神同様に弾ける様に消え、胴体部分のあった辺りから一枚の式神が飛び出してくる。


「…済まなかったの…富季よ…辛い思いをさせてしまったの…しばし、ゆっくり休むとよい。…本当に、済まなかったの…」


娑雪は収刀し、その式神を指の腹で数回撫でると、そっと胸の間にしまい込んだ。

好きな時に出てこられ、なおかつ娑雪の目にも届く場所だ。


「……」


先ほどまで戦っていた富季もどきは、主の命令を失い、糸の切れた人形のように街の中に倒れていた。

娑雪が指を動かすと、富季もどきのその体は、浮遊するようにして彼女の元に移動した。


「富季の為の代わりの体を造っておいて、良かったの。輕陀、帰るぞ。」


「かしこまりました。」


白い巨鳥の姿に変わっていた輕陀は、胡坐をかく娑雪を乗せ、神社に向けて飛び立つ。

娑雪は周囲の状況を調べる為、去る前にそこに数枚の式神を放っていった。

輕陀の速度なら、ラクリマジカのある大陸から神社までを半日程で移動できる。

が、


「【僧術・川飛】」


娑雪の術が加われば、五分程だ。



「…う…くう…」


血と瓦礫の中から、一人の少女が起き上がる。

片腕を失い、身体中に龍による裂傷を受けてもなお、獣人としての力が彼女の命を繋ぎ止めていた。


「…だ…大丈…夫…シア…シア…?」


それは、少女にとっては最も残酷な運命なのかも知れない。


「…ダル…クス…クレン…ねえ…返事…してよ…」


使い物にならなくなった右足を引きづりながら、少女は家族だった物に這い寄る。


「ダルクス…ねえ…起きてよ…こんなのかすり傷だ…って、また笑ってよ…」


血の混じった涙が、最期まで剣を握りしめ戦っていたクレンの頰に落ちる。


「…クレン…世界一のパーティになるまで…死なないって…約束したよね…l


既に龍に貪られ、左脚だけになってしまったシアを、少女はぎゅっと抱きしめる。


「何で…皆…置いてっちゃうの…独りぼっちに…しないでよ…」


ふと、少女は付近の壁に見覚えのある窪みを見つける。

巨人の拳がそこに繰り出されたかの様な、強い力で歪められる様に変形した窪み。

富季が、跳躍する際に残す痕跡だ。


「トキちゃ…」


付近に散らばる、龍達の亡骸。

富季がこの場所で戦っていた、動かぬ証拠だった。


「う…うう…」


最期の最期で、少女は自分が独りじゃ無い気がした。

何かが、報われた気がした。


「…おやすみなさい…今…行くからね…」


少女は目を閉じる前に、耳鳴りの様な音を聞いた。

ほんの微かに、何かがなびく音を聞いた。

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