弐拾伍
「お祭りお祭りー!か輕陀、おおおおお祭りっすよ!」
「朝からはしゃがないの水叉。まだ一週間も先の話じゃん…あれ、そういえば最近一緒に居た、あの石色の家神様は?」
「ななな何か、家神様達は家神様達で色々計画があるらしいっすよ。今年は盛り上げるっすよ!さ…さささ娑雪様の十二年祭。」
十二年祭は、娑雪の干支が巡る日の誕生日を祝うというと言う名目で、何かにつけて騒ぎたい式神達が作った祭日の一つだ。
しかし、そうした創作祭日の中ではかなり筋が通っており、結果的に元旦よりも大規模な祭日となっていた。
「そそそそう言えば娑雪様は?」
「朝早くから外壁の方に向かって行ったよ。多分防御陣の点検じゃ無いの?」
〜
「…【式術・蓬莱方陣】」
文字の書かれた一枚の式神がパラパラとめくれる様に増殖し、月千の都を囲う様に並ぶ。
(『多』…それと…『祭』…今回は少なすぎるぞ…)
そのたった二つのワードだけで、彼女はこの先降りかかる災厄を予想しなければならない。
祭とは間違い無く十二年祭の事、しかし多が何を表しているかは見当も付いていなかった。
「……」
祭りの際の、事故の可能性も考えた。
がしかし式神の事だ。家屋全てが倒壊しそこに千発の落雷が来ようとも、笑い話のねたくらいにしかならないだろう。
「…冷たい風じゃの…」
壁の上にあぐらをかき、彼女は朝日に染まる草原を眺めていた。
〜
暗い空間の中。
巨大な円卓を、無数の人影が囲んでいた。
「バドリアから伝令?珍しいな、要件は何だ?」
「なんでも伝説級ダンジョンが出たとか騒いでおりますが…」
「は、情け無い…奴らにもギルドはあるだろうが。」
と、四角い眼鏡をカチャリと上げた男が、そっと挙手をした。
「どうした外交顧問。」
「私、一つ面白い事を思い付きました。」
「面白い事?」
「はい、ラクリマジカの誇る隊長級、英雄級、そして神話級の冒険者達を一挙に集め、そのダンジョンの攻略に当たるのです。」
会場が軽いざわめきに包まれる。
「何を言いだすかと思えば…偽りならばどうする!」
「もし無駄足なら、バドリアに好きなだけ賠償金を請求すれば良いのですよ。で、本当に伝説級ダンジョンがあるなら、我々が攻略したのです、財宝を独占しても誰も文句は言わないでしょう。どうです?」
会場のざわめきが、そのまま感嘆の声に変わる。
「ああそうだな、君はそう言う男だったな。」
「攻略したあかつきに、その周囲の領有権を請求するのもまた一興…泣きついてきたのは向こうです。多少わがままを通しても問題無いでしょう。」
「ふ…皆の者、外交顧問の案に反対の者は。」
今度は、華奢で気弱そうな男が挙手する。
「ちょちょちょっと待って下さい!仮にもし、そのダンジョンが我々の手に終える様なものでは無かったら…」
「…君は今まで、その台詞を何度吐いたか数えているか?」
「………」
「…決まりだな。バドリアに対する冒険者支援計画と題し、一週間後に決行すると伝令を出せ。」
〜
「…騎士団長、バドリアが何か動いた様です。」
普段は暗いグロリアスの兵舎の中も、朝日がまだ地平にある数刻だけは、日の光が当たり照らされる。
騎士団長は寝巻きを纏い、片手には赤ワインを持ちながら、エイレンの報告に耳を傾けていた。
「さしずめラクリマジカに駄々をこねに行ったのだろう。放っておけ、暫く奴らの船の積荷が豪華になるだけだ。」
「その事ですが…」
「?」
「先の客船襲撃失敗事件の襲撃者が一人、脱獄に成功しこちらに帰還して来ました。」
「おお、さてはあの髭男だな?やはりあいつは、他の奴とは一味違うと思ったんだ。」
「その通りです。…その者の証言によると、恐ろしく強い格闘系冒険者によって、あっという間に全滅してしまったと。」
「ふむ、あの時はシグルムの群れも伴っていたが…当たりが悪かったのだな。」
「左様でございましょう。…次回は、下調べが容易な貨物船…否、しばらく彼らと関わるのは控えた方が良いかと。」
「ん?何故だ。」
「仮にラクリマジカが派兵する様なことがあれば、下手に動くと衝突する恐れがあります。ここはしばし、薬の売買など、比較的安全な仕事だけで収めておいたほうがよろしいかと。」
「ぬぅ…まあ、お前がそう言うのならそうなのだろう。」
「時に狩り、時に潜む。それがグロリアスのやり方でございますから。」
グロリアスを野党集団では無くグロリアスたらしめるのは、もしかすれば彼女の様な利口な者の存在が大きいやもしれない。
「…では、私はそろそろ、朝食の支度をしてきます。」
そう言い残し、彼女は団長室を後にした。
(シグルムの群れを撃退する程の実力者が、普通の客船なんかに乗るはずが無い。…いつかのバドリア集落と言い、全てあれが出現してから始まったこと。…もしかして、イワイオゼーレなら何かあるかもしれない…)
イワイオゼーレ。
四大隊国の一つで、別名は鋼と秘匿の国。
他国の冒険者に対する武器やアイテムの売買や、優れた鉄鋼産業による兵器や設備の製造を生業とするとされる。
しかしその国は、特別なビサが無ければ領海にすら立ち入ることが出来ず、外部からの侵入や干渉を極端に拒絶する傾向がある。
ただ単に技術漏洩を防ぐためだとか、実体は恐ろしい宗教国家だとか、そういった噂が後を絶えなかった。
「…いや、あり得ないか。」
「何がですか姉貴。」
「…しばらく節約することになった。ラクリマジカが大人しくなるまで宴会は無しだよ。分かったね?」
「ええ!?まじすか!?」
「酒も控えて、分かった?」
「へ…へい…」
昨晩仕込んでおいた大なべを温めかき混ぜながら、ぼんやりと物思いにふけっていた。
(あのダンジョン…いや、前提が間違っているのか?あれはダンジョンとはそもそも種類が違う。まるで、どこからか国が一つ迷い込んだような…)
鍋の中身は煮詰まっても、彼女の思考はいつまで経っても煮詰まらなかった。
〜
「試作品、出来ました。」
陰陽世界のとある木造の館。
そこでは、家神や有力な妖怪達によってとある研究が行われていた。
「……」
荒犬神は、運ばれてきた小さな酒樽に満たされた、透明な液体を盃で掬う。
「…っく」
そのまま彼女は、神妙な面持ちで、盃の中身を飲み干す。
「駄目だ。やはりあの代物とは遠く及ばぬ。…あの、不死の身のわしすら死への恐怖を感じる程の、魂すらも焼かれる心地を感じぬ。」
「…それ…もう劇薬じゃ…」
「香りや味はほとんど再現できたが…これでは弱過ぎる。こんな物、一晩飲んでも酔うか分からんぞ。」
と、石臼の様な音を立てながら、久戒丹がゆっくりと立ち上がる。
「シイイィィィィィィ……」
「ん?どうしたのだ?確かお前は…久戒丹とか言ったな。」
「シイイィィィィィィ……」
「ぐ…済まない。わしには主の声が届かぬ…」
「………」
久戒丹はゆっくりと荒犬神の頭を撫でると、そもままその館を後にした。
「…しかしまさか、製法がここまで難解だったなんてな…雷に打たれた古木から作った樽に、千年間同じ土地だけで育った稲、そして、満月の光を反射して靄のように輝く酵母…」
その酒の製法は、そこらの家神すらも凌駕する由緒を持ち、材料が無い中で再現するのはほぼ不可能であった。
「せめて何か一つでもあれば…」
~
「ぐう…ぐう…くか…」
カーテンからうっすらと漏れ出る光だけに照らされた、薄暗い部屋の中。
一人の少女の声が、百年ぶりにそこに響く。
「が…うーん…あと十年だけー…」
物言わぬ紙人形は、ひたすらその少女の裾を引っ張り続ける。
「あーもう分かった分かった。分かったらそんな引っ張んなって。」
少女は上体を布団から起こすが、紙の式神はなおも引っ張り続けている。
「っち、起きるっつってんだろ!」
少女の腰から伸びる尾の一本が、その神を叩き裂く。
少量の紙屑が、音もなく床に舞い降りた。
その後、血を巡らせる様に手足や九本の尻尾を動かし、カーテンを開け放った。
「…なっげえ、これじゃあ邪魔だな。」
机の上に置いてあった小刀を手に取り、艶やかなその金髪を豪快にショートボブにまで切り揃えた。
切り取られ床に落ちた紙は、次第に一箇所に集まり始め、編み合わさっていった。
「おい、なんかメシ買ってこい。そこにエコバッグあっからよ。」
彼女の髪から生まれた、金色の毛並みを持つ狐は、急かされるがままに出掛けていった。
「娑雪は…まだくたばってねえな。っち…何だよ、あたしの仕事永遠に回ってこねえじゃんかよ。」
彼女の名前は、京ノ皇。
17才ほどの少女の容姿と、狐耳に九本の尾を持つ大妖怪だ。




