因幡の白兎(弐拾参)
「えーん!仲間はずれにされたよー!うわーん!」
泣きじゃくる奴瞰と、
「…俺が魔王を倒した事にする…か…」
独り言を呟きながら転送魔法の準備をする勇者が、
「へぶ!」
「!?」
曲がり角で衝突した。
「済まない!前をよく見ていなかった様だ。…君は確か…」
「ふえ…?ゆ…勇者様だー!」
奴瞰はすぐさま、色紙とサインペンを勇者に差し出す。
「…これは…?」
「サイン下さい!名前でも…何でも良いから!」
勇者は戸惑いながら、彼の見たことの無い種類の筆記具で自分の名前を書いた。
万年筆でも、黒鉛棒でも無い初めての書き心地だった。
「ふわぁ…!レン様って言うんだ!えっと、どんな勇者様ですか!?王道?転生モノ?それとも…無双系!?」
「な…何を聞いているんだ…?」
今まで、彼は自らを勇者と慕うたくさんの人々を見てきた。
がしかし、目の前にいる少女の目は、今までの者たちの視線とはまるで種類が違っていた。
「ふう…少しだけ取り乱しちゃったかも。あ、じゃあじゃあ、勇者様には仲間は居るの?」
「仲間…ああ、俺の家族みたいなものだ。そうだ、お前達こそ何者なんだ!この街は一体…」
「てことはやっぱり王道かな…成り上がりパターンかも…あ、そうだ!ここは“月千国”!この間国名が決まったばっかりなんだ!」
「ゲツセン…そうか。じゃあ、俺はそろそろ行くよ。」
「ええ?もう帰っちゃうの?」
「ああ。早くしないと君達のマスターに殺されちゃうからね。それに…家族が待ってるんだ…」
「そっか…気が向いたらで良いから、また遊びに来てね!何なら、こっちから来ちゃったりもするからね!」
「ははは。また仲間が増えちゃったな。…そうだ、最後に君の名前を聞いておきたい。」
「あ…あたし、奴瞰って言うの!その…この体じゃ簡単には遠出出来ないけれど…でも、必ず遊びに行くからね!」
「ナミ…か。覚えておくよ。」
青年はそう言うと、ポケットから取り出した緑色の結晶を握りしめる。
彼の体が、僅かずつ緑色の光を帯び始める。
「じゃあね。」
その言葉を最後に、僅かな光の粒子を残し青年は姿を消した。
「えへへ、サインもらっちゃった!おーい!凪ー!」
姿も見えず、凪の行き先も知らないはずの奴瞰は、真っ直ぐ凪の居る神社の方に走って行った。
〜
「あの人、結局どうするんでしょうかね。」
壁に出来た窪みを治しながら、凪はふとこう呟いた。
「…さあのう。正直に話したか、はたまた私の頼みを聞いてくれるのか…」
「どっちにしろ、マスターの力はこの世界に知れ渡…ヘプシッ!」
「大丈夫か?そんな格好では寒かろう。ほれ、少し…」
「いえ、まだこのままでいいんです。…あそうだ。マスター、奴瞰は多分此処に来ますから、これ渡しといてください。」
「?」
娑雪は、凪から文字の刻まれた木片を手渡される。
力などは感じない代わりに、奇妙な装飾が恐らく手作業で施されていた。
「これは…」
「予言の石碑…のつもりの何かです。あ、噂をすれば…」
凪は何かの気配を感じ取ると、転移術によって魔王の廃城へと移動する。
次の瞬間には、体を丸めた状態の奴瞰が、噴石か何かの様に障子を突き破って娑雪の部屋に入って来た。
「でええいい!…あり?」
破壊された障子は、みるみるうちに元の形に戻っていく。
「これこれ、怪我してしまうぞ。」
「…マスター、凪見なかった?」
娑雪は、障子とともに破壊されてしまった木片の一部をつまむと、周囲に散乱していた残骸がその欠片にみるみる内に集まり、障子同様元の姿に戻って行った。
最後に彼女がその木片を軽く叩くと、一瞬で木片は、石版へとその様相を変えたのだ。
「ふ…行って来い。」
「うおー!本当に予言の石版だー!凄ーい!l
奴瞰はその石版を抱え込む様にして持つと、障子から少し後退する。
「………」
裟雪が軽く指を動かすと、障子が間一髪で勢いよく開いた。
「…あの勢いの良さと来たら…主を思い出すのお、大穴牟遅神よ。」
彼女は、開け放たれた窓から空を見上げ、そんな事を呟いた。
“この”空には居ない事は、彼女も分かっていた。
▽
「はあ…はあ…はあ…」
静かな波打ち際で、男が一人倒れていた。
身につける服装はズタボロに引き裂かれていて、鋭利な刃の様な物でついたであろう傷が身体中に刻まれていた。
彼の名前は大穴牟遅神。
天津神を代表する一柱で、此処には他の神の供として出向いていた。
「…?主、大丈夫かの?」
それを見つけた、白髪の兎神が男の元に駆け寄る。
彼女の名前は裟雪。
いわば八百万の神の一種である。
「おのれ…彼奴らめ…!」
大穴牟遅神の睨む先には、海を漂う大量の鰐の姿があった。
当然普通の鰐では無く、人や動物、さらには神すらも襲う危険な賊の妖怪、海鰐であった。
「…酷い怪我じゃ…傷口に海水も入り込んでおる…」
「離しておくれ!彼奴らを…早く始末しなければ…」
「駄目じゃ。…少し待っておれ。」
裟雪は男を抱えると、ひとまず岸から離れた場所まで移動する。
「…ふう、大丈夫かの?」
「私がこのようなところでへばっていては…八十神達に危険が…!」
「主はもしや…」
「くう…!」
男は無理やり立ち上がろうとするが、身体中の傷とそこに染み込む乾いた海水がそれを阻止する。
「うわあああ!」
「はあ…待っておれ。【僧術・開田】」
裟雪がその細い指で地面をトントンと叩くと、瞬く間にその付近が隆起を始め、地面から石の井戸が出現した。
井戸の中に満たされる真水で、まず裟雪はその男の体を洗ってやった。
「うぐぅ…」
「もう少しの辛抱じゃ。」
海水と固まった血を洗い流し、男の傷口からの鰐の牙の摘出も手早く行う。
「…その術、一体どこで…」
「細かい事は今は気にせんで良い。それより、今は此処で休んでおれ。八十神達は私が一先ず…」
「いけぬ!従としての役目を、先会ったばかりの雌神に投げうることなど永遠の恥!ここは…あだだだ!」
「はあ…仕方ないのぅ。少し荒治療のなるが、それでよいか?」
「何でも良い。この身体を、今一度、二度動くようにしておくれ!」
裟雪は井戸の水を一つ掬うと、付近の地面に振りかける。
「【仙術・医青苗】」
今度は水の掛かった一帯から金色に輝く稲穂のような植物が生えてくる。
裟雪は男をその中に放り込むと、その植物は男を包むように折れ曲がっていく。
「うわ…何だ!」
「じっとしておれ。すぐ終わる。」
稲穂は主に傷口などに集まり、金色の光とともに傷を治癒していく。
ものの数分で稲穂が全て枯れ、代わりに服すらも全く元どおりになった男が起き上がった。
「おお…今までの痛みが、まるで夢だったようだ…!」
「ほれ、行くぞ。私も、海鰐を退治するために此処まで来たのじゃ。」
「貴女が居れば実に心強い!ともに行こうぞ!」
裟雪は微笑だけを返すと、駆け出す男に付いていった。
「げへへへ!なよっちいのがわんさかいらぁ!」
海鰐は既に陸まで上がってきており、八十神達狙い侵攻をしていた。
「おのれ下劣な賊共め!私が一匹残らず成敗し…」
「海におるのは私に任せておくれ。主は陸に上がった者共を頼むぞ。」
「任せても…良いか?」
「ふ、安心せい。」
男は彼女の微笑を認めると、すぐさま神達への護衛へと戻って行った。
「ふ…【式術・海神】」
◇
「ふん!はあ!」
金棒を振るい、男は青色の大鰐達を屠続けている。
その硬い外装も、彼の力の前では木っ端に等しい。
「ぐぎゃあああ!」
「はあ…はあ…皆者、お怪我はございませんか!」
「お前こそ…群に突っ込んでいって無傷だったのか?」
「ふ…細かい事は、今は気にしないでください!とああ!」
一際巨大な海鰐を吹き飛ばしたのを最後に、それ以降鰐の手が迫る事はなかった。
「…ふう…皆様、早く此処を離れてください。奴らがまた迫って来ないとも限りません。向こうに結界地帯があった筈です。そちらへ。」
「主はどうするのだ?」
「私は…少し浜の様子を見に行きます。」
男はそう言い残し、軽い足取りで浜の方に向かって行った。
「雌神殿よ、そちらは…」
男が目にしたのは、海に打ち上げられた夥しい数の海鰐達と、付近に散乱する人型の紙切れ。
しかしそこに、裟雪の姿は無かった。
「貴方が…大穴牟遅神様ですの…?」
と、彼の元に一人の女神が駆け寄ってくる。
本来なら御殿に居るはずの八上姫と言う美しい女神であった。
「貴女がどうして…」
「先に御殿に到着した八百神達から話を聞いて、どんなお方か気になって…それでつい…」
「全く…此処は危険ですよ。直ぐに…」
「この紙…貴方、術が使えるのですか!?」
「いや、これはその…」
「なんて勇敢でお強いお方……決めましたわ。お見合いのお相手は貴方にしますわ!」
「はあ!?」
「それに、貴方のその素晴らしい武勇伝を、永遠永劫に伝える為に記録もしましょう!」
「………」
◇
その後、大穴牟遅神と白兎の物語は、若干の真実を含して神話となり、古事記に記されることとなった。
彼は後ろめたさから、海に散乱していた紙切れを集め、近くにあった小島の上に簡素な祠を立ててひっそりと祀る事となった。
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しばらく投稿ペースが更に加速すると思います。
少なくとも今回より二週間、平日は毎日投稿出来ると思います。
よろしくお願いします。




