弐拾弐
「…入…」
娑雪が何かを言おうとした時、廊下へと繋がる襖が勢いよく開け放たれた。
「凪よ、入口から来るとは珍しいの。それと…その奇怪な格好は何じゃ?」
「い…色々ありまして…ほら。この方がマスターだよ。」
「?」
凪の後ろから、これまた珍妙な格好をした青年が現れる。
「??」
いまいち状況が呑み込めていない娑雪を差し置き、青年が口を開く。
「貴女がマスターですか。…単刀直入に聞きます。デスバークを知りませんか?」
「???」
娑雪は一先ず、彼の身なりをよく観察する。
空の鞘こそ身に着けているが、その腰には二本の短刀、引き締まった体に、戦闘慣れしていると思しき立ち振る舞い。
(詩拍の友人…では無さそうじゃな。)
「…阿奴なら、既に私が倒してしもうたぞ。」
「嘘だ。バルドルの光も無しに、奴も、奴の僕の大悪魔達を倒すことも不可能です。」
「む?そうなのかどうりで死なん訳じゃ。…しかし、何方にせよ阿奴は私の管理下にある。心配しなくても、阿奴はもう悪行はせぬ。」
「…そう…ですか…」
青年は、娑雪からは一切の力を感じなかった。
それはつまり、彼の戦闘力で感知できる相手の力量を遥かに超えていること。メーターエラーの様な状態だ。
「ふむ、主はこれからどうする?」
「…故郷に帰って、このことをみんなに伝えます。魔王はもう居ないと。」
「…」
と、娑雪は付近に陣を出現させ、そこに手を突っ込むと何かを取り出した。
「阿奴の持っていた杖じゃ。よく聞け、阿奴は、主が倒したことにするのじゃ。」
「?」
「私はこの世界の事は良く知らぬが、それでも主がどれほど過酷な道を歩んできたくらいは分かる。それに、私についての妙な噂が広まってもかえって不便じゃ。…やっぱりダメかの?」
「確かに俺は貴女には到底及ばないかもしれません。でも、嘘つきになる気もありま…」
「ふむ。そうか。」
娑雪がゆっくりと立ち上がる。
何かに感ずいた凪は、かばうように青年の前に立った。
「落ち着いてくださいマスター!ほかにも方法は…」
「ふむ、ちと下がっておれ。」
彼女が指をピクリと一つ動かしただけで、凪は何かの力によって廊下の壁に吹き飛ばされた。
「…!」
「ならば、仕方ないのぅ。」
彼女の携える真剣が、冷たくも美しい金属音と共に抜き放たれる。
「…俺を、殺すんですか。」
「…」
彼女は何も言わずに、その真剣を徐に彼に向けた。
少しうつむいていたため、娑雪の瞳はその真っ白な前髪によって隠れていた。
青年は少し後退すると、腰の双剣を構えた。
「…ふ。」
白い髪の合間から見えた、彼女のルビー色の瞳を青年が見た瞬間だった。
青年の体は突然カチコチに固まり、双剣を構える手が震えだした。
「……!?」
娑雪は何もしていない。
ただ彼を、威圧のこもった瞳で見ただけだ。
彼、否、人間の生存本能はたったそれだけで、死を覚悟する。
(クソ…動け…動け!俺は何のために、五年の間旅を続けてきた!強くなるためだろう!勇者に…勇気ある者になるためだろう!)
真剣の切っ先が、青年の喉に軽く触れる。
青年はまだ動かない。
「主は、魔王と刺し違えて死んだんじゃ。良いな?」
「……」
真剣を喉元から一度離した娑雪は。今度は横に振りかぶる。
このまま振れば、彼の首は一瞬にして切り離されるだろう。
「さらばじゃ。客人よ。」
「…」
(俺は…なんでこんな…これじゃあ、あの日から何一つ変わってないじゃないか!村を襲うモンスターに、ただただ怯えるだけの泣き虫の子供のままじゃないか!
…ダメなんだ。それじゃあ、ダメなんだ!
「レン!」
どこからかアンジーの声が聞こえる。
「泣き虫レン!そんなんで勇者になるだなんて、千年早いわよ!」
「うるさい!俺はな、魔王を倒して、必ず勇者になってやるんだ!」
「ふうん。ま、せいぜい頑張れば?」
…これは…走馬灯か?
そうだ、確かこの日の夜にモンスターが…
俺とレンジ―はたった二人で逃げ出して…そこで、レックスと会ったんだ。
「何だお前ら。向こうの村から逃げてきたのか。」
不愛想な奴だけど、根は情に厚い良い奴。
それからしばらくして、俺たちは旅に出たんだ。
いろんな村を周って、いろんなダンジョンに潜って、いろんな出会いと、いろんな別れ。
そうして俺たちは強くなっていった。
「一人だけなの…?」
「ああ。聖なる龍鱗で城門を通れるのはその所有者だけ。…お前たちは連れていてやれない。」
「そんな…」
「ふん。せいぜい魔王の前で漏らすなよ。アンジーは医療魔法の準備だ。いつレンが帰ってきても良いようにな。」
「…分かった。世界、救ってきてね!レン!」
「ああ、行ってくるよ。」
…そうだ、俺には仲間が…待ってくれる家族が居るんだ!)
「うおおおおおおおおお!!!」
“ガキン!”
娑雪の真剣と、青年の短剣が間一髪でぶつかり合う。
短剣はその刀によって真っ二つに切断されるが、青年はその一瞬の隙を突き、もう片方の短剣を彼女の右胸に突き刺した。
正確には、彼女の豊満な胸に沈み込んだと言う方が正しいが。
「…」
彼女は少し微笑むと、ゆっくりと倒れ込んだ。
「早く!マスターはすぐに起き上がりますよ!」
やっとめり込んだ壁から抜け出した凪は、青年を陣の中に誘導する。
青年は、咄嗟に娑雪の傍らにあった杖を手に取って、そのまま転送陣の中に吸い込まれていった。
「…ふふふ…」
「はあ…はあ…マスター…?」
「済まぬ済まぬ。ちと楽しくなってしもうた。勇者と言うのは、最後にらすぼすと戦うのじゃろ?」
「はい?」
そう語る娑雪の懐から、不意に薄っぺらい本が零れ落ちた。
奴瞰が大事そうに持っていたものと、同じ題名の本だった。
~
「?」
クレンのパーティへの体験編入三日目の朝。
富季のベッドの上に、小さな封筒が置いてあった。
そこには美しく整った文字で、“十二目祭おめでとう”と、細筆で書かれていた。
「十二目祭…」
それは、富季がかつてまだ信仰されていたころ、彼女含めた六体の獣神を祀っていた地元の人間による祭りだ。
豊作や無病息災を願い、毎年沢山の供物を木製の獣神像に供える。
彼女にとっては懐かしい思い出だ。
「娑雪様…多分、思っているのと違いますよ。」
そう呟きながら封を開くと、中からは一枚の御札が現れた。
沢山の複雑な文様が描かれており、何かの術具の設計図だという事を、彼女は一目で見破った。
「…」
彼女がそれを胸に押し当てると、御札は解ける様に消えていった。
「娑雪様…じゃない。気にほんの少しだけぶれがある。多分問題ないけれど、娑雪様はこんなことにならない。別な式神が作ったのかも…」
「おーい、トキー。飯出来たぞー!」
「あ、はーい。」
宿主に呼ばれ、富季の思考が切り替わる。
その後しばらくは、その奇妙な贈り物について思い出すことは無かった。
~
…
鳥取に白兎を祀る神社がある為、後藤と白井は鳥取にてその神跡の調査を決行した。
「つまり、太古の昔にこの地方を収めていた一族が、兎にたとえられ神話の中に?」
「これはあくまでも解釈の一つっすけど、可能性は高いと思います。」
因幡の白兎。
鰐に敗れ、毛をむしり取られてしまった白兎が、大穴牟遅神と言う高天原の神に救われ、最後に予言を残すという古事記の中の神話だ。
「…?先輩、やっぱりこれって淤岐之島じゃ無いですか?」
「?」
白井が取り出したスマートフォンに映し出されていた写真には、件の神社に収蔵されていた巻物の画像がある。
そこには、海にポツンと浮かぶ小島と、そこに立つ小さな社が描かれていた。
淤岐之島と言うのは、その白兎が流れ着いた場所とされている。
「…行ってみるか。」
「へ?行くってまさか…」
◇
モーターボートを走らせる小さなエンジンの、けたたましい音が響く。
「お二人さん、本当に此処であってるんかい?」
「はい。載せて頂きありがとうございます。」
「淤岐之島って、響はアレだが実際はただの小島なんだが...まあ良いか。近くに船を止めとくから、帰りは言ってくれよ。」
二人は、協力してくれた地元の漁師に礼を言うと、その子船から海より突き出ている岩に飛び乗る。
「その絵が正しければ、かつてここに祠があった筈だが…」
「本当にただの岩場ですね…うう、海風が冷たい…」
後藤がしばし岩場を探索すると、不自然な四角いくぼみを発見する。
「…?」
見たところ人為的に開けられた穴らしく、画像の祠の柱があった場所に相当していた。
その後すぐに、岩に埋まった木材のような物を発見する。
貝や海草の残骸が悠久の時を経て堆積し、岩石へと変貌しているらしい。
後藤はそれを見るや否や、バッグからノミを取り出し、その木材の掘り出し作業を始めた。
しかし岩石は固く、思うように削ることが出来ない。
「待ってください。っと。」
白井が、近くに落ちていた岩を拾い、ノミで出来た穴に思い切りぶつけた。
岩は砕け、その中にあった物を露にした。
「これは…木箱?」
岩石に守られていたためか、露出していた部分以外に目立った劣化は無く、とても神話時代の代物には見えなかった。
「これって…」
「…ビンゴだな。」
その木箱には、五芒星の印が刻まれていた。
読者様からご意見を頂き、タイトルの数字を全て漢数字にしてみました。




