弐拾壱
「………」
募る不安を抑えきれなかった娑雪は、再び寺子屋に出向いた。
彼女の予感は的中し、案の定、寺子屋は酷い有様であった。
「ううー…」
かなり広い筈の部屋全体を数々のガラクタが埋め尽くし、部屋の中心には、生気を無くした智滇廻がうつ伏せに倒れている。
そこら中に夥しい数の紙の式神が落ちている。
これが智滇廻の言う、“みんな”の正体だろう。
「全く…気を練ることも忘れておるのか…【基術・散渡】」
気が主な動力源である式神において、気を練るという行為は食事や睡眠と同じ様に欠かせないプロセスだ。
今の智滇廻の状態は、人間で言えば栄養失調、車で言えばエンストの様な状態だ。
目の前に現れた半透明の球体を、彼女は智滇廻の上で握り砕いた。
透明なかけらが、倒れる智滇廻の体に吸い込まれるように消えていく。
「…うおおおおお!?」
智滇廻の周囲の物が浮き上がり、彼女自身も只ならぬ覇気を放ちながら起き上がった。
部屋中に散らばっていた式神も精気を取り戻し、とてつもない速度で作業を再開した。
「…娑雪様!?たた…大変お見苦しいところを〜!」
「………」
娑雪は何も言わず、智滇廻の小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「こんなになるまで、よく頑張ったの…」
「さ…娑雪様〜!」
若干不自然に感じる程の時間、二人はしばし抱き合った。
「サンプル、確かに受け取りました〜。一体どこで、こんなに魔力を沢山手に入れたんですか〜?」
「ちと霧払いをしてな。折角なので、少々多めにとっておいたぞ。…一時間ほどな。」
「…?…とにかく、これで研究が大分捗りそうです〜。」
「…ちゃんと、休む時はしっかり休むんじゃぞ。」
娑雪は太ももの木箱から式神を取り出し、そっと智滇廻の式神達の中に紛れ込ませた。
彼女なりの、母性本能だろう。
〜
「…その、誰ですか?貴方。」
「ちぃ…まだ動けるのか!くらえ!」
戸惑う凪に、勇者の剣撃が放たれる。
しかし、その輝く剣は彼女の左手によりあっさり受け止められてしまった。
「な…!?」
凪は勇者から、強引に剣を奪い取ると、そのまま粉々に握りつぶしてしまった。
「…嘘…だろ…?オリハルコンソードが…」
「いちいちそう言うの良いからさぁ…で、誰?」
何も知らない奴瞰は、二人の様子を眺めていた。
(この人ってもしかして…)
ふとある事に気が付いた奴瞰は、懐から書物を取り出した。
いわゆる、ライトノベルと言う物だ。
「おおおおお!もしかして、もしかして!本物の勇者!?」
浮足立った様子で、ただただ狼狽えている勇者の元に彼女は駆け寄った。
「あ…あの!本物の勇者様…だったりします?」
「はあ奴瞰…絶対ゲームのやりすぎ…」
青年は、目を輝かせている奴瞰に向きこう答えた。
「…ああ。俺は勇者レン。…お前たちは何だ。…今更デスバークとは言わないよな。」
「ふおおおおおおおお!本物だよ!本物の勇者だよ凪!えっと…色紙とってくる!」
奴瞰は印を結ぶと、後方に開いた穴から何処かに消えて行ってしまった。
「あいつは本当に人の話と言う物を…あ、私は凪で、さっきのやかましい奴が奴瞰って名前です。…デスバークとか言うハンバーグの親戚みたいなのは知りません。」
「ナミにナギ…知らない言葉だ。魔族の子供か…?で、お前たちは此処で何をしていたんだ。此処は魔王の城…」
青年はふと、道中の惨状を思い出す。
なぎ倒された大扉に、損壊だらけの玉座の間。
「…まさか、お前たちが…?」
「さあ、私たちが来た時にはもうこんな感じでした。何故ここに居るのかは…まあ、諸事情です。」
(ごっこ遊びの為だなんて口が裂けても言えない…)
青年は、ふと自分が首から下げているペンダントが目に入った。
聖なる龍鱗。聖なる龍シャングリウスの試練に打ち勝ったものに送られる、あらゆる闇の封印を無力する伝説のアイテム。
この力を使って扉を開けたのなら、扉は解ける様に消えていくはずだ。
「まさか…」
青年は走り出し、入口の扉の状態を確認する。
何かとてつもない力によって扉はひしゃげ倒れていたが、封印の魔法陣は健在だ。
「………」
青年の動揺する姿を見た凪は、ふと彼に声をかける。
「…もしかしたら、マスターなら何か知っているかもしれません。…と言うか、うすうす何が起こったのか想像がつきました…」
「…マスター?お前たちのか?」
「…はい。心配しないで下さい。とっても優しい方ですから。」
そう言うと二人は、神社に向けて進み始めた。
その直後だろうか。
「…はあ…はあ…色紙とってき…はれ?」
◇
「…何だ…此処は…」
夜のはずが、街は浮遊する行灯や木造の建物から漏れ出る光で明るく照らされ、街の大通りは全て中心にそびえる山に続くように設計されていた。
街には、人間らしき姿をしたものも見受けられたが、半数ほどは奇天烈な姿をした生物だ。
雑多な話声や、どこからか響く三味線の音。
そこが人間ではない者たちの世界である事は、青年にも理解できた。
「江戸から大正までの街並みを…って、貴方に言っても分かりませんか。」
二人は、大通りを真直ぐ進み山に着き、今度は神社に続く石階段を登り始めた。
先ほどの町の様子とは打って変わって、石階段は殆ど物音がしなかった。
浮遊する行灯が道を照らし、浴衣を着た巨大な二足歩行の牛と、雑務用式神とすれ違った以外は特に人影もない。
「ふう、相変わらず長い階段だったなぁ…」
「…」
神社と言えどその本質は、神の住む家。
その神社は、幅や高さなどは青年の知るどんな城より大きく、石階段とは打って変わって再び賑やかな雰囲気を湛えていた。
「…此処からは、少し気を引き締めて下さい。ここにおられるのは、どれも名のある妖や神ばかりです。」
「神?」
「そのままの意味…っと!私の後ろに。」
「!?」
と、彼女の元に現れたのは一体の妖だ。
白装束を身に纏い、腰には短刀。白くぼさぼさの髪の毛が伸び切っている。
大きく開いた真っ黒な瞳に、威嚇するように開いた口からはサメの様な歯が生えそろっていた。頭には。黒く大きな二本の角も生えている。
「おお凪じゃないか。…なんだいその恰好は?」
「…色々ありまして。死宀さんこそ、今日は酔っぱらってないんですね。」
「へっへっへ。なあに、直ぐにたらふく呑んでやるさ。…で、そこの人間は何だ?身がしまっていて旨そうだ…貰っていいか?」
「ダメです。マスターの大事なお客様です。」
「へっへ。そうかい大親分のかい。なら、わしは手えだせんな。ほなな。」
そう言うとその妖は、霞のように変わり神社の方へと消えていった。
「あの方が呑む前で良かった…早いとこ行きましょう。」
「あ…ああ。」
(違う…あんなの魔族なんかじゃない…)
立ちすくんだ青年の手を引き、凪は出来るだけ目立たないように神社の中に入っていく。
双龍の描かれた巨大な二枚扉を開け、そのまま二人は神社の中へと入っていった。
「うわ、またでかくなってる…そろそろ迷子になりそう…」
四方八方に階段や橋、木製のエレベーターが張り巡らされた大空間。
金銀鮮やかな屏風や豪華絢爛な照明によって、その空間は眩いほどに輝いていた。
見上げても、天井は遥か彼方にある。
凪は足早に木製エレベーターに向かうと、扉の横についている円盤の操作を始めた。
その円盤には零から九までの数字が付いていて、ダイヤル電話の様に回して行き先を指定する仕組みだ。
“カランカラン…”
木製の扉が乾いた音を立ててひらき、凪は青年を引き連れ一目散にエレベータの中に逃げ込んだ。
まるで人の目から、一刻も早く逃げる様に。
◇
再びその扉が開いた先は、物音一つない廊下のような場所だった。
少し進んだ先の左側の壁に、豪華絢爛な装飾のされた襖がある。
凪はそこを二三叩くと、思い切りよく開け放った。




