廿
すっかり日も落ちた陰陽世界の夜。
安アパートの一室の扉に差し込むための鍵を取り出した亜亥は、慣れた手つきで扉を解錠する。
““ガチャ””
「?」
音が二重になって聞こえた気がして、ふと顔を横に向ける。
と、隣の扉の前に立つ、見慣れない式神達と目が合った。
「…力が封じられたわけでも無い、むしろ前より強化されてる。…そのはずが、目の前のこいつにすら勝てる気がしないなんてな。」
二人いて、一人はもう一人に背負われて眠っていた。
「あ…あの。どうも…引っ越してこられたのですか。ってことは、お隣さんですね。」
「…我が名は詩拍。今日よりこの部屋を我々の居城とすることになった。…いつか、娑雪を殺すために…」
「そう…ですか。明日桃でも持って挨拶に伺いますね。」
不思議な隣人と挨拶を交わした亜亥は、そのまま阨無の待つ部屋に入っていった。
「ただい…ま戻りました。ご主人様。」
ソファに寝転がったまま眠りこけてしまっている阨無をそっと抱き上げ、寝室の布団の上に寝かせる。
その後、散らかり切っている居間に向かって指を軽く振ると、その部屋にあるゴミや色々な道具が、あるべき場所へと独りでに帰って行く。。
(娑雪様を殺すため…ですか。貴女は、本当にいろんな愛され方をしているのですね。娑雪様。)
~
「よし、開けるぞ。」
ギルドに無事帰還したクレン一行は、冒険者として最も幸福な瞬間を迎えようとしていた。
宝物の開封だ。
“キイィィィ…”
「ふおおお!」
箱の中には、キチキチに詰め込まれた大量の金貨と、いくつかの彫像、金貨の海から飛び出した何かの柄などがあった。
その光景を目にしたシアが、手をワキワキと動かしながら、その宝箱の中に飛び込んでいった。
「……これは?」
金貨の海から、ティアラや首飾りなどの装飾品をいくつも身に付けたシアの頭がひょっこりと飛び出す。
「戦利品!ダンジョンが構築される上での魔力の源泉と同時に、冒険者が目指す至宝!目標!ロマン!」
と、シアは付近にあった何かの柄を、四苦八苦しながら引き抜く。
そこから現れたのは、大きな冠を被った男の横顔が中心に彫刻された、黒く光る大斧だった。
「これ…先王の黒斧!?凄い…てか重い!」
その大斧をダルクスが受け取る。
先程の彼女の重そうな様子とは一転して、ダルクスは木の枝でも振るう感覚で武器の調子を試している。
「…宝物…」
宝箱の付近に落ちていた金貨を一枚拾い上げた富季は、不思議そうにそう呟いた。
「貨幣の一割はギルドに納めて、残りをみんなで山分けして、アイテムはエルピ、武器はその武器を一番良く扱える人にあげるの!」
「…すみません…この金貨、少し貰っても良いですか?」
富季の頭には、宿の支払いの事でいっぱいだった。
「よし!早速、どれだけあるか調べなきゃ!エルピ!」
「は…はい!【アイテムアナライズ】!」
〜
「…ここが、オードリス平原…」
仙山の建つ、城塞の建っていたその場所に、1人の旅人が何処からともなく現れた。
勇者レン。
彼は、とある目的の為に、とても遠いところから現れた。誰も知らない、遠い遠いところから…
「魔王デスバーク…今こそ、この呪われた因縁に、今日、決着をつけてやる!」
彼は、デスバークの居城に向けて歩を進めた。
旅の終点が目の前にあると言うのに、現れるのはスライムやウルフといった低級モンスターばかり。
辺りは異様な雰囲気に包まれていた。
「……これは……」
彼が目にしたのは、めちゃくちゃに破壊された魔王の城の姿。
魔物などはおらず、不気味な空虚感だけが吹き抜けていた。
「…行くぞ。」
レンはその廃墟と化した城を進みながら、最初の村で聞いた言い伝えを思い出していた。
邪悪な魔術によって閉ざされた扉は、聖なる龍鱗に寄ってだけ開かれる。
しかし魔王の間までの扉には更に強力な封印が施されており、そこを通過するには門番である4体の大悪魔を討伐しなくてはならない。
だが彼が見たところ、その二つの扉は両方、何か強大な力によって破壊されたかの様に見える。
「アンジー…レックス…待ってろ。必ず俺は、生きて帰ってやる。」
一つ前の村に残していった仲間たちの事を思い出しながら、彼はそのなぎ倒された大扉を乗り越えていく。
レッドカーペットの先に待っていたのは、玉座に座る一人の少女の姿。
灰色の髪を短く切り揃え、何かを待つ様にぼうっと何処かを見つめていた。
〜
(奴瞰の奴…一体いつまで掛かってるんだ…?そろそろこの格好…寒いし恥ずかしいんだけど…)
皮のような素材で出来た小さな胸当てに、局部をギリギリ隠す装備。その両方が、革に似た独特の素材で出来ている。
頭には大きな角、背には巨大な蝙蝠の羽のようなものが付いており、脚には黒いストッキングにハイヒールも身につけている。
凪らしからぬ、大分大胆な姿だ。
(…そもそも、魔王ってもっとおっかない衣装じゃないの?これじゃまるで…)
この居城を偶然見つけた奴瞰が、何処で覚えたのか、“ここが取り壊される前に勇者と魔王ごっこがしたい!”と言い出し、凪は渋々付き合うこととなった。
「あ、やっと来た…って、随分クオリティ高いじゃん。気配が違うって事は、式が…」
「…とうとう見つけたぞ!魔王デスバーク!…千年続く呪われた因縁…今、ここで終わらせてやる!」
水晶のような物で出来た剣を、魔王(と奴瞰が言い張っている)の衣装を身につけた凪に向ける。
勇者の装備は、盾から鎧からその全てが精巧に作り込まれており、心なしか神秘的な力を感じる程。
「よ…良く来たな!我がですばーく…?の城に踏み入った愚かな人間よ!この力で、塵も残さず消し去ってやるぞー!」
(デスバーク?誰?確かメモだと魔王ナーギだった筈…まあいっか。)
勇者は、その魔王を演じる少女に向けて、光り輝く剣を振るう。
「うおおおおおおおお!!!」
「え?」
凪は咄嗟に瞬間移動を駆使し、玉座より少し離れた場所に移動する。
(戦闘はまだ先じゃ…て言うか、あの威圧感何?奴瞰の奴、いつのまにあんな式神練れるようになったんだ?…少し試してあげるか。)
「…【基術・気弾】…っと。ダークネスインパクト!」
小声で術を唱えた後に、大きな声で“技”を叫ぶ。
固体化した気自体は半透明だが、凪の身につけるペンダントと、目立たないように周囲に設置した照明で禍々しい色に染めていた。
「ふん!」
勇者は気弾を斬りはらい、直ぐに体制を立て直す。
「喰らえ!【英雄剣】!」
その後勇者は剣を掲げると、その刀身に光が集まり、剣は眩いばかりの輝きを帯びた。
(あれ何だろう…マスターに頼み込んで細工でもして貰ったのかな。ただの遊びなのに…後で確かめないと…)
「だああああああ!」
「…【気術・身々防】…ふん!」
凪を守るように、紫色の丸い防壁が展開される。
光り輝く剣と防壁は、バチバチと音を立てながら擦れ合う。
「…ちい!」
剣は弾かれ、勇者は若干後退する。
「…【式術・鳥横丁】…目覚めよ我が眷属たちよー!」
凪の周囲から、無数の小鳥が出現する。
核を必要としない代わりに維持できる時間もサイズも有限の、突貫式神の小鳥達だ。
「っく…」
小鳥は直ぐに勇者を取り囲み攻撃する。
が、
「【オーラバースト】!」
勇者の防具から放たれた光により、小鳥たちは吹き飛ばされてしまう。
「はあ…はあ…これで…終わりだ!…おおおおおおお…」
勇者の左手に、光の粒子が集結していく。
「…【基術・気波撃】…ダークネスレーザー!」
「【アルティメットヒーローブレイカー・改】!はあああああああ!」
凪の右の人差し指、親指、中指から放たれた光線状の気と、勇者が左手より放った目が焼けるほど輝く光線が、部屋の中心でぶつかり合う。
(鍔迫り合いっぽくなったら最初少し力入れて、そこから空気読んで弱めてって…意外と難しそう…)
「ふん。人間の力など、所詮こんな物か。はあ!」
凪が軽く右手を突き出すと、鍔迫り合いの中心地点が大きく勇者側にずれる。
「…俺は…こんな所で負ける訳には行かないんだ!残していった仲間たちが…故郷のみんなが…死んでいった奴だが…みんな、俺の帰りを待ってるんだ!おおおおおおおお!!!」
勇者の放つ光線の光が増したのを見計らい、凪は波動の調整を始める。
少しずつ弱め、次第に中心を自分の方にずらしていくのだ。
「えっと…ば、馬鹿な!一体どこにそんな力が!」
「これが…守るものがある…人間の強さだ!はああああ!!!」
凪の波動を押し返し、勇者の光が凪に到達した。
(あ、これ結構あったかい。こんな格好だから冷えたんじゃん。)
「ぎゃーーー!我が、人間なんかにー!」
光線が晴れ、凪はゆっくりと倒れていく。
それと同時に、城の外に暗幕を発生させてた紙の式神を停止させ、夜明け、又は雲が晴れたかのような演出を施した。
「…父さん…母さん…師匠…ノンナ…アンジー…レックス……みんな。俺、やったよ。世界、救ったよ…」
勇者は城の窓から見える青空を見上げ、そんな事を呟く。
その直後だろうか。
「っと!ごめんごめん!お弁当買ってたら遅くなっちゃって!…ん?」
部屋に入ってきた奴瞰の声と言動に違和感を覚えた凪が、徐に立ち上がる。
「え?奴瞰?これ、あなたの式神じゃ…」
「そんな訳ないでしょ!だって小鳥一匹作るだけでやっとで…へ?」
双神は、部屋の中心に立つ青年をしばし眺める。
「じゃあ…誰?」




