拾玖
「さあ…お前ら!今すぐその女を殺せ!」
魔物の群れに囲われてなお、娑雪の余裕が崩れることは無い。
「はあ…【体術・虎嚇気】」
玉座の間の空気が、魔王が健在だった頃とは比べ物にならない程に重苦しく変わる。
“ギ…イイ…”
「去れ。煩わしい。」
“ギイイイイィィィィィ!”
魔物たちは悲鳴のような声をあげて、一目散に部屋から逃げて行く。
「…貴様、名前は何だ。」
「娑雪じゃ。卯月御娑雪ヶ主じゃ。それで、主は何故ここに来た。」
「…世界を手に入れたいなど、貴様の前で語るにはあまりにも滑稽だろう。」
「ふ、名も顔も野望も滑稽か。…気に入ったぞ。」
娑雪は太腿の木箱から式神を一枚取り出す。
「…貴様の使う魔法は、実に奇怪なんだな。」
「これか?これは魔法などではない。…まあ、後でゆっくり話してやるぞ。」
「なんだと?」
「ふ…【式術・魂移転】」
~
「はあ…はあ…何なのよここ!」
「く…此処、本当に初級ダンジョンか?」
ダンジョンの三層目に到着したクレンのパーティ。
彼ら彼女らはそこで、このダンジョンのボス達と対峙していた。
「エルダースケルトンが…こんなに…!富季ちゃん!貴女は先に逃げて!」
「?家族を置いてくなんて...」
「良いから早く!」
富季以外の誰も気づいては居なかった。
ボス部屋に入った時点で、帰路となる扉が閉ざされたことを。
(先に行く…でもこのままじゃ…ん?」
ふと、閉ざされた扉に奇妙な円形の模様が描かれていることに気が付く。それは、部屋の最深部に鎮座している巨大な魔物、オーガネクロマンサーの額にある物と同じだった。
「ぐあああ!」
「ダルクス!クソ…」
攻撃に耐えきれなくなったダルクスの元にクレンが駆け寄ろうとするが、無数のスケルトン達によって阻まれてしまう。
「シア!聖魔法は!」
「だめ…ボスの力で守られて手出しできない!」
富季は、徐に拳を結ぶ。
「【基術・気装】」
彼女の四肢は半透明の装甲に包まれ、蛍火の様な光も同時に宿る。
「解放。」
壁を蹴り上げると同時に、右足の装甲に宿っていた二つの蛍火が閃光を放ち消滅する。
彼女は周囲を囲んでいたスケルトンを吹き飛ばしながら一直線にボスの元へたどり着き、閃光を放つ左足でボスの頭を思い切り蹴り飛ばした。
まるで鋭利な刃でえぐられたかのような綺麗な切れ口を残し、ボスの頭は完全に消し飛ぶ。
それと同時に周囲に残っていた他のスケルトンは、糸の切れた操り人形の様に一斉に崩れ落ちた。
「…あ。」
ドアに描かれていた魔法陣は消滅するが、その前に彼女が壁を蹴り上げた際の衝撃で破壊されていたようだ。
“トタ…”
若干湿った石床の上に富季が着地したと同時に、彼女の四肢に装着されていた気装は弾ける様に消えていった。
「え…?」
「ごめんなさい…先に行こうにも、そこに居た敵を倒さないと外に出られないらしかったので...」
「トキちゃん…?これ、貴女が倒したんだよね...?」
シアが、恐る恐る富季の元に近づく。
「その…」
「貴女、凄すぎるよ!」
次の瞬間、シアは富季を思い切り抱きしめた。
「トキちゃん、もしかして、冒険者になろうとする前は戦士さんだっのかな?とにかく、貴女が居て本当に...」
「シア、少し来てくれ。ダルクスの傷を治療したい。」
「あ、了解!」
クレンに呼ばれたシアは、足早に倒れるダルクスの元に駆け付ける。
富季の、興味本位でシアに付いていった。
「ありゃー、これはポーションじゃ無理そうだねー。」
シアが目の当たりにしたのは、スケルトンの持つ錆剣を受けたダルクスの痛々しい脇腹。
既に何かの菌に侵され始めているのか、傷口が痛々しく変色していた。
「よし、すー…【クレンズヒール】!」
シアがその傷口に向かって手をかざすと、緑色のぼんやりとした発行と共に、その傷は見る見るうちにふさがっていった。
「よし。完璧。」
「…面目ない。俺の不注意だ...」
「何言ってるのダルクス。傷を癒すのも、あたしの立派な仕事だよ!」
その一連の様子を、富季は不思議そうに眺めていた。
(…自身の再生能力を高めるというより、外部からの力によって傷を治しているのか。不思議な技だ…)
先ほどまで苦しそうにしていたはずのダルクスは、何事もなかったかのように立ち上がると、ボスの座っていた台座に向かう。
「…ふん!」
奇天烈な装飾のその台座を巨剣でたたき割ると、そこから宝石で彩られた一メートルほどの宝箱が現れる。
ダルクスは拳で施錠を壊すと、軽く中身を確認したのちその宝箱を背負う。
「これは俺が運ぼう。心配するな。中身は俺が保証する。」
「一人で大丈夫?わ…私も手伝おうか?」
「心配するなエルピ。確かに重いが、つまりそれだけ中身が期待できるってことだ。面倒な仕事を増やした詫びだ。気にするな。」
「つ…辛くなったらいつでも言ってよ?」
エルピは小瓶を取り出し、一段の前の床に垂らす。次にその魔法陣から少し離れたところに、赤くくすんだ小石のようなものを投げた。
すると、液体の落ちた地面に、青く輝く魔法陣が現れた。
始めにエルピ、次にダルクス、シアと富季、クレンの順に魔法陣の中に飛び込んでいく。
「えっと、【アルトリコール】!」
エルピがそう唱えた瞬間に、魔法陣が輝きを放つ。
閃光が晴れた時には、一行はダンジョンの入り口の前に戻ってきていた。
「えっと…【クローズドダンジョン】」
今度はダンジョンの入り口に向かってそう唱える。
と、ダンジョンの奥の方から微かに赤い閃光が見えたかと思えば、ゴロゴロと何かが崩れる音が聞こえ始めた。
次第にその音は近づいていき、階段、壁、最後はダンジョンの入り口の岩そのものが崩れ落ち、最後に残ったのは、草の生えていない地面だけだった。
「やっと終わったな。みんな、ケガは…」
クレンの言葉を遮る様に、先ほどまでダンジョンがあった場所の地面に、わずかな赤い閃光が出現する。
「あ…私の髪留め…」
エルピが恥ずかしそうに、慌てて出現したそれを拾い上げた。
「どこで落としたんだろう…良かった…戻ってきて…」
富季は不思議そうに、そのダンジョン跡地を眺めてみる。
「あ、これですか?これは…その…攻略が完了したダンジョンは、クローズストーンを使って解体するんです。その時に、ダンジョンの中にあった物は、こうやって外に出てきて…」
エルピの解説を、遠巻きに聞こえるクレンの声が遮る。
「置いてくぞー!」
「うえ…ま、待ってくださーい!」
富季はエルピに腕を惹かれながら、パーティとの合流を果たした。
「しかし驚いたなー。君、既に高クラスのグラップラーだったなんて...」
「ぐら…」
「…もし良ければだけど…いや、この話はあとにしよう。」
~
「なんだ…この体は...」
娑雪の前で、ただただ狼狽える魔王。
否、かつて魔王だった者。
「式神としての体じゃ。どうじゃ?少しは見栄えは良くなったじゃろ。」
娑雪はどこからともなく大鏡を取り出すと、魔王だった式神に差し出した。
「な!?」
紫色の長いポニーテールの髪に、若干赤黒くも澄んだ瞳。
かつてローブの装飾品だった宝石の一部が髪飾りにあしらわれており、その服装は黒を基調とした肩の出た振袖に変わっていた。
その容姿は、紛れもない少女のそれであった。
「何と醜い…これではまるで人間ではないか!」
「まあ慣れておくれ。主を殺すのは少し良心が痛んでしまうのじゃ…」
「…貴様からすれば、この姿が良いのかもしれんが、我からすれば生き地獄だ!…我が言うのもなんだが、邪悪だな。貴様は。」
「…ふっ…ふふふ…かもしれんな。心配するな。私の元で暮らせ。そう思うなら、いつでも私を殺しに来い。」
「…」
今更何をした所で無駄だと判断した魔王は、大人しく彼女に着いていくことに決めた。
「…その見た目でデスバークは流石に笑ってしまう。主の名は…そうじゃな…死爆…死爆…詩拍…うむ。」
「…何だ、何をボソボソ話している。」
「主の名は今日から詩拍じゃ。うむ、それが良い。
「はあ!?何を言っている!我が名は詩拍!いずれこの…何故だ、何故我は貴様のつけた名を…」
娑雪は何も答えずに、ただ微笑を浮かべただけであった。
無残に破壊された大扉と城門を抜けると、かつて門番だった者の頭が落ちていた。
「貴様は、さっきの女!恐れを成して逃げ…貴女は、まさか!」
「…ガークか、その様子を見れば、何があったか分かるぞ。」
「ああ…魔王様、何とおいたわしい姿…貴様…よくも魔王様を!」
娑雪はふと何かを思いついたかのように、式神をもう一枚取り出した。
~
「兎…」
この一週間、後藤はたったひとつの単語に支配されていた。
件の神社から見つかった無数の収蔵品。その4割近くが、兎にまつわる物品であった。
満月の下、三羽の白兎が描かれた歴史的にも芸術作品としても非常に価値の高い屏風。
兎の頭部を持つという、かなり異質な姿をした大小様々な仏像の数々。
更には日本に仏教が伝来するよりも遥か昔のものと思われる、数多のインド製仏具。
他にも、神道含めた様々な宗教に関連する、新古数多の品々もあり、歴史学者、宗教学者、更には大学すらもお手上げ状態であった。
「…卯月御娑雪ヶ主…俺はあんたの事が知りたいんだ…」
収蔵されていた経典に、度々登場するその神を祀っていた所までは特定できたが、それ以外は何一つ分かっていない。
どこが発祥の教えか、いつからあるのか、どれほどの規模なのか、そもそも宗派の名前すらも分からない。
「後藤先輩、後藤先輩!」
「ん?お前は研修生の…」
「はい!白井かほって言います!…それで…」
「ああ、収蔵品の開封作業は。」
「チ研が総出で掛かってるんですが、物量が物量で…なんとも…」
白井は、少しの間後藤の研究室を見回す。
広めの部屋だが、壁や床には例の神社の資料で埋め尽くされていた。
「…兎を祀ってるみたいですね。あ、この絵とか可愛いで…ん?」
「どうした?」
「ちょっと前から気になってたんですけど、兎っていろんな色ありません?」
「そりゃな…ん?」
どこを見回しても、挿絵として描かれている兎は赤い目に白一色の毛並み。
茶色や黒色の兎は、どこを見ても一匹たりとも見つからない。
「…白兎だ…」
後藤は、ふとその単語に心当たりがあった。
「おい白井!鳥取に白兎神社ってあったろ!今すぐ調べ上げろ!週末に出かけるぞ!」
「は…はい!」




