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拾捌

「おお…久しき地上よ…次期に我のものだ…!」


地上に召喚された巨城の中、有象無象の家臣に囲まれながら魔王はそう呟いた。


「魔王様。付近に記録に無い山があります・」


「何?」


「建築物なども確認されており、粗悪な秘匿魔法で隠されておりました。」


「…」


一瞬にして、魔王は玉座の間から城の屋根の上に移動する。


「身の程知らずのダンジョンが…我が領域を犯した罪…ここで償わせてやろう!…【常夜の雷】よ、我が敵を跡形もなく消し去るがよい!」


魔王の指先から放たれた電撃は、進行距離に比例するようにその光と大きさを増していき、山に到達するころにはその一帯を包み込めるほどになっていた。


“ピシャアアアア!!!”


無数に枝分かれした魔王の雷が、山とふもとの町を一挙に包み込む。


「…ふん。身の程を知れ、顔も知らぬダンジョンの主よ。」


しかし、雷撃による土埃が晴れたときに現れたのは、焼け野原ではなく、変わらぬ姿でそこにある山と都であった。

山の周囲は地面がえぐれるほどの衝撃だったのに対し、都を囲う壁から内側は、まるで見えない何かに包まれているかのようだ。


「…まあ良い。事が終わったら、今の千倍を叩きこんでやる。」


魔王は再び玉座の間に戻り、精鋭達に向けて出撃の命令を下した。



「たまげたのぉ…まさかあんな物が現れおるとは。」


娑雪は、ある程度の災害予知が可能であった。

がしかし、この世界に来てからはその精度が急激に落ち、“地震”と“隆起”、それに“落”と言うキーワードを感知するのでやっとだった。

彼女は地殻変動を予想したが、実際は新たなダンジョンの出現だ。


(あの雷は明らかに攻撃じゃの…ふむ、どうしたものか…)


災害として彼女が予知したと言う事は、少なからず穏便な解決は困難だ。

嵐は払い、水害は打ち、火事は消す。ならば雷を放つ城はどうだろろうか。


「…」


細筆をとり、近くを浮遊していた式神を捕まえて文字を綴る。

“夜までには戻る”と。



「...」


一時間前まで更地だった場所に建つ、厳めしい古城。

彼女はその正門に立っていた。


「…なんだ女。ここは魔王デスバーク様の城、死にたくなければ今すぐ引き返すのだ!」


城門の前に立っていたのは、三又の矛を持つ、五メートル程の巨大生物。

長いくちばしに、蝙蝠の様な羽に悪魔を連想させる尻尾。そのおぞましい姿は、常人ならば黙示することさえ苦痛だろう。


「…ですばーぐ…その滑稽な名前の奴が、この城の主なのか?」


「滑稽だと…?デスバーグ様に対する何たる侮辱!この門番兵ガークが成敗してくれる!」


ガークと名乗るその生物は、その巨大な矛を娑雪めがけて振り下ろす。

が、彼女はその振り下ろされた矛を右手だけで受け止めてしまう。


「【基術・導振撃】」


左手の指でその矛を軽く叩くと、筋のようなものがそこから伝い、瞬く間にガークにたどり着く。


「ぐあああああああ!」


ガークは右肩を中心に爆散し、矛もあっけなくバラバラと崩れる。


「…なんじゃ、ただの鋼鉄ではないのか。」


残った矛のかけらを投げ捨て、城の中に入るためにその城門を押す。

しかし、城門には何かの魔法陣が描かれており、びくともしない。


「ははは…馬鹿め…そこを開くには聖なる…」


「…ふ。」


“ドゴン!”


娑雪の拳により、その扉は大きく凹む。


「無駄だと言っている!聖なる龍鱗が無ければ、そこは!」


「…っと。」


“ドゴオオン!!”


二撃目。

扉は更に凹み、歪みから僅かに中の様子が見えるほどだ。


「辞めろ!女!」


「【体術・気乗肢】。っは。」


“バゴオオオオオオオン!!!”


僅かに薄白色の気を帯びた、娑雪の三撃目の拳。

先ほどまであれほどの威圧感を放っていた二枚扉は、とてつもない速度で玄関に当たる部屋の反対側の壁まで吹き飛ばされた。


「そんな…あり得ない…魔王様の結界が…拳だけで...!」


「…ふむ、この扉じゃが、魂鋼ならあともう四発は耐えたと思うぞ。」


ガークの頭部をその場に残し、娑雪は城の中に入っていく。

日の灯っていないシャンデリアがぶら下がり、左右に二つの扉が、前方には別々の扉に繋がる二つの階段。その階段の間に、巨大な扉が聳え立っていた。


「ふむ…」


立ち並ぶ扉を順番に指さしながら、呪文のように言葉を呟く。


「いろはにほへと、ちりぬるを、えんまたいへい、みとくのて。」


彼女が指さした先には、中央の巨大扉があった。

その巨大扉には四つの魔法陣が輝いており、それぞれ他の扉に書かれているものと対応しているらしかった。


「【体術・気乗具】」


今度は背負っている杖が気を帯びる。

彼女は杖を構えると。その石突で扉を殴る。


“ドン!ドン!ドン!…ドゴオオオオオオン!”


大扉も無残に破壊され、娑雪は更に進行する。


「よく来たな、勇者よ。四大悪魔を倒すとは見事だ。しかし…」


「主が、雷の主か?」


「雷?」


不思議に思った魔王が振り返ると、そこに立っているのが人間ではなく、兎の耳を生やした何か別のものであると言う事が分かった。

それと同時に、魔法陣が完全に残ったまま破壊された大扉も。


「な!?貴様!さてはあのダンジョンの…」


と、魔王の傍らに居た悪魔が、娑雪の前に立つ。


「どうやって扉を突破したかは知らないが、そうとなれば話は早い!出でよ!四大悪魔よ!」


その悪魔を中心に四つの魔法陣が展開され、そこから次々と影が現れる。


「我こそは獄炎の悪魔アークドミール!永遠に消えぬ地獄の業火を今、此処にもたらさん!」


「…我が名は絶水の悪魔スレイル。原初の海、今、世界を飲み込まん。」


「うふふふ…あたしの名前は雷の悪魔ジスティア。全てを…まあ良いわ。どうせ殺しちゃうんですもの。名乗る必要なんて無いわね。」


「俺ぁ大地の悪魔ドーンマイアー。…ていうか、これどーすんのよ。俺たち全員でこいつ殺すのかよ。おいお前、誰に殺された…」


ひときわ巨大な悪魔が見下ろした時には、娑雪は浮かぶ杖に腰掛けながら、うつむき眠りこけてしまっていた。


「おい!」


「くか…なんじゃ?飯か?」


「…もう良い。【グラウンドインパクト】!」


大地の悪魔の巨槌が振り下ろされるが、彼女はそれを親指と人差し指だけで受け止める。


「な…!?」


「我の業火を食らえ!【ボルケイノナックル】!」


炎の拳が、巨槌の圧力を受け止めている娑雪を追撃する。

がしかし、これも彼女のもう片方の手で受け止めらた。


「…ふむ…分かった。」


彼女はその場から瞬間移動し、集団から少し離れた場所に現れる。


「主ら、私を殺すのにどれだけかかるかの?そこに座ってるの、主も参加していいのじゃそ?」


玉座に座った魔王が、巨大な憤りを伴って立ち上がる。


「貴様…我々を舐めているのか?」


「先に仕掛けてきたのは主じゃろう?ほれ、言ってみろ。」


「貴様など刹那のうちに木端微塵…」


「一時間やるぞ。一時間の間、私は此処から動かぬ。それで良いか?」


「…後悔しても知らんぞ。」


四大悪魔、神官、魔王。

その全員が各々の武器を構え、一斉に彼女への攻撃を始めた。



「…みぃ…ふう…ひぃ…零。」


カウントを終えた娑雪は、その一段の中心から玉座の前に移動する。


「ふむ…短かったかの?」


「ほざけぇ!」


彼女は、その怒号の主が誰か特定することが出来なかった。する必要が無かった。


「【剣術・刹那】」


鳥のさえずりの様な、虫のさざめきの様な。

そんな僅かな高音が一二秒したかと思えば、彼女以外のその場に居る全員が、一刀両断されていた。


“ドサリ…”


一時間も隙を作ったのは、彼女なりの好奇心だ。

どんな技を使い、どんな構えでどんな攻撃を使うのか。


「…つまらぬ…」


火なら火の技、水は水の技。本当に味気が無かった。

魔王の技は、見た目こそ派手だがどれも威力が無く、悪魔たちの方がまだ力が強かった。


「まだだ…」


「ふむ。まだか。」


両断された魔王が繋ぎ止められ、元の形を取り戻す。


「お前の様な者は初めてだ...隙を与えて我々の攻撃を全て体験し、その上で打倒するとは…」


「ふむ。」


娑雪は刀をしまうと同時に、再生した魔王はその場に居る全ての悪魔の骸を吸収する。


「こいつらは所詮、我の力を分けた器にすぎぬ!我の真の姿、その目に焼き付けるがよい!」


今まで闇の靄の様なものに包まれていた魔王の姿が、次第に露になる。

灰色の肌に、数多の装飾品によって飾り付けられた赤いローブ。その顔には六つの赤い目が並び、剣山の様な歯が所狭しと並んでいた。


「これは…」


「どうだ...恐れ入ったか!これが我の…」


「まさか、名前だけでなく見た目も滑稽だとはな。」


「…死ねえええええええ!!!」


魔王の両腕から、二本の波動が放たれる。

片方は赤く、もう片方が水色だ。


「【仙術・霧払】」


右手で前方を払うような仕草をすると、魔王の初撃は見事に完全に掻き消える。


「まだまだああああ!!!【シックスエレメンツゴーン】!!!」


今度は魔王の背後に巨大な魔法陣が出現し、そこから虹色のレーザーが放たれた。


「…」


被っていた傘を放り投げると、傘は彼女の盾となり、その巨大な光線を防ぐ。

レーザーが止んだと同時に、傘はいま彼女が居るほうへと飛来する。

魔王の背後に。


「!?」


「【体術・豪底】」


魔王の胴に、気のこもった掌底を食らわせた。

重低音を最後に、一瞬その部屋から音が消える。

次に鳴り響いた音は空気の爆発音。魔王の体が木っ端微塵に吹き飛ばされる音だった。


「あ…」


「ふむ、やはり主らは頭だけになっても生きておるのだな。」


「何故だ…貴様は何故、それほどの力を…この、千年の時を生きた我々を蹂躙するほどの…」


「む?主、私よりも大分年下なのじゃな。」


「...何?」


「それより、主は何故私達の家に危害を加えたのじゃ?邪魔ならば移動したぞ?」


「...弱者が何を語ろうとも、貴様には無為。とっとと殺せ...」


「…敵意の無い者を虐げるほど、私は歪んではおらぬ。」


「…ふ、馬鹿め、油断したな!」


次の瞬間。城の窓が一斉に割れ、有象無象の魔物たちが大挙して押し寄せてきた。

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