拾陸
「で、君は冒険者になりたくて、遠路はるばるこのラクリマジカまで来たのかい?」
「…はい。家無しの獣人が食べていける…数少ない職業と聞いておりますので…」
今夜泊まる宿屋の主人に、そう話す富季。
彼女は船を降りてから、暫くの間ギルドを探していた。
しかし、この国の地理に疎い彼女がギルドを発見した頃には既に日は暮れ、その門は閉ざされてしまっていた。
仕方なく、付近にあった宿屋にて一泊する事にした。
(申し訳ございません!娑雪様…貴女という帰る場所がありながら、家無しなどと偽ってしまい…本当に…)
後ろめたさで、少し目を伏せる富季。
それを見た宿主は、呆れ気味に彼女を慰めた。
「所属が違うだけで苦労するなんざ、しょうもない世の中だなぁ全く。心配すんな。この国で種族差別なんてしようものなら、即刻留置所送りだ。堂々としていて良いぜ。」
大柄な体を持つ中年男性に、先程までの富季が抱いていた警戒心。
それを、彼の優しい人柄を垣間見たため彼女は解いたのだった。
「…ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、何だか希望が持てます。その…しばらく此処に滞在しても宜しいでしょうか?」
「おう。好きなだけ居ればいいさ。宿代は…そうだな、出世払いって事で。な?」
「はい。いつか…いえ、近いうちに。」
宿主に案内された部屋に着き、彼女は一先ず腰を下ろした。
(電気も無いのに、夜景が綺麗ね。)
二階の部屋の窓から、ラクリマジカの街並みをぼんやりと眺める。
石英や木造の建築物が、様々な色の灯火の様な光源で彩られた、幻想的な風景だ。
建造物の高さが、その文明の発達度を示す物差しとなる。娑雪のその言葉と、眼前に広がる夜景を当てはめると、技術は違えどかつての世界と同程度の発展度合いである事が分かった。
(…そろそろ眠るとしましょう。)
彼女が壁に付いている金属製のつまみを捻ると、部屋全体を照らす程の光を放っていた天井に埋め込まれている結晶から、一瞬にして光が消え去る。
その後暗闇の中着替えを済ませて、簡素なベッドに身を沈めた彼女は、深い眠りへと落ちていった。
◇
「…んく…」
次に彼女が目を覚ました頃には、日はすっかり登っていた。
式神においての睡眠の意味は、いわば活動準備である。
有我式神以上の存在が眠る事によってその身体は瞑想状態に入り、際限なく気を練り続ける。
他にも記憶の整理や、微細な身体の損傷の修復。富季の場合、まだまだ不安定な身体の調整も行なっている。
「………そうだ。ギルド。」
手早く装備を整えて、景気良く宿を飛び出した。
〜
「…ダンジョンが消えたか…」
「はい。どうやら何らかの秘匿魔法にて隠された模様です。」
「…ダンジョン自身か、はたまたあそこを狙う他の国か…」
バドリア王国謁見の間にて、冒険者の一人が件のダンジョンの状況を国王に報告をする。
すでに攻略も失敗しており、ダンジョンの膨張と言う最悪の事象も観測したため、ラクリマジカへの報告も視野に入れての動向であった。
「…ダリアのパーティとグロリアスの派兵。そのいずれも返り討ちにする程の強大なダンジョンか…他に何か情報は無いのか?」
「…ありません…秘匿魔法で隠蔽されているため、観測も困難になるかと。」
「…さて、どうしたものか…」
玉座の間のしばしの静寂を、大理石の大扉の解錠音が打ち破った。
そこから現れたのは、白いローブで全身を覆い隠した一人の魔導士。
「国王陛下、件の新設ダンジョンについて進展が。」
「噂をすればなんとやら、だな。何か動きがあったか。」
「...二点ございます。まずは一点目、ダンジョンを隠す秘匿魔法が、グロリアスの魔導士によるものと一致しました。ダンジョンを隠したのは奴らの仕業で間違いないでしょう。」
「やはりか。他の勢力にダンジョンが露見すれば、確実に事態は複雑化する。…この点に関すれば、奴らの選択を評価すべきか。そして、もう一つはなんだ。」
「はい。…新設ダンジョン付近の森に、魔力だまりが観測されました。…更に別のダンジョンが、生まれようとしています。」
「何だと…!?」
同じ場所に複数のダンジョンが存在する場合、そのダンジョン同士の境界が次第に融合を始め、一帯そのものを危険地帯へと変化させる。
禁足域の生成の阻止もまた、ダンジョン攻略の意義の一つである。
「…もう我々の手には負えません。直ちに、ラクリマジカへの伝令を…」
「…待て。この事実をグロリアスが把握していないとも限らぬ。…後手になるが、奴らの動きを見て判断したほうが良さそうだ。」
「かしこまりました。ダンジョン、グロリアス双方の監視を、強化致しましょう。」
国の統治に関する様々な議題の中、新設ギルドに関する事柄が、少しづつその存在感を強めていった。
~
自室にて盆栽の剪定をする娑雪に、少し不思議そうな様子の輕陀が声をかける。
「ご主人様、わたくしたちの領を囲うように紙の式神が並べられていましたが、あれは?」
「少し嫌な予感がしての、結界を張っておる所じゃ。」
「嫌な予感...ですか。」
輕陀は、主人より発せられたその不吉な言葉に少し動揺する。
しかし当の本人の余裕そうな様子を見て、すぐに安心感と、少しでも自らの主人の力を疑った自分への自責の念で満たされた。
「娑雪様、その結界とはどう言った物なのですか?」
「なんてこともない。ただの防御結界じゃ。まあ保険と言う奴じゃ。」
「成程。この世界では、まだどんな危険があるか分かりませんからね。」
娑雪は輕陀に、静かな微笑を浮かべた。
「…そうじゃ輕陀よ、この前より新たな術の修練を初めての、その過程で地が揺れるかもしれぬが気にしないでおくれ。」
「かしこまりました、皆にもそう伝えておきます。」
この世界は、確かに未知の事柄がまだ多々あるが、彼女には建国への多少の自信があった。智滇廻によって齎された自信が。
▽
「何じゃ?その仮説とやらは。」
「個人的な興味で地層を調査したところ~...貴女様がたどり着いたという異世界の文明は~どうやら貴女様より少し若いようです~。」
「…む?」
「もしも気術と魔法の発展速度が同程度の場合~現時点で貴女様を脅かすほどの魔法は存在しません故~。」
「...私よりも、この世界の人類の方が...?」
「正確には~魔法という技術の歴史が~貴女よりも千年ほど若いと言う事ですよ~。」
「…成程…そういう事か…」
「ただ、まだ確定というわけではありませ~ん。異世界にも貴女様の様な神様がいるかもしれませんし、元の世界に居た猛獣とは比べ物にならない程危険な動物などもおります~。くれぐれも、ご無理はなさらぬように~。」
「感謝するぞ。智滇廻よ。…お陰で、大分現実的に事を考えることが出来そうじゃ。よしよし。」
「えへへ~もっと褒めて下さ~い。」
△
手入れの済んだ盆栽が、二枚の式神によって床の間に運ばれていく。
「む、そうじゃ輕陀よ。近々大掃除でもしてみようかと思うのじゃが、どうかの?」
「それはいい考えですね。前の大掃除からそろそろ10年経ちます。雑務用式神を沢山用意しておきますね。」
「主が居れば心強い。感謝するぞ。」
「いえ、それがわたくしの役目でございますから。」
~
「魔王様、そろそろ準備が整います。」
紫や赤の功績によって形作られた、暗くおどろおどろしい空間。
青色の炎の灯る燭台が、入口から玉座までの道を照らしている。
「…三百年だ…この年月が、何を意味するか分かるか?邪神官バアルよ。」
闇に閉ざされた巨大な影の声に答えるかのように、玉座の傍らに立つ魔物が答えた。
黒く染まった聖職者の法衣を纏う、人型の龍の魔物だ。
「この平野に、力の弱いダンジョンを少しづつ放ち、我々の居城を召喚する地に、“安全地帯”という印象を人間に植え付けるのに要した、長い長い年月でございます。」
「そうだ。そして今日、赤い満月が天空より大地を照らす時。我々は地上に登り、その地を愚かな人間どもから奪い取り、勢力を増し、いずれこの世界を手に入れる足掛かりとするのだ!」
『オオオオオォォォォ!!!』
玉座を見上げる有象無象の大隊が、どよめきに似た雄叫びを上げる。
「邪神官バアルよ!魔法陣を!…起動しろ。」
「かしこまりました。魔王デスバーク様。」
~
…
「後藤、まだ居たのか。」
「…杉本か。どうした、もう夜中の二時だぞ。」
「お前最近変だぞ?残業でもないのにセンターに入り浸ってるなんて、今まで無かったろ。お前には家族があるんだ。面倒ごとは、俺や新規生共に任せりゃいいんだよ。」
「…分からないんだ。」
「あ?何が…」
「あの神社が一体何なのかだよ。神道と仏教がまるでごちゃ混ぜで、しかも収蔵品の中のこれ、見たか?」
「その銅鏡がどうかしたのか?」
「ああ、銅鏡だ。それも飛鳥時代製のな。こっちの仏像にいたってはさらに古い。インドから持ち込まれたものだ。」
「…まあ確かにあそこはちょっと変だが、もうダムの底なんだろ?大昔の事なんざ、大昔の奴にしか分からねえんだよ。ある程度割り切りも必要だと思うぜ?」
「アジアの宗教学に革命を起こすほどの発見が、目の前にあるんだぞ!それを諦めろっていうのか!」
「後藤…」
「…済まない、少し熱くなった。明日は休暇を取るよ。それで良いか?」
「ああ。…おい、資料見せてくれよ。」
「?」
「世紀の大発見を独り占めなんてズルいぜ?俺…いや、チーム全員で見てやろうぜ?その、大革命って奴をな!」
「杉本…ああ、約束だ。」




