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拾弐

「【グングニル】!」


長槍の騎士による漆黒の一閃が、雑務用の式神に向けて放たれる。

底上げされた機動力で距離をとって躱すが、そのタイミングを狙いすましたかの様に後方の弓兵達が攻撃を仕掛けた。


「エエエ!」


弓撃も回避し、阨無に被害が及びそうな矢は空中で叩き折る。

しかし矢の対処に追われ過ぎれば、近接兵がすぐに間合いを詰めてくる。


「行くぞ相棒…【コンビネイトソード】!」


両脇の剣士が、その式神に向けて同時に斬りかかる。

軽い金属音が響くが、その刃は式神の人差し指と中指によって受け止められてしまっていた。


「今だ!【グングニル】!」


槍兵の槍撃が再び繰り出される。


「イイイ…イイイイ…」


「ほう。」


その槍は式神が顔に付けている札の半分を破ったが、槍に噛み付いて食い止めていた。

後方から様子を眺めていた阨無は、徐に大麻(おおぬさ)を構える。


「【巫術・祈祷加護『剛』】【僧術・五元伝導】…お願いしますわよ…」


式神の身体が薄く輝くと、彼女を取り押さえていた騎士が吹き飛ばされる。

彼女の背には、五芒星を模した陣が浮遊していた。五芒星のそれぞれの角に、火、水、草、風、土と記されている。


「これで少しは…ん?」


(あの子、最初はもう少し胸が小さかった様な…気のせいかしら?)


「エエエエエイ!」


式神がその拳で地面を思い切り叩くと、騎士達に向かって筋状に地面が隆起する。

その華奢な見た目からは想像も付かない、大胆な技であった。


「っぐ…何だ…!?」


「大丈夫かお前ら!【トゥルーヒール】!」


黒鎧の集団の最後方に回復役の存在を認めると、前衛を押し切り一気にそちらに向かう。

盾持ちが止めに入ろうとするも、その怪力で吹き飛ばされてしまった。


「たああ!」


と、式神の不意を打つかの様に、彼女の頭に飛び蹴りが入る。

ヒーラーを護衛する、格闘家によるものだった。


「エン!?」


怪力と術を手に入れても、体重は変わっていなかったが為に、思い切り横転しする。

格闘家は、そこにさらに蹴りを二発入れた後、さらに重装兵の大槌が式神を叩き潰す。

その様子を阨無は広場の端で、指を咥えながら見ているだけであった。


(くう…頑張ってくださいまし…お願いですから…このままでは、わたくしが娑雪様に大目玉を喰らってしまいます!)


彼女もまた、輕陀と同じ術師系の有我式神。直接的な戦闘方法は何一つとして持っては居なかった。


「なんだ、意外と弱えじゃね」


重装兵の台詞が、不自然な所でプツリと途切れる。

次の瞬間、地面にめり込んでいた大槌が砕け、眉間にポッカリと穴を開けた重装兵がバタリと倒れた。


「ハア…ハア…ハア…」


彼女の背負う、水の文字が輝いている。が、彼女自身は、それどころの変化では無かった。


「あの…その…これ以上、御主人様を狙うのは許しませんよ!」


真っ白だった肌はほんのりと日本人らしい色に染まり、顔にあった札は取れ、気弱そうな少女の顔が露わになっていた。

棒の様な手足や身体、胸には僅かに肉が付き、少女の様な体型に変化していた。


阨無はそれを見て動転する。


(まさか…術と共にわたくしの気も吸って…自我が…?これは…)


雑務用から、晴れて有我となった幸運な式神は、その集団に向けて両手でじゃんけんのチョキを向ける。

と、式神に飛び込んで来た軽装備兵が、式神の指から放たれた業火によって消し炭にされた。


「っち、あの馬鹿…機動隊!奴を狙うぞ!」


残った二人の軽装兵と格闘家が、一斉に阨無の方に走り出す。

式神も阨無を守ろうと向かおうとするが、長槍の騎士に阻まれる。


「成る程。貴様の主人は戦わないんじゃなくて、戦えないんだろ?そうだろ!」


「くう…」


騎士から距離を置き、人差し指をその騎士の方に向ける。


「火炎など、このディアルカライト鉄の鎧には効かぬわ!」


しかし式神は指先を僅かにずらし、阨無を狙う兵士達に向けて、指先から水鉄砲を放つ。

その小さな水塊は弾丸の如く兵士達の後頭部を撃ち抜き、超遠距離から主人を襲撃から守る。


「な…貴様、さっきはそれで重装兵を…!」


「えええい!」


騎士の一瞬の隙を突き、式神はその手刀で斬りかかる。

間一髪で騎士は槍で受け止めたが、そこではキチキチと、金属の擦れる様な音が響いていた。彼女の手刀は、風の力により鋭利な刃と化していたのだ。


「近接戦も“お手の”物か。部隊に一人、いや二人は欲しい所だよ。」


「?」


彼女の手を双剣に見立て、鍔迫り合いは不利と判断した騎士は、バックステップで間合いから外れる。


(残ったのは、俺と回復役、魔法兵が二人に、盾持ちと斧手が一人づ…)


「た…隊ちょ…助け…」


「!?」


自分の周囲には、蔦によって締め上げられている6人の兵士。


「あの…その…ええと…こ、降参するなら、見逃してあげても良いですよ?この人達の命も…」


「………」


騎士は、未だ蔦に捕らえらている自身の仲間の方に目をやる。


「た…隊長…辞めましょう…こんな事…もう辞めましょう!」


「…分かった…良く分かった…」


「隊ちょ…」


「お前らの様な雑魚を、攻略部隊に選抜した俺が馬鹿だったって事がな!【グングニル】!」


騎士の一閃により、周囲に蔦のかけらが飛び散る。兵士の姿は、もう戦場の何処にも無かった。


「俺一人で、貴様を倒して手柄を立ててやる!あんな足手纏いなんかもう要らない!」


「な…貴方の仲間でしょう!」


「仲間?笑わせるな!俺の引き立て役に過ぎないカスどもが?【メガ・グングニル】!」


騎士の一閃が、式神に向けて放たれる。

しかし、式神の身体には傷一つ付いていなかった。


「俺も、今ようやく気付いたよ。」


式神を守る様に盾を構える、一人の兵士の手によって。


「!?」


地面から、次々と兵士達が現れる。それは紛れもなく、先程蔦に捕らえられていた者たちだった。


「あんたなんかを信じた、俺達が馬鹿だったってな!」


「貴様ら!何故…」


何かの祈祷加護を纏っているのか、その兵士達は僅かに赤い光をたたえている。


「あんたの槍が当たる瞬間、蔦が俺達を地面に埋めたんだ。…全部聞いたぜ?」


「ま…待て!あれはお前達を守る為に…もう良い!死ね!はああああ!」


その、騎士達の中で起こった戦闘。もとい、一方的なリンチの様子を、式神と阨無は戦場の端で眺めていた。


「御主人様、あれは何のご加護ですか?」


「あれは【巫術・祈祷加護『剛』】。攻撃力と耐久力を上げる物…ん?今、私の事を何て…」


「ご主人様ですよ。雑用係の式神と言う器に、私を生み出してくださった御主人様です。あ、お名前がまだ決まっていませんでしたね。」


「な…名前!?」


バクバクと音を立てる心臓を抑えながら、自分の傍に座る式神を見つめる。

彼女は1500年の生涯の中で、初めて有我式神を生み出してたのだ。


雑務用のものでさえ、娑雪の無垢式神は器として完璧であり、そこに気を注げば、いわば必然的に有我式神が生まれる。


「ふふ…ふふふふふ!」


「御主人…様?」


「見ましたか?娑雪様!これがわたくしの、真の実力ですわよ!」


「ええっと…」


「貴女の名前は、そうですわね…わたくしの、記念すべき有我第一号として、亞亥(あい)なんてどうですの?」


「成る程。五十音の上から二つ…うう…ぐす…」


「な…気に入りませんでしたの!?なら…」


「ありあとう…ごじゃいま…あまりにも…良い名前で…ふええええええん!」


と、二人の前に先程の黒鎧の集団が現れる。

全員返り血を浴びており、どこかおどろおどろしかった。


「邪魔者は消えた。さあ、ダンジョンの主人よ、決着を付け…」


「それは良かったですわ。それでは、陽も落ちて来ましたし、もうお帰りになった方がよろしいですわ。」


「…?」


「敵意の無い人間の相手をする程、わたくしも暇じゃありませんので。そこに転移のための鳥居がありますわ。では、わたくし達はお先に。」


二人は、黒鎧の動向を気にも留めることなく、小さな陣によって転移する。

残された集団は、まるで何かに化かされたかのように、しばらくの間ぼうっと佇むだけであった。



「ぼぼぼボス!もうそろそろ決着が…起きてくださいボス!」


「クカ…何じゃ?火事か?」


「違いますよ。武者が最後の二体になった…た…んすよ。」


寝ぼけ眼をこすって、娑雪は戦場の様子を見る。

そこでは残った二体の部者が、互いの様子を伺いあうようにゆっくりと間合いを詰めている。

彼女はしばし眺めていたが、やがてその景色に飽き飽きしてくる。


「…“やれ!”」


右手を前に突き出し、娑雪は戦場に向けてそう叫ぶ。

その瞬間、今までの静寂が夢か何かの様に打ち破られ、二体の武者が互いの間合いに踏み込み鍔迫り合いを始めた。

会場の声援が、かつて無いほどに高まっている。最早彼ら、彼女らは、自分がどの式神に賭けたかなど、もうどうでも良かったのだ。


“キン!キン!カキン!”


その式神の持つ刀は、決して金属などでは無い。

しかし、両者の刀が打ち合った時に出るその音は、さながら名匠によって鍛え上げられた真剣のそれであった。


「ふむ…そろそろかのぅ。」


娑雪は近くに置いてあった傘を被り、自らの作った特等席を立つ。


「え?ままままだ、決着は全然つきそうも無いっすけど…」


「…ふ…」


戦場では、未だに二体の武者が斬り合いを繰り広げられている。

と、片方が半ば滑る様に相手との距離をとった。

しばし、お互いの間合いの外から互いを睨み合っていたが、次の瞬間、互いは全く同じタイミングで前に踏み出す。


“キイイィィィン……”


長く鋭い金属音が会場に響き、お互い刀を振り抜いた状態で立っていた場所が入れ替わっている。

片方はバタリと倒れ、その体は瞬く間に白い粒子となって消えて行き、もう片方の武者は、微かな金属摩擦音を伴い納刀する。

娑雪は、いつの間にやら最後の一人の武者の目の前に立っていた。


「覇者で有る主の名を、国の名としようぞ。」


彼女が武者にそう告げると、武者はそっと自身の核である式神を手渡す。彼女がそれを受け取った瞬間、そこに居た武者は音もなく、何の痕跡も残さず、一瞬で消滅した。

娑雪はその式神を大事そうに右手に持つと、次は戦場全体を包み込む様に大きな声をあげる。


「この戦場にて猛勇に闘い散った、百三十九の式神達よ!汝等の存在を永劫忘れぬ様に、其方らの名前をそのまま、陰陽世界の新たなる町の名としようぞ!」


まるで娑雪の声に呼応したかの様に、そこら中に散らばっていた式神が一斉に舞い上がり、彼女の左手に集合する。

会場からは拍手と喝采が巻き起こり、娑雪の国名選びは盛大に幕を閉じた。

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