拾壱
数日後、水叉が一つの盆を持って娑雪の部屋に現れる。
「ボスー!新しく建てる国の名前、ここ候補がこんなに…」
娑雪の自室に入った水叉は、その娑雪の姿に息を飲んだ。
窓辺で静かに眠り、肩には小鳥が止まっている。彼女の被る傘の上では小動物が走り回り、服のあちこちから植物の新芽が掲げられていた。
陽の光が、彼女をそっと照らしていた。
「…ボス…」
水叉は娑雪の方に歩み寄ると、その傘を手刀で叩いた。
「あた。」
「しっし。リス達、ここは遊び場じゃないっすよ。ぼぼぼボスも起きて下さい。」
「なんじゃ、お主か。ふわぁ…」
「はあ…ししし新人の式神が見たらびっくりしますよ。初見じゃ死んじゃったかと思いますよ。」
「ふむ、そんなにか?」
娑雪は、自身の服から生えてきた新芽を摘み取りかじりながら、傘の上についた土埃を払っていた。
「あ、そうだボス。これっす!」
木の盆一杯の、文字の書かれた式神を娑雪に差し出す。
式神と言えど術が無ければただの紙切れ。メモ帳の様に使う事も多々あった。
「…“天何”、“大瓊”、“回淀”……ふむ、私達では決めかねぬな。」
「あれをやるんすね。じじ…じゅ…準備しておきました。」
「気がきくのぉ。主は。」
「あありがとうっす。30分後に始めるっす。」
娑雪がその盆に向かって手を差し出すと、式神は舞い上がり、彼女の掌に集まってくる。
綺麗に重ねられた文字入りの式神を持って、彼女は第2正門から外に出る。
本来の正門は仙山に繋がっているが、正反対の方角にある、もう一つの正門。そこから、陰陽世界に入る事が可能である。
陰陽世界から見れば、紛れも無い正門である。
「便利になったのぉ。初めはあんなちっこい裏戸じゃったのに。」
陰陽世界。
娑雪が始めて家神を使役した日に生まれ、家神の数とともにその広さを増して行く。いわば彼女の世界。
その町々には、奈良時代から、彼女がここに来る前の最後に見た現代までの街並みが再現されており、式神や妖気によって自然発生した妖怪。森にはかつてどこからか迷い込んで来た獣なども住み着き、不可思議な世界が広がっていた。
「……?」
娑雪の神社から、東にある江戸街の広場に向かう。と、近付くにつれて、彼女は周囲の雰囲気に気がつく。
「はいはーい!一口500銭からだよー!」
「…天久、月區を五口づつですね…まいどあり…」
と、屋台の様な場所で客引きをしている奴瞰と凪の姿があった。何か、紙切れの様な物を売っている。
「水叉…ありゃ何じゃ?」
「え、前もやったっすよ。どどどどの名前に決まるかを予想して懸けをするんっす。」
「どんな事でも遊びにするんじゃな。…どうりで、いつも楽しげな訳じゃ。」
「そう言う世界っす。あ、ききき気に食わなかったら、ボスがつつ作り替えても…」
「まさか。此処はこのままでいいんじゃ。…このままがいいんじゃ。」
その祭典の中心に、合戦場を模したステージが設営されており、有象無象の観客達が今か今かと、“選定”が始まるのを待ちわびていた。
と、会場全体を包み込むアナウンスが流れ始める。
「開戦まで、残り五分を切りました!式券の購入をする方はお急ぎ下さい!」
娑雪はいつもの様に特等席に座り、手に持っていた式神をその合戦場にばら撒いた。
「【式術・無尽武者】」
撒かれた式神は、瞬く間にその姿を変化させる。
半透明の基質で形作られている点は剛鬼と同様だが、その姿は剛鬼の巨体とは大きくかけ離れていた。
2メートルほどの身長に、戦国時代を思わせる甲冑。帯刀もしていて、頭に当たる部分には、蒼い炎を放つ式神が兜の中で輝いていた。
「それでは…初め!」
アナウンサーの合図に合わせて、娑雪がパチンと指を鳴らす。と、少し俯いた様子の式神達が一斉に頭を上げ、抜刀し、乱闘を始めた。
式神に書かれた国の名前の候補には特に効力は無く、娑雪の名によって動き出す。
彼女は一回、“自身以外の武者練物を倒せ”と命じた。実力は同じ。どれが勝つかは、彼女含め誰にも分からなかった。
〜
「娑雪様!今日こそは…って、あれ?」
意気揚々と娑雪の部屋に殴り込んだ阨無であったが、その部屋に主人の姿は無かった。
床には一枚、“夕方には戻る”と記された紙切れだけが残されていた。
「な.....さては逃げた…なわけありませんわね。くぅ…」
打倒娑雪の為に用意した式神を、くしゃくしゃと握り締める。
(仕方無いですわね…ん?そう言えば、神社の場所が前と違う気がしますわ。)
阨無の知るこの神社は、山々に囲まれた小さな村の中心に、ひっそりと佇む姿だった。しかし外を見ると、この神社は堂々と山の上にあるように見える。
何かの事情か、はたまたその場所に飽きたのだけなのか。いずれにせよ、以前とは神社の場所が大きく変わっているのは確かであった。
彼女は娑雪が戻るまでの間、散歩でもして時間を潰す事にした。
「野イチゴでも探…ぱぇ?」
神社から出て彼女が最初に目にしたのは、神社の前に立つ、黒鎧の集団であった。
(何ですのこの方達…外国人?)
阨無の思考を遮るかの様に、先頭に立つフルプレートの騎士が、二人の仲間と共に前に出る。
「人言を解すと聞いたが…おいそこのお前。ボスは何処だ?その中か?」
「えっと…はい?」
(何なんですかこの方達は…ボス、という事は娑雪様の事?)
次の瞬間、阨無の身体は右に吹き飛ばされる。
いつの間にか彼女の左に回り込んだ戦士が、その大槌で彼女を打ったのだ。
「!?」
「【ノックバックラッシュ】。隊長。小物に構っている暇なんてありません。きっとこの建物がダンジョンです。」
その戦士が、今度は神社の扉を破壊しようとする。
「ま…待ちなさい!此処のボスはわたくしですわ!」
「………」
めり込んだ松の木から抜け出し、阨無は神社を守る様に立ちはだかった。
「此処のボスは…わたくし、阨無ですわ!」
(正確にはボス“になる予定”ですが、まあいいですわ。)
阨無は、その場所に物の転送の為の陣がある事に気が付き、その場にいる全員をとある場所まで飛ばす。
山頂にある円形巨大儀式場。本来は大規模な儀式の為の物だが、何もなければただの広大な広場。この場合、計らずとも神社の防衛線となっていた。
「覚悟して下さいまし!このわたくしの新式術で…」
彼女の両手にあったのは、無残にもくしゃくしゃにされた式神だったものだけであった。
懐や袖を確認しても、他に式神は無い。
「………」
「どうした?来ないのか?」
「…………」
と、阨無はその広場の隅で立ち尽くす、一体の式神を発見する。
手には箒、顔には札、服は巫女の物。
「アエ…エ…アエエ…?」
それは、偶然近くに居ただけの雑用用の式神であった。
しかし今の阨無にとっては、唯一の頼みの綱だ。
「ちょっと貴女!」
「エ…?」
阨無が手繰り寄せる様な仕草をすると、その式神は滑る様に阨無の元に移動する。
「良い?あいつらを撃退しなさい!絶対に負ける様な事はありませんから!多分…」
「エエエエエ!?」
その式神の肩をポンと叩いた阨無は、一瞬で広場の端に移動し、黒鎧の集団に呼び掛けた
「よく聞きなさい!この神社の主人である阨無が!」
「エエ!?」
「…が、最も信頼を置く最強の式が…」
「エエエ!?」
「ああもう!貴女はいちいち反応しなくて良いんですの!とにかく、始めますわよ!」
「エエエ…?」
遥か後方の阨無に見守られながら、その不運な式神は徐に拳を構える。
相手は様々な装備の12人の集団。雑務用の式神の勝てる相手では無かった。そう、雑務用の式神だけでは。
黒鎧の集団は、この状況でも落ち着き払っていた。
ダンジョンのボスが、挑戦者を固有のバトルフィールドに転送する事は珍しく無いのだ。
「変わったボスも居たものだな。眷属に戦いを代行させるとは。…全く滑稽だ…」
「隊長!」
部下の声によって、長槍の騎士は間一髪でその式神の拳を交わした。
その威力を物語るかの様に、騎士の兜の拳のかすった部分に、小さく鋭い切り傷が刻まれる。
「エエエ!?」
「【巫術・祈祷加護『戦』】!ですわ!」
雑務用の式神だけでは勝てない。が、補助術特化の有我式神の援護の元となると、話は違った。




