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娑雪は自室から、近くを旋回する式神をを通して、3合目の広場で繰り広げられる戦闘を眺めていた。


(侵入者の娘っ子は、確か魔力がどうとか言っておったが…)


その魔力という単語について、彼女は考察を始めた。

始めはこの世界での気を指す言葉だと思っていたが、その挙動や、侵入者らの放った光線からの輕陀の拾気の失敗、後方の一人の娘から広がった、侵入者達の明らかな動揺。


「気と魔力は明らかに別物…か…」


「その“気”って何なんですか?マスター!」


「のあ!?」


いつの間にやら彼女の両脇に座っていた二人の式神達の不意打ちによって、娑雪は手に持っていた鏡を落としてしまった。

地に落ち割れる鏡の音を境に、少しの間だけ時間が凍り付く。


「こら奴瞰…びっくりさせちゃ駄目でしょ…って、どこに巻かれてるのさ。」


「マスターのうさ耳…あったかい!」


自らの兎耳に巻かれて遊ぶ奴瞰を尻目に、娑雪は割れた鏡に向かって指を振る。

すると、その鏡の欠片はカチャカチャと音を立てながら、元の一枚の鏡に戻って行く。


「そうじゃ…奴瞰よ、気とは何かと聞いたのか?」


「はい!」


次の瞬間、奴瞰の抱き締めていたものが娑雪の兎耳から、同じ様な大きさの抱き枕にすり替わっていた。

娑雪は、二人の前で座禅を組み講義を始めた。


「この世界には、二つの力で満たされておる。」


彼女の右手に、白い靄の球が現れる。


「安定、秩序、創造、生、陽の相。それと、」


左手には、今度は黒い靄の塊が現れる。

右手にある靄の球体とは違い、痙攣する様にその形を常に変えていた。


「変化、混沌、破壊、死、陰の相じゃ。」


奴瞰と凪が、娑雪の手の上に現れたそれぞれの靄に興味を惹かれたのを見計らい、パンと二人の前で手を合わせてみせた。

白と黒の靄が、彼女の腕を伝って身体に流れ込むのが二人には見えた。


「二つの相が組み合わされ、練り合わせられ、完璧に調和したモノ。」


座禅の姿勢を寸分崩す事無く、彼女は音も無く浮遊した。


「それが、気じゃ。」


目を輝かせながら自分を見上げる二人の式神に向けて、彼女は少し得意げな微笑を向けた。


「もっと、気について教えて下さい!マスター!」


「こら奴瞰。マスターだって建国の準備で忙しいんだよ。もっと暇な時に…」


娑雪は、その二人も宙に浮かせて見せた。


「わぁ!」

「おお!?」


「優秀な式神が育つのは良い事じゃ。良かろう。其方らへの教導に、しばしの時間を使うとしようかの。」



「…ふ…」


ダリアから止め処なく流れ続ける汗が、異国の地面に消えて行く。

既に馬の音は此処には届かず、生きているか死んでいるかも分からない数名の魔法兵が、山林の中に倒れている以外は、彼の仲間は皆逃げ去った。


(…ミズサ殿、俺が貴女の心配など、驕りだったのかもしれませんね…)


絶望感の中に、彼は得体の知れない安心感を抱いていた。


仰向けに倒れる彼を、剛鬼のとどめの一撃が振り降ろされようとした瞬間、その巨体は弾ける様に消滅した。

体内にあった式神が一枚、茂みの前に立つ少女の手に戻る。


「もう良いですよ。…戦っているこっちが気分悪い…」


「……お前も、俺に同情するのか…?」


「違います。こんな所で叩き潰してしまっては、後の掃除に骨が折れてしまいます。」


「…………」


式神を手放し箒に持ち替えて、その広場の掃除を始めた。

地面の窪み、折れた木々、えぐれ千切れた草花。その全てが、箒に触れた瞬間に元通りの姿に戻って行く。

輕陀はその“掃除”の傍、広場の中心で倒れるダリアに話しかける。


「…貴方、というより貴方方、本当に何しに来たんですか?御主人様に何の用ですか。」


「……攻略……」


「攻略?そう言えば、その、ダンジョンって何ですか?モンスターとは何の事ですか?」


ダリアはそれ以上、言葉を紡ぐ事は無かった。疲れ果て眠ってしまったのだ。


「全く…」


左手で鎧を身に纏う大男を抱え、倒木の上に優しく寝かせる。


「どうしてわたくしが人間の看病なんて…!」


先程手放した式神の運んできた水筒を、ダリアの口元に当てながら延々と文句を言っていた。




「………?」


ダリアが目を覚ましたのは、軽やかに草原を駆ける白馬の上だった。


「目、覚めました?」


「お前は…のが!?」


目覚めた拍子にダリアは落馬しかけたが、彼の前に乗っていた輕陀が彼の首を掴み馬の上に戻す。


「全く世話が焼けますね…」


輕陀は彼の手を、自分の腹の前で組ませる。

後ろから、輕陀が抱きすくめられる様な体勢だった。


「…そう言えば、ルヒュテー…あのローブの者達はどうなったんだ?」


「目覚めて最初に聴く事がそれですか…全員死んでました。気塊練弾一撃だなんて…情けない…」


「なら、何故俺は今、お前の白馬の上に載っている。」


「貴方を神社に泊めろと!?冗談じゃない…スンスン…」


輕陀が軽く鼻を鳴らすと、馬の進行方向を僅かに右に逸らした。


「こっちですね。」


「お前、俺が何処から来たのか知っているのか。」


「知りません。なので、貴方と同じ匂いのする方角に進んでいるだけです。あ、あれですか?」


何も無かった平原に、文字通り突如白い石壁が現れる。

バドリアの外観は、特殊な秘匿魔法によってよそ者は中に入るまで目視出来ない。しかし、嗅覚を頼りにたどり着いた輕陀には、意味を為さなかったのだ。


「……っと!」


輕陀はダリアの腕を掴むと、その城門に強引に放り込んだ。


「うわああ!?」


「はあ…もう二度と戦いには来ないで下さい!来る時は、ちゃんと立て札を読んでから来て下さい!」


城門の中に投げ飛ばされたダリアが体勢を立て直す前に、輕陀は白馬を走らせてその場を去ってしまった。


「……」


ダリアは無言で立ち上がり、輕陀の後ろ姿をぼうっと眺めていた。


(俺を逃したのか…?)


自分を此処まで送り届けたあの少女からも、彼は水叉の様な不可思議な雰囲気を感じ取っていた。

と、彼は自分の鎧がボロボロに壊されている事にも気が付く。無傷で帰っては怪しまれてしまうと言う、彼女の計らいだろうか。


「…ダリアさん…?ダリアさん!」


「……フィー……どうした、もう夜中だ…」


「うわああああああん!!!ダリアざあああん!!!」


年端も行かぬ分析者は、ダリアの甲冑に飛び込んだ。


「もう…がえっでごないんじゃないがって!」


「…なあに、俺があんな怪物に負ける訳が無いだろ?」


「うわあああああああん!!!」


少女の流した涙は、しばらく甲冑の上に残っていた。



「…そして気を練り凝縮し、この媒体となる紙切れに注ぎ込めば、練物式神の出来上がりじゃ。」


白く輝く式神を奴瞰の手に載せると、それは彼女の手の上で、半透明の小鳥の様な姿に変わった。


「ふわぁ!」


娑雪の二人に向けての講習は、日が沈むまで続いていた。

奴瞰と凪。幼神ともあって、その吸収力の速さには目を見張るものもあった。


「ふむ、もうこんな時間か。またいつでも来い。」


「はい!マスター!」


「奴瞰、まずはお礼でしょ?」


凪は奴瞰の頭を強引に下げるながら、自分も頭を下げる。


「こんな奴らのために時間を割いて頂き、誠にありがとうございました。」


「そんな事言うな。主らは、私の可愛い娘みたいなものじゃからな。」


娑雪は、左右の手で二人の頰に軽く触れた。

奴瞰は嬉しそうに、凪は少し気恥ずかしそうにしながら、二人はその部屋を後にした。


「………」


部屋の中に一人残った娑雪は、先程二人に造って見せた小鳥の式神を空に放つ。


「行ってこい。この世界に、国が二つだけとは限らぬ。あの海の先に、あの山脈の先に、まだ見ぬ場所があるはずじゃ。」


小鳥の式神は、主人の言葉に応えるかのように、半月の空に向けて翼を広げた。


「…私も、あやつらの様に学ばねばならぬ。この世界の、魔法とやらを。」

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