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次の日の早朝、エイレンは4名の騎士と共に、ダンジョンの下見に出発した。


「…こんな平地のど真ん中に…」


エイレンは、今まで何度かダンジョン攻略の経験はあった。が、身近な場所にダンジョンが現れるのは初めてであった。


「これは…かなり高そうですよ。姉御。」


「姉御はやめておくれよ。エイレンで良い。」


一行が山の麓に到着し、その長い石階段の前に佇む。

紙のようなものが数枚辺りを舞っており、階段は見たことの無い草木で囲まれている。


「足を踏み外すなよ。」


「はい!」


その長い石階段を、騎士の一団が馬のまま駆け上っていった。


「………」


その様子を見た式神が一人、山林を駆け上がって行った。



「……?」


山の3合目にある、ベンチ代わりの倒木が一本ある広場。

一向がその場所に到達して一番最初に目にしたのは、広場で一向を待つかの様に座っている少女の姿だった。


「どうも、参拝客様。」


フラフラとした奇妙な衣服を纏い、周囲には数枚の人型の紙切れが舞っているその少女は、箒を手にしたまま騎士団の方をじっと見つめていた。

エイレンは馬から降り、その少女の元に歩いて行った。


「エイレンさん!危険ですって!」


エイレンは左手を翳して、その兵士を静止する。


「君は、このダンジョンのモンスターだね?」


「…だんじょん…?…もんすたー…?申し訳ございません。この世界特有の言葉はよく分かりません。」


と、その少女は騎士団に向かって一つ、深々と頭を下げた。


「誠に申し訳ございません。騎乗にて階段を上がるのは、次回からはご遠慮頂きたい所存でございます。麓に、参拝作法を書き記した立て札でも、用意いたしますので。」


「分かった。今度来る仲間に、そう伝えておくよ。」


少女は会釈をすると、再び山林の中に消えて行った。


「あの小娘は何だったのでしょうか…取り敢えず、先に進み…」


「戻るぞ。この場所、何かおかしい…」


「はい?か…かしこまりました…」


エイレンは奇妙な感覚に苛まれていた。この山の雰囲気もさる事ながら、あの少女から放たれていた、神々しさにも似た神秘的な雰囲気。

可能かどうかはさておき、自分達が何かとてつもない禁忌を犯そうとしているかの様な、畏怖を覚えていたのだ。


(辞めさせないと…此処は、人間が侵して良い場所じゃ無い…!)


一団はエイレンの指示で、帰りは馬を引いて山を降りて行った。



“カン…カン…コン…”


木槌と木材のぶつかり合う音が、山の麓に響く。

異世界の人間が、神社の作法を知る訳が無いと気付かされた輕陀が、宣言通り石段の隣に立て札を建てたのだ。


(また参拝客様ですか。)


遠くの方から、芝生を踏み締める馬の足音を聞いた輕陀は、今度はゆっくりと山林を登って行く。

今度こそは、石階段を傷つけられたり、泥などで汚されたりする事は無いだろうと。


“ドコロ!ドコロ!ドコロ!ドコロ!”


「!?」


次に麓に響いた音は、蹄鉄と石階段のぶつかり合う、重苦しい音だった。


「っ!」


石階段を駆け上がる馬よりも速く、3合目の広場に再び到着した。

今度は、先ほどの黒い鎧の集団とは違い、その格好には特に統一性は無かった。


「…看板は、お読みになり…」


「だあああああ!」


輕陀の言葉は、重装兵の馬上から飛びかかる様に繰り出された斧撃によって遮られた。

輕陀は咄嗟に横転して回避し、上に繋がる石階段の入り口に結界を張った。


「何の用ですか貴方達…参拝客様では無いですね?」


その集団の先頭の人物が、馬上から輕陀に向けて剣先を向けた。


「我々はバドリア王国直属ギルド、ギルドバドリアだ。大人しくボスを出すか、此処で我々と戦うかだ。」


「ギルド…また知らない単語ですね…」


輕陀には彼の言っている事が分からなかったが、彼らの狙いが娑雪だと言う事は理解できた。


(このままでは御主人様が危ない。此処は…)


式神としての、輕陀の造られた理由、最大の使命。

それは自らの主人を守り抜く事。輕陀にとって、明け渡すと言う選択肢など存在しなかった。

結界で遮られた石階段の前に胡座をかき、静かに目を閉じた。その姿勢には一寸の崩れも無く、その風格は歴戦の武士のそれであった。


「…戦うと言うのか。魔法兵。」


「は。【マジックキャノン】!」


ローブずくめの冒険者の杖から、巨大な魔弾が輕陀に向かって放たれる。


「…【式術・剛鬼豪召】」


宙に舞う式神を右手の人差し指と中指で掴み、輕陀はボソリと呟いた。


“ゴオオオオォォォォォ……”


マジックキャノンの煙幕が晴れて見えたのは、輕陀とその集団の間を遮る様に立つ巨体の姿。


その全てが灰色の半透明の物で出来ている様に見える。飾り褌に、睨むもの全てを恐怖の底に叩き落とす様な厳しい顔、二本の角、筋骨隆々の肉体に、右手には棍棒を構えていた。


剛鬼は、紙の擦れる音に聞こえる大きな雄叫びを上げた。

まるで、その場にいる全ての存在に、開戦を告げるかの様に。


(ひとまず、練物剛鬼で様子を見ましょう。)


輕陀自身にはそこまでの戦闘能力は無い為、先に大型の式神をけしかけ、対抗策を練る為の情報と時間を収集する。

それが、娑雪の側近としての、神社の守り手としての輕陀の戦法であった。

一瞬で倒されてしまったならば、自分の手には負えない強敵の為、直ちに仲間に連絡をする。交戦と呼べるものが始まれば、その間に他の式神の用意をする。

しかし、その勝負の結末は輕陀の予想とは大きく外れていた。



“シャアアアアアアアアアアア!”


重装兵の斧撃が剛鬼の腕に当たるが、ヒビが入ったのは斧の方だった。

剛鬼が軽く腕を振ると、その重装兵は見た目や装備に反して呆気なく吹き飛ばされた。


「分析者!奴を止める手段は!」


ダリアは、後方で手元の魔法陣を睨む少女にそう叫ぶ。

が、その少女は半泣きになりながら答えた。


「ごめんなさい…あの化け物の…魔力が測定出来ません…!」


「何!?」


剛鬼の身体のあちこちに魔弾が当たり、大きな爆風を起こしているが、その巨体には傷一つ付いていなかった。


「ダメだ!ありゃまるで動く鋼だ!」


「…魔法兵全員に告ぐ、【ドラゴンズスクリーム】の準備をしろ!」


「は!」


「妨害兵!ありったけのデバフを奴に叩き込め!軽装兵は奴の攻撃を惹きつけろ!奴の力は強いが、動きは鈍い!」


本当ならばダリアも前線に出て戦っているはずだったが、それは叶わなかった。

攻撃速度に特化した彼のスキルでは、高い防御力を持つ剛鬼には圧倒的に不利であった。

重装兵の攻撃すらも通じないとなると、尚更だった。


“ドゴン!…バコオオン!”


ダリアの読み通り、軽装兵の牽制は剛鬼に効果的だった。

剛鬼の金棒が地面に当たりそこに窪みが出来る度に、牽制に当たっている軽装兵に緊張が走る。


「【スロウバインド】!【フリーズエアース】!」


後方の妨害兵から放たれるデバフの数々で、その巨体は確実に動きを鈍らせて行く。


「隊長!【ドラゴンスクリーム】、いつでも発射できます!」


「よし!妨害兵!」


「は!【スタンリング】!」


妨害兵から放たれた、光る輪状の光線が剛鬼を縛る。


“ピシシ…ピシィィィン!”


「発射!」


拘束はほんの数秒で外れたが、それと同時に数人の魔法兵が形作った魔法陣から特大の光線が放たれた。

轟音が響き、付近の木々からは鳥が逃げ出す。


「ハア…ハア…ハア…やったか…」


魔法兵が疲労でへたり込み、衝撃波から身を守っていた軽装兵が立ち上がる。

【ドラゴンスクリーム】は、龍すらも屠るこのパーティの可能な最高の威力の技である。しかし、


“ドスン!ドスン!ドスン!”


剛鬼の歩みを止めるには至らなかった。


「な……」


「嘘…だろ…?」


最も現実的な勝ち筋を失ったパーティに残されたのは、その剛鬼の睨みによってもたらされた、本当の恐怖だけであった。

剛鬼は金棒を構えていない方、左手をその一団にかざすと、梵字で彩られた光り輝く丸い陣が浮かび上がる。


「…!逃げろ!全力で逃げろ!」


灰色の、半透明の火の玉の様な塊がその陣から放たれ、後方に居た魔法兵などを一撃で吹き飛ばす。


「ぎゃああああ!」


最後方に居た分析者の少女は、その惨状に圧倒され座り込む。

ダリアの目的は、最早ダンジョン攻略では無く、一人でも多くの仲間を逃す事に変わっていた。


「逃げろ!一人でも多く!」


ダリアが剣を抜き、交戦を始めた時と一切変わらない姿の剛鬼を睨む。

今にも足が竦みそうだが、次第に少なくなって行く馬の足音が彼の励みになっていた。


「こっちだよデカブツ!【走行強化】!」


ダリアの剣撃は、一撃目で剣が砕けてしまい、もはやただ逃げ回る事だけが時間稼ぎの手段だった。

金棒の攻撃をかわしながら、最後の一人になるまで戦い続けた。

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