捌
「ふっふっふ…今日こそ貴女を負かして見せますよ!娑雪様!」
「……」
「娑雪様!」
「クカッ…なんじゃ?もう朝か?」
目を覚ました娑雪は一瞬だけ寝ぼけていたが、直ぐに全てを思い出す。
広大な武道場に様な場所で、娑雪は壁を背にあぐらをかいていて、その反対側の壁には一人の有我式神が佇んでいた。
娑雪は、彼女の挑戦を受けるところであった。
「阨無よ…瞑想は私の所に来る前に済ませておけといったじゃろうに。何分掛けておる?1時間?」
「52分ですわ!そ…それよりも、今日は覚悟しておいた方が良いですわよ。娑雪様。」
「ほぉ。」
挑戦者は長い金髪をツインテールに縛り、宝石の様な青い瞳を娑雪に向けている。
少女である筈が、その服装は巫女というより神主に近く、右手には大麻を持っていた。
「さあ、【式術・百目紙海】!」
「…ん?」
阨無の袖から無数の式神がパラパラと放たれ、瞬く間にその巨大な武道場に阨無の式神で満たされた。
娑雪は、その技について良く知っていた故、阨無の行動には疑問があった。
「…知っとると思うが、それは偵察や監視の為の術じゃ。其奴らには自衛に必要な最低限の力しか…」
と、阨無は娑雪の言葉を遮る様に、自信に満ちた声で高らかに言い放つ。
「【妖術・百鬼転召】!」
宙に舞っていた式神に、薄灰色のゼリーの様な物が纏わりつき、それは次第に粘土の様に形を変えていった。
ドスンドスンと、次々にその巨大な塊が武道場の床に落下する様に降り立つ。
「ふふふ…この数百年間、ただ遊んでただけじゃ無い事をお見せいたしますわよ!」
「成る程。」
娑雪は阨無によって生み出された、薄灰色の基質で形造られた、筋骨隆々の無数の剛鬼達に囲まれていた。
彼女は傘や杖などの小物は隅に置いてあり、上半身にはサラシだけを身につけて、腰には上着を巻いていた。
「さあ百鬼達!娑雪様に向けて一斉…」
“ドス!”
娑雪は、その豪鬼の腹に拳を突っ込み、依り代となっている式神を豪快に取り出した。
核を失った剛鬼は倒れ、瞬く間にその身体は崩壊していった。
「数を揃える所までは良いが、練気が足りぬ。」
鬼が後ろから金棒らしき物を振り下ろすが、娑雪はそれを片手で受け止め、鬼ごと背負い投げる。その後、その鬼の鳩尾に肘を突き刺した。
鬼は弾ける様に消滅し、一枚の式神だけがペラペラと地面に落ちた。
「力も無ければ防御力も不十分。これでは練物剛鬼式神の良さが全て失われてしまっておるぞ。」
「く…まだまだですわ!【巫術・祈祷加護『闘』】!」
鬼達を炎の様なオレンジ色の光が包むが、娑雪はそんな事は御構い無しに次々とその体術だけで〆て行った。
「あ…ああ…」
「ふむ、3分も掛からなかったか。」
腰に巻いていた服を元どおりに着直すと、部屋の隅に置いてある小物に手をかざす。
それは勢い良く、娑雪の手や頭、背中や懐といったあるべき場所に戻る。
「うう…良いアイディアだと思ったのに…」
「まあ、発想は良かったぞ。今度真似しても良いか?」
「つ、次こそは絶対一本取って見せますわよ!覚悟しておいてくださいませ!娑雪様!」
阨無は捨て台詞を吐くと、ドアでは無く窓から飛び出していった。
神社は、既に今ある場所と陰陽世界とに跨って存在しており、神社を通してなら二つの世界の自由な移動が可能であった。
「…あと何回やる気じゃろうか…あやつ…」
〜
純白の石英を基調とした、優美壮麗なホール。
その見る者を圧倒する豪勢な装飾は、今が夜だという事すら忘れさせる程であった。
入り口から赤く長いカーペットの道が続き、その先には玉座が一つ。バドリア王国、国王謁見の間だ。
「つまり、グロリアスにもオードリス平原新設ダンジョンの存在は知れていると。」
「恐らくはそうかと。どうやら、内部を見た限りボスらしき者が居ると思われますが、継続的な報酬受授が可能な大規模ダンジョンと思われます。」
大きな王冠を被り、金銀宝石を纏う白毛の老人。彼こそが79代目バドリア国王、アルフロード・バドリア。
彼と謁見するのは、彼の信心厚い冒険者のダリアであった。
「報告に感謝する。後日、攻略部隊の編成を…」
「お言葉ですが国王陛下、あのダンジョンは攻略の必要が無いかと。」
「何?今何と?」
「…あのダンジョンの者は、人言を用いますが人間への敵意が感じられません。国の生産性増強中の今、無駄な労力の削減は回避した方が宜しいかと。」
「…グロリアスならば、真っ先に攻略に乗り出すだろう。奴らが力を持つ事は、我々含めた3国家を危険に晒すこととなる。ダンジョン出現は自然現象だ、防ぎようが無い。問題はその後だ。」
4大国家は、それぞれ固有の産業によって国力を成し、均衡を保っている。
バドリアは各地に展開した集落からの品々で、マルスサイファーはグロリアス騎士団による闇産業、残り二国家も、それぞれ独自の分野に秀でている。
しかし、冒険者の数だけはどの国もほぼ平等。逆に言えば、最も国家のバランスが崩れ易い要素であった。
「…しかし、彼女達は…」
「お前の出身村を守ったのがそのダンジョンのモンスターらしいが、それとこれとは別問題だ。もし支障が出る様ならば、君をこの件から外す事も検討するが…」
「…かしこまりました…明日から、本格的な攻略計画を立て始めましょう…」
ダリアの心境は複雑であった。
村の英雄を、この手で殺す事になるかも知れないのだ。
「…ミズサ殿…」
〜
「ヒックチ!」
荒犬神のキセルの煙に巻かれて、水叉は小さくくしゃみをした。
荒犬神に呼び出された水叉と輕陀は、最初ゆっくりと話を聴けるかと思っていた。
「ささ、旦那、もう一杯。」
「がっはっは!お前に注がれる酒も悪く無いなぁ!」
長テーブルに並べられた、無骨だが美味そうな料理の数々。巨大な部屋を満たす有象無象の神や妖怪達、
荒犬神の自室では大宴会が開かれていたのだ。
「で、何だって?」
キセルを加えた少女が、水叉に向き直る。
が、水叉は雰囲気に飲まれ、もう質問する気も失せていた。
一緒に居た筈の輕陀も、結構前にどんちゃん騒ぎに加わっている。
「…ひひ、一つだけ良いっすか?建国の時って大変でしたか?」
「ああ!あの時か!あの時も、こうして毎晩の様に騒いだものだ!いやぁ楽しかったなぁ!がっはっは!」
「そそそそうっすか…」
その荒犬神の豪快な笑い声を聞き、水叉はもう細かい事は気にならなくなっていた。
ふと手元にあった盃を飲み干す。
「…うううちも一杯良いっすか?」
荒犬神にお酌していた、ドジョウの妖怪にそう頼む。
「お、若いの、もう飲めるんかい?」
「ハタチなんてとっくに過ぎてるっすよ。田さん。」
「へへ、そいつぁ失礼しやしたっと。」
そのどんちゃん騒ぎは、日を跨いで続いた。
〜
四方を石に囲まれ、古ぼけたシャンデリア以外には特に飾り気の無い兵舎の中、焦げ茶色の長いテーブルを囲い会議が開かれていた。
「ほ…本当なんだって!あれは正真正銘のドラゴンだった!ドラゴンを召喚してたんだ!」
水叉から逃げ延びた兵士の言い分が、仲間達に通ることは無かった。
「人言を用いる人間型モンスターと言うところまでは信憑性がある。が、龍喚術を用いるほどのモンスターが、訳も無くダンジョンを出歩くとは到底考えられない。」
ダリアの国王謁見と同時刻、グロリアス騎士団はダンジョンの攻略作戦を立てている真っ最中であった。
「第一突入は、ダンジョンの構造や難易度の偵察の為、少数精鋭での遂行となる。エイレン、お前に頼めるか?」
進行役に指名された、一人の騎士が立ち上がる。
20歳前後で、背中に二枚の刃を背負った女性で、頭をフードで、口元を布で隠している。フードからは鳶色の髪の毛が僅かに溢れでている。
「かしこまりました、騎士長。」
「場所はオードリス平原、望む人数連れて行くと良い。第3森林地帯の南の、山岳型らしい。直ぐに見つかるだろう。」
「お任せ下さい。騎士団の名にかけて。」
集会は一先ず解散となり、エイレンは自室で準備を始めた。
(…タンクを二人、ナイトとヒーラーを一人づつ…持ち物は…)
エイレンは訳あってグロリアス騎士団の一員だが、その非道な所業をかなり毛嫌いしていた。
実力はあるものの、進んで略奪には加わらず、街の学堂や孤児院に進んで顔を出す。図らずとも、グロリアス騎士団の市民への好感担当となっていた。
「……」
明日の計画を立てていたエイレンの肩に、ポンと大きな手が乗る。
「…騎士長、今日もですか…?」
「…まさか。ただ、少し様子を見に来ただけさ。」
「そうですか。お気遣いに感謝致します。」
襲おうとしてきた騎士団長を態度で追っ払い、エイレンは年季の入ったベッドの中に潜り込む。
キシキシと音を立て、ベッドが軽く歪む。
「…何でここに居るんだろう…私…」
元は、病弱な妹の薬代の為に騎士団に入り、渋々身体を売ったりもしていた。
しかし、彼女の妹はもう何年も前にこの世を去り、エイレンに残ったのは騎士団の人間との繋がりと、辞めようにも辞められない中途半端に高い地位だけだった。
ネットの関係で、4月中旬頃まで投稿ペースが少し上がります。




