2020/12/15 退化
最近のぴーちゃんは、しゃべらない。
何かしきりにゴニョゴニョ言ってはいるのだが、明確な言葉を口にしなくなってしまった。
覚えたはずの「おはよー」すら、「おごにょごにゃごごにゃ」みたいな、似て非なる何かになってしまった。
えらい退化だ。
ケージ飼いのストレス?
日光不足?
コミュニケーション……だけは、以前よりアップしているはずだ。
それが証拠に、らおぴんの右人指し指の根元には、くっきり三角な嘴形がついている。
かつてシンデレラカラスであった頃、ぴーちゃんはわりと孤独であった。
日に数度、一定の世話のために人が来ていた。
なにせ、会社のリビング兼食堂だ、日曜日などは丸一日のお留守番となるわけで、その翌朝ともなると、気配を察した辺りからもう「おはよー」だの「またね」だの、ぴーちゃんなりに人間に通じると思っているらしき言葉を、ありったけ連発していたものだ。
現在、環境としてはかなりの劣化は否めない。
20畳を越えるお部屋を飛び回らせてもらったりもできないし、ケージ自体もやや狭い。
水浴びも、あまり頻繁にはさせてあげられない。
だが、一般家庭のリビングにつながる部屋にケージがあるので、人とのふれあいはわりと豊富だ。
なんせ、ほとんど失業中のおっさんなんか、丸一日在宅するので、ちょいちょい現れてはおやつを与えているようだし。
そんなおっさんとぴーちゃんを生ぬくい目で見ていたら、あることに気づいた。
おっさんが、普通にカラスと会話しているのだ。
当然意思の疎通はない。
だが、世のおっさんあるあるで、外部の何かや職場に赴かず、かつ井戸端付き合いもないおっさんというものは、それこそ地域活動でもしていない限り、会話する相手にすら事欠くワケなのだ。
テレビやDVDでも観て突っ込みを入れたり、猫やハムスターや爬虫類、果てはゲームの2次元嫁とかに話しかけたり、それぞれの方法で会話不足を発散させねばならない社会的孤立状態。
おっさんには、語彙は極めて少ないながら人語で応えてくれるぴーちゃんがいた。
ぴーちゃんにおやつをあげつつ、対等に喋るおっさん。
対するぴーちゃんの返答は「おはよー」と「バイバイ」を主とする数語のみなのだが。
だが、頻繁に複雑かつランダムな文脈を耳にするうち、ぴーちゃんの理解に誤解が生まれてしまった。
「ゴニョゴニョゴニョゴニョ言った方が、お喋りっぽい」
まあ、間違ってはいない。
もとより単語の概念のない鳥類だ。
意思の疎通は、単語の持つ表意にはなく、「鳴き方」にある。
カラス的には、ゴニョゴニョ話しかけてくるおっさんの語調と語感こそが「人間の鳴き方」なワケなのだ。
だがそれは、人間と飼育生物との対話というより、むしろ、ちょっと特殊な環境下で独自に分化した生物の群としてのコミュニケーションであり、高度知的生命体の言語文化的には、明確な退化でしかない。
もう手遅れかもしれないが。
比較的賢い動物に、何かしらの言語的コミュニケーションを刷り込むならば、絶対に必要な要件があることを、忘れてはならない。
それは、定義付け。
主にそれはご褒美とであり、大抵は「誉める行為」と「おやつ」。
特定の言葉に対する行動を、ご褒美を与える事で刷り込む。
当然のことながら、ゴニョゴニョ言いながらただひたすらおやつをもらい続ければ、ゴニョゴニョこそがおやつの合言葉となるワケで、おやつが欲しいぴーちゃんがゴニョゴニョ言い続けるのは当たり前の結果と言える。
ハシブトカラスと対話したい皆さん。
言葉は短く、シンプルに。
とりわけ代々飼育下で繁殖させた警戒心の薄い愛玩動物に比べ、カラスは野鳥だ。
しかも代々人間をことさら警戒する害鳥。
インコのように、好奇心で言葉を覚えるわけではなく、目的を持って、声を発する。
ぴーちゃんの言語矯正は、なかなかに困難そうだ。
なんせ、ぴーちゃん以前に、ウチのおっさんのゴニョゴニョが止まらない。




