決断
人生は決断の連続である。産声を上げてから息を引き取るまでの間、いや死後の世界のことも含めて人間は数々の選択を迫られ、決断をしなけらばならないという宿命がある。その選択は、敷かれたレール上の各駅にある選択肢の中から他者主導型の決断や道なき道に自らレールを敷いていくような開拓者精神溢れる決断から咄嗟な決断、魔が差す魅惑的な決断(大体はスキャンダラスで身を滅ぼす)、夕食の食材を決めること等まで様々な決断で人生が成り立っている。刑法で言えば実行行為という犯罪の現実的危険性のある行為、民法で言えば不法行為という故意又は過失により、他人に損害を与える行為はよくテレビ等のマスメディアが取り上げられる行為だが、ほとんどが一瞬の行為を選んだことで人生が大きく転落してしまう可能性が誰にでもあることの恐ろしさを身に染みて感じられないのは、ある種の人間の当事者意識の欠如であろうか。生まれたときから選択肢がたくさんある人とない人。この差は実は反比例する。一般的に生まれたときから選択肢がたくさんある人とは五体満足で経済的に裕福な人を言うのだろうが、実は世間体や親等の意向が大きくのしかかってくるから本人主導の選択肢は案外、狭い。一方、生まれたときから選択肢が少ない人は、ある意味で無限のキャンバスを自分で描くことができる可能性がある。努力により、選択肢を無限大に増やすことも可能だが、残念ながらそのことを教えてくれる人はいない。いるとすればそれは本人しかいない。その真実に気づいたとき、社会や世間の偽りや常識に対する諦観の境地に達する危険性もあるが、本当の意味での自由を手にすることができるし、社会に対してある種のピエロ的な観点から接することの面白さを知るだろう。この境地に至る人の決断はある意味、一見バカげているが、実は理性の極致、いわば真理探究のヒントを示唆している可能性があるから恐ろしいものである。
「正直者はばかを見る。長いものに巻かれる。良い人は報われない。モテない人間は一生モテない。ひいきされる人間になれ」
一太郎が大嫌いな言葉の例示である。
学生A「政治家は綺麗ごとばかりしか言わない。選挙なんか行っても意味ないよな」
学生B「だって芸能人とか出てるじゃん。不倫とかもOKらしいよ。政治って誰でもできる気がするよな」
電車の中で会話する高校生の声が一太郎の胸に突き刺さる。もちろん、学生Bの会話のスキャンダラスな用語に対してであることは内緒である。
ふと一太郎は自分が大学生の時の自分が想起された。
それは家族法ゼミの一コマである。
(回想)
教授「法律の解釈で解決できない問題は、立法で解決するしかない」
一太郎「ということは、司法の役割は」
教授「判決が出れば、立法や行政に対してそれは実態に合っていないこと、究極的には憲法違反だと、国民全体に認識させることができる」
一太郎「政治家が自分で気づいてやればいいのではないですか」
教授「政党政治の中では、派閥の意向や多数派の原理が働くから個人が気づいてもなかなか変わらない。特に保守派の抵抗は、あらゆる立法事実に存在している」
一太郎「やっぱ変わらないのか」
教授「いや。今、時代は急激に変化している。時代の要請に法律も逆らうことなどできない。これからは、多様性が認められる社会になる。その時に、必ず立法、法律、行政の知識があって社会の実態を汲み取る力がある政治家が必要になる。もちろん人間性があることが前提だが、しがらみのある政治の世界で生きるには余程の覚悟がないとできない」
一太郎「ですよね。でも最後はやはり、法律。この国は法治国家ですものね」
(回想終わり)
一太郎は電車を降り、改札口に向かう途中、ポスターが飛び込んでくる。
「投票に行こう。18歳の君がつくる未来」
「政治家か。今の俺に資格はあるか。何もない。家族もない。彼女もない。ないない。もちろん、スキャンダルもない。ただ、知識。人よりも色々な経験がある。そして偏差値30の時に比べたらとてつもない世界を見させてもらい、選択肢の多さに気づけた。ピエロ的な視点で世の中の矛盾を解きほぐす役割。供託金くらいは出せるし、意外と自己顕示欲もある。都筑、出馬するってさ」
一太郎は、気合を入れて目つき鋭く、改札を出ようとしたとき、
「ピンポーン」
パスモのタイミングをはずし、閉じ込められる一太郎。
後方の怪訝ないかついおじさんにビビりながらも
「すいません」
それは晴れやかな日のことであった。