持つものと持たないもの
「初めまして。弁護士の青葉緑太と申します。娘さんが殺されたとのことですが…」
弁護士の青葉は名刺を女性に差し出し、不安げに答える。主に債務整理や交通事件案件を扱う事務所所属であるため、刑事事件や一般民事については若干の不安がある青葉にとって緊張感を隠せない様子である。
「そうです。実は先日までお付き合いしていた男にひどい目にあわされた挙句…あんなことに」
女性はうつむき、両手で顔を覆い、泣き出した。
青葉は、すかさず白いハンカチを渡した。
「その男は、今どこに。逮捕されているのですよね。ニュースとかでも」
女性は驚くようなスピードで顔を上げた。
「いえ。逮捕はされていません。それどころか、今は他の女と一緒にのうのうと生きています。本当に許せない。絶対懲らしめてやりたい。先生、どうかお願いします」
青葉と隣で話を聞いていた一太郎は、お互いに目を合わせてうなづいた。
「あの、娘さんのことなのですがご遺体は今どちらに」
「娘。シンディのですか。シンディはペット専門の葬儀屋さんで火葬していただいて今、遺骨は私の家にあります」
青葉と一太郎は再び、お互い目を合わせてうなづいた。
二人ともこの手の事案には既視感が同時に想起されるので話が早い。
とにかく、地雷を踏まないこと。同調することは必須である。
「この度は、本当にご愁傷さまでした。さぞお辛かったでしょう。私どもがお手伝いできるのは、相手方に対して損害賠償請求をすることですが…。ちなみにシンディさんはワンちゃんとかですかね」
女性は、急に血相を変えた。
「人間です。猫に見えるかもしれませんが、私にとっては娘も同然なのです。なのにあの男は私がニューヨークへ旅行している間に他の女のところに行ってネグレクトして殺したんです。最低な男。警察もシンディを「物」扱いするし、世の中本当最低なやつらばかり」
女性は再び、両手で顔を覆い、大声で泣きだした。
今度は一太郎がハンカチを差し出してなだめる。
「大変申し訳ございませんでした。そうですよね。猫じゃありません。法律が悪いのです。「物」扱いするなんて。家族なのに」
「ちなみにその最低男とは、どんな人物なのですか」
女性はありえない速さで顔を上げた。
「政治家です。港北たくとという…スキャンダラスな男」
その名前に一太郎は驚きを隠せなかった。
「まさか、あの男が…」
そして、なぜかスキャンダラスという言葉に反応したノースキャンダル男一太郎の劣等感が一気に刺激させられた。
「許せない。それが公人のやることか。青葉先生。依頼を受けましょう。悪党をこのまま野放しにしていては、被害にあう猫。いや女性が増えてしまいます」
青葉は、やれやれまたかといった表情で、
「では殺害に至った具体的な状況やそれを証明する証拠の存否についてお聴かさせていただきますのでもう少しお時間よろしいですか」
女性はこれまでの表情が嘘のように、満面の笑顔になった。
「よろしくお願いいたします」
青葉は、杓子定規にNGワードに気を付けながら女性から淡々と詳しい事情を聴いた。
「一般事件だから相談料は今のうちにもらっとけよ。着手金や実費は通常通り振込みで」
と一太郎に小声で伝えて相談室から出ていった。
女性は、目つき鋭く、
「ありがとうございました。あの男に天罰を与えられると思うとまた素敵な恋ができそうです」
と早口で言った。
ノースキャンダルな一太郎の胸が痛んだ。
「あの。ちなみに港北はそんなにスキャンダラスなのですか」
女性は不敵な笑みを浮かべた。
「あいつは、天性のたらしよ。何人の女が泣いたかわからない。私も含めてね。所詮、権力者はそんなものよ。自分の思い通りにならなきゃ気が済まない。そういう独善的な奴らが偉くなり、モテるのよ」
女性は捨て台詞を残して颯爽と事務所を去っていた。
一方、一太郎は漫画かドラマの世界のようなセリフを聴いて一瞬だが生きている世界が違うことに絶望した。
「昔から気づかないようにしていたが、人間って持つものと持たないもの、残酷だな。所詮、持たない者はおとなしく権力者のつくったルールに従ってしっぽ振る人生を送るしかないのかな…あはは」