リア充
「おはようございます。平和党の港北たくとです。平和党は、東川田地域のために持続可能で優しさ溢れる政策を実現していきます。平和党、港北たくとです」
朝、7時30分頃、東川田駅には平和党ののぼり旗を掲げながら地声で主張を繰り返す港北たくとの姿があった。
この日の東川田駅は、正月休みが明けた最初の月曜日ということもあり、通勤や通学の人々がひっきりなしに足早と改札口に向かっていた。
「やばい、やばいよ。目覚まし時計かけたのに」
丁度その時、息を切らしながら都筑一太郎が、東川田駅を駆け足で通りすぎようとしていた。
「政策集です、どうぞ」
港北が、走って通りすぎようとする都筑に政策ビラを差し出した。その慣れた配り方のタイミングが絶妙で都筑も思わず、手を差し出して受け取ったが、振り返ることもせず、そのまま改札口に向かい、ICカードで「ピッ」とタッチをし、改札を通過して階段を駆け上がっていった。
「ふぅ。間に合った」
発車ベルが鳴り止む間際に電車に飛び乗った都筑は、周囲の乗客から白い視線を感じつつも安堵の表情を浮かべた。
しかしなんだかおかしい。通勤時間帯にもかかわらず、そんなに混んでない。しかも女性しかいない。
「まさか…」
そのまさか、女性専用車両に乗ってしまったことに気づいた都筑は、持ち前のノースキャンダルセンサーが自動発報し、次の新田駅で
「申し訳ございません。間違えました」
と周囲に深々と一礼してドアが開き始めると同時に逃げるように下車した。
呆然とする都筑は、ふと左手に握りしめた三つ折りの政策ビラに気づき、両手で広げた。
平和党所属、港北たくと、39歳、家族は、妻、子どもの子育て世代…
都筑の目に入ってきたその笑顔と経歴は、いかにもリア充さをアピールしているように感じがして、女性専用車両に乗ってしまった恥ずかしさと罪悪感と合わさって憂鬱な気分が100%クラスになった。
「港北たくま。リア充が政治家になっても非リア充の気持ちなんてわからんだろうに。まぁ、リア充だから、政治家になれるのか…所詮、この世は強者に都合の良いルールになって連鎖するんだ。全ては最初から決まっているんだ。ちくしょう」