辞任
月日が経つ早さに負けないぐらいの早さで歩くのが現代では強制されているような錯覚を覚える。
時間という不変のものを人間が勝手に解釈を加えて意味付ける過程は、物理的な法則を無視している点で自己中心的、いや独裁的とも言える。
「たった今、最新情報が入ってまいりました。与党平等党南大臣が、辞任。もう一度お伝えいたします。与党平等党南大臣が、辞任」
テレビの画面に映し出される男は、イケメン。とはお世辞にも言えないが、フラッシュの度に顔全体をピカピカさせながら、どこか虚ろげな姿で報道陣から逃げるように去っていった。そのギャップがもしかしたら、女性の母性本能を刺激したのかもしれないと考えるのはノースキャンダル男の中二的な発想かは知らない。
この元大臣は、以前から異性関係に緩いという噂は有名だったが、なぜか厳しく咎められない節があった。いいか悪いかは別としてそれぐらい大物だということらしい。ネット百科辞典ウィスキーペディキュアで経歴を見ると、大学在学中に旧司法試験に合格し、卒業後は、国家公務員1種(現在は総合職)に合格し、五大官庁のひとつである財務省に入省しているまさに絵にかいたようなエリートで妻子もいる。官僚の不祥事が表沙汰になることが増えた昨今、官僚志望の優秀な学生が少なくなったと言われるが、それでも一般市民から見れば東京タワーぐらい優秀であることはいうまでもなく、この元大臣にあっては時代も考慮するとスカイツリーぐらい優秀な人物であっただろう。
ただ、自らの持つ優秀なスカイツリーを下までは制御することができなかったのは、もしかしたら感情を強制的に押さえつける、いやむしろもはや存在しないかのように扱う日本教育の代償なのかもしれない。全くの持論だが本来、勉強とは人間が生来持つ感情や本能を認知し、理解することで理性を養い、そのバランスを制御することにあるのだとしたら、彼はある意味、犠牲者なのかもしれない。エリートであり続けることは、案外脆い。その期間が長ければ長いほど、周囲の直接的間接的なエリートであることを強制する圧力の渦に飲み込まれる。その渦は厚いようでいて、実は世間という移ろいやすいもので隙だらけである。ある時、魔が忍び寄れば簡単に引きづりこまれてしまう。その魔の正体は、ハニートラップという他者誘発型の意図的なものであるかもしれないし、自己誘発型として自らアプローチして悪の引き金を引くものかもしれない。
ただ言えるのは、今日からこの男は家族ともども世間からスキャンダル元大臣としてのレッテルを背負い続けていかなければならない。そう、そもそも世間は権力者が大嫌いなのだから格好の餌食の対象である。それをネタにできる程の器があれば救いもあるのかもしれない。ただ、彼の政治家としての志は果たせたのだろうかという興味はある。大臣までなった男である。彼にも彼なりに志高きチェリーと言われた頃があっただろうから。まぁ、この男は大臣でなくなったからといって政治家でなくなるわけではないのだが。