告示日
8時29分。
ギリギリまで駅前で朝立ちをしていた一太郎は立候補者届出のために希望区役所の6階会議室にギリギリで到着をした。
本日は、告示日ということで各主要政党の候補者陣営は出陣式等の準備のため、この日の朝立ちをしていなかった。だから、主要な駅等がガラリと空いていた。
そのような事情から、朝一番から一太郎の通る声に対して、関心を示す高齢者の方々で人だかりができていた。かつてない程の好感触に対して、一太郎のお調子者の気性が災いした。
「ギリギリスだよ。俺は全く…喋りすぎたよ」
8時30分。
選挙管理委員会の委員長の挨拶及び説明が終わると、
「ではこれより予備抽選会を実施いたします」
選挙管理委員会の職員が、来訪順に座っていた各陣営の席に近づき、順番に棒型のくじ引きを引くように促し始めた。
「5番です」
周囲に緊張が走る。
しかし、これはあくまでも予備のくじ。
つまりは、あくまでも本番の順番を決めるくじなのだ。
これは、くじ引きの順番が先着順だとすると、朝から並んでしまう陣営が出てくるのを防ぐためである。
候補者にとって一分一秒でも時間を削りたい。
選挙は時間との闘いである。
なぜなら、本くじの番号順に、事前審査の書類を選挙管理委員会に届出の受付ができ、職員の簡単なチェックの後(書類は事前審査で全てチェック済みである)、標旗等の選挙物品を貸与する等の手続きができるからである。
候補者が10人以上いれば、10番を引いた陣営は1時間以上ロスすることもある。
(時間欲しさに、くじ引き事体棄権する候補者もいるという⇒受付を後にして標旗等を持たず、その間、演説しにいく☞ただ、まだ候補予定者としての演説しかできない)
各陣営にとってはもちろん、掲示板のポスターの位置等も重視する人もいるが(例えば1番なら掲示板の貼る位置が一番上になることで、有権者にとっては目立ちやすくなる。最近は、ポスターの印象で投票を決める風潮もあるから今後はポスターの印象というのはイメージ重視の選挙の中ではますます重要になる)、本音は地方選挙等の場合は、国政選挙と違って少数のスタッフで戦わなければならないことが常であるので、すぐにでも陣営に加わり、選挙戦に突入したいのである。
※ただ、主要政党の候補者は、候補者本人が来ることはほとんどない。もちろん、与党平和党の港北たくとも泉和美子もいない。その段階で既に準備が満タンなのである。今頃、選挙カーの美人ウグイス嬢がイケメン烏と談笑していることでしょう。
※ちなみに選挙カーに乗って広報する女性をウグイスというのに対して男性はカラスという。選挙乗車運動員は、プロであることが求められる。幼稚園や保育園でのお昼寝時間を避ける等、きめ細やかな配慮がなければ逆に票を落とすことにもつながりかねないからである。
まぁ、もちろん、報酬は低いのが最近、世間に知れ渡っているが、公職選挙法の上限は守らなければならないことは言うまでもない。こういう場合、アナウンサー等の妻や知り合いがいる候補は強いのは言うまでもない。選挙という戦いには協力も含めて妻で決まるといっても過言ではないことは確かである。⇒そもそもどんな優秀な人でさえも志があっても、立候補の足かせになるのはお金以上に家族の反対であることはご承知のとおりである。
志があって不安定になる可能性があるなら、最初から家族は持たない方が立候補の可能性は高まるのは間違いない。当落はまた別だが…旧態依然の日本社会にあっては世間体という意味では、独身であることはマイナスなるはずなので。
ネットで醸されるリスクもあるし、やはり選挙はひとりでやる。そうすれば、最低限度の生活でも耐えられ、保身に走ることも少なくなる。保身がまかり通る社会が変わるヒントかもしれない。まぁ昔は、志に惹かれる女神(人格者)もいたことは歴史上の事実なので、完全にいないとは言えないが…少ないことは確かである。実際は、女神の先の婿になったというが歴史上の事実として多いのかもしれないが…。
プロの独身である一太郎には、どうあがいても関係ないことであるが…一太郎にとって家族は、この日本である。そうたぶん、漫画だけでなく、人類の短いようで長い道のりでそういう人物もいたはずだろう。結構、虚栄心とか自己愛が強い可能性は否めないが…一太郎もかなり…。
そうそう、今回の希望区の選挙は定数5人の枠に、なんと過去最多の10人が立候補するのである。
内訳は、平和党2人、創造党1人、怪力党2人、愛が全て党1人、下ネタ党1人、無所属3人である(一太郎含む)
………
一太郎はギリギリで到着したので予備くじの順番は最後である。
「2番です」「8番です」…どんどん決まっていく。前方のホワイトボードには本くじの順番が記入されていく。
「あれ、1番出てないな」
「10番です」
そしてついに一太郎の番になった
「1番です」
「ですよね」
一太郎は苦笑いした表情で答えた。
周囲から視線が集まる。まぁ、一番最後に来たからね。でも予備くじだし。一人だし、特に時間も焦っていないから本くじは10番を引きたいという気持ちがあった。そもそもポスターないし(公費使わない信条があるというか、単純に間に合わなかったということと写真映りがあまりよくないというコンプレックスもあったのかもしれないが…)
「それでは、本くじの順番が決まりましたので、改めてくじ引きを実施いたします」
選管の職員が、一太郎へ近づき、棒状のくじ引きを差し出す。
「4番です」
「よっしゃー」
一太郎は思わず叫んだ。
周囲は何が起こったのかわからず、一瞬シーンとなった。
それもそのはず。人生野球一筋だった一太郎にとって「4番」というのは、選ばれた者という固定観念が染みついたせいで咄嗟に「4番」という響きに反応してしまっただけなのであるから。
その後、各陣営がくじ引きを引いた番号がわかった瞬間、会議室を飛び出した(番号を電話で各陣営に伝えるため⇒一斉に地域の支持者が近くの掲示板に準備していた候補のポスターを番号に貼りに行くからである。)。
一太郎は、その光景を見て少し羨ましい表情と自分のこれまでの人生の結果を悔やみながら(仲間がいない)も、あらためて自分がひとりで戦う目的(誰にでもチャンスがある(権利があるという)ことを示す)を胸に刻み、受付の順番を待った。
小春日和の風の匂いが鼻から通り、心奥に染みる日の朝のことであった。




