08 白い世界
(……ここは、どこだ?)
漆黒の炎に包まれた瞬間意識が途切れ、気が付くとクルーゼは真っ白な部屋の中に居た。
なにもない、ただただ白い空間。
天国のようには見えないが、かといって地獄のようにも見えない。
(或いは、それを今から決める場所なのか……)
自分が死んだものだと確信していたクルーゼは、当然のようにそう考えた。
「貴方はまだ死んでいないよ」
突然、声が響く。
そして瞬き一つの間に、目の前に一人の青年が佇んでいた。
純白の天使。
真っ先に思い浮かんだのは、そんな言葉だった。
別に翼を生やしていたわけでもないのだが、なぜかそう思ったのだ。彼が身に纏う肌と髪の白さは、それほどまでに高潔なものだった。
「私は天使じゃない。どちらかと言えば死神かな。まあ、貴方の死神でもないけれど」
温度の無い声で、青年は語る。
そのタイミングの見事さに、思わず心が読まれている心配をしたが、不思議と不快を覚えることはなかった。
「……では、その死神がなんの用だ?」
「君には大変申し訳ない事をした。お詫びとして、なによりも特別な力を授けよう。神である私が、全てを上手くいくように仕向けよう」
こちらの目を真っ直ぐに見つめながら、けれどやはり何一つ温度の無い様子で、青年は言う。
「突然、なにを言っている?」
「カラクリの話だよ。この世界への不正の話」
そこで、青年の表情が微かに揺れた。
陽炎のような、淡い怒り。
「世界への不正……?」
「思い当る節は、あると思うけれど?」
瞬間、頭の中にカイトの姿が浮かび上がった。
そして、強烈なほどに彼の強さが思い出される。
「まさか……」
あの強さは全て、その不正とやらによって叶ったものだとでもいうのだろうか?
だが、そう考えれば納得出来る事も多かった。
そもそも、カイトの強さは不自然過ぎるのだ。全属性の魔法が使えるなんてこともそうだし、魔力に際限がないこともそうだ。それは本来、人間という種族には絶対に体得できない力の筈だし、仮にその問題を傑出した才能というものがクリアしたのだとしても、才能というものは完成品ではないのだ。
必ずそこに至るまでの過程が存在する。そしてその過程というものは、大なり小なり第三者にも感じ取れるものだ。むしろ優秀な奴のものほど、それが顕著に見えるといってもいい。
にも拘らず、カイトからは一度たりともそういった下地が窺えたことはなかった。
まるで幼い子供の妄想だ。理想という結果からスタートしているから、バックボーンに何一つ説得力がない。それが頭の中だけなら問題もないが、もし神とやらの気紛れで現実に反映されているのだとしたら……
「貴方には今、二つの道がある」
込み上げてきた憎悪に道を示すみたいに、青年は静かな声で言った。
ぞくりと、妙な寒気が背筋に走る。
と同時に、まるで今の自分の状態を身体がようやく思い出したみたいに、右腕に激痛が蘇り、とめどなく溢れだした血が白い部屋を穢しだした。
そんなクルーゼを見つめながら、青年は言葉を続ける。
「誰かに任せるか、自らの手で行うか」
どこまでも優しい声。
クルーゼは痛みに顔を歪めながら、カラカラになった喉を潤すみたいに唾を呑みこんで、
「それは、つまり、奴と同じ力を……奴に勝てる力を、私にくれるということか?」
と、躊躇いがちにそう訪ねた。
そうでなければ自分がカイトに勝てる未来が無い、と解っていたからだ。
「同じ破滅が欲しいのなら」
そう言って、青年は小さく微笑んだ。
それはまるで悪魔のように蠱惑的で――