06 悪手
荷物持ちを終えたクルーゼは、そのまま王宮に戻った。
もう一度、王に意見するためだ。
臣下の一人として、たとえ首を刎ねられる事になろうとも、言わなければならない事は言わせてもらう。
カイト・インフィニティが王になるなど言語道断だ。
多くのものは彼を英雄と信じているが、魔王とその血族を見逃した時点で、逆賊に等しい存在なのだ。
彼等が魔王の元に辿りつくのに、一体何人が犠牲になったことか。
それ以前に、魔王軍との戦争で多くの民が殺されているのだ。あの少女の父親もそうだし、王子や王妃だってそうだった。
だというのに、王はその事実を国民には伏せた。一部の人間しか知る事が出来ない情報にした。
はっきりいって異常だ。
自分だけが反発しているという現状も、わけがわからなかった。
(やはり、なにか特殊な魔法でも使っているのか?)
正直、そう考えた方がしっくりくるが、その手の気配は感じられない。
だとすると、脅されているとか、買収されているという線だが、それもどうもしっくりこなかった。
(……まあいい。どうせこちらの意見は通らないだろうが、不都合な真実だけは公表させてやる)
その上で、カイトを王にしたいというのなら、もはやなにも言うまい。
クルーゼは頭の中でこのあとの展開をいくつか想定しつつ、少しだけ、かつての王を回想した。
(相応しい人物だと、信じていたのだがな……)
剣技大会で優勝したあとの初めて謁見で、王は言ったのだ。
『五年後、お前は騎士団を率いる事になるだろう。卓越した才能だ。あるいは、もっと早いかもしれん。だが、驕るなよ。周りが愚かなほどに弱く見えることもあるだろうが。強さだけでは人はついてこないのだ。弱さにこそ、人は心を許すものだからな』
今でもよく覚えている。
恥ずかしながら、それでも弱い相手を軽んじてしまう事はあったが、その言葉はたしかにクルーゼの心に刺さっていて、それが後悔や反省というものを与えてくれていた。
そんな相手と、おそらく決別する未来を想像すると、やはり足取りは重くなる。
だが、それでも王の元に行こうと、俯き加減になっていた顔をあげたところで、
「これはちょうどいいところに来てくれましたな、クルーゼ殿」
目の前に諜報部の男がいた。
ニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。不快な態度だが、声を掛けてきた意図がよくわからなかったこともあり、怒りよりも警戒の方が強く滲んだ。
「なにか用か?」
「心当たりがありませんか?」
「ないから聞いている」
「それはそれは、図太いことですな」
「……貴様とくだらない話をするつもりはない。どけ。私はこれから王に話があるのだ」
「いやいや、それは不可能でしょう? 王が罪人などに会う理由はありませんからねぇ」
笑みの下品さを一層に強めて、男は言った。
「なにを言っている?」
「なにって、もちろん貴方が魔族と通じていた所為で、魔王討伐の際に必要以上の犠牲が出た件についてですよ」
「……は?」
寝耳に水とはこの事だ。
正直、こいつが何を言っているのか、クルーゼはすぐに理解する事が出来なかった。
「あぁ、そういう演技はいらないです。もう証拠は挙がってるんで」
面倒そうに吐き捨てると同時に、男は左手を軽く上げた。
それが合図だったのだろう。ドタドタという足音を響かせて、あまり面識のない騎士たちがこの場になだれ込んできた。
その全てが武器を構えており、険しい表情を浮かべていて……ただの世迷言ではないことを、クルーゼは痛感した。
「貴方はカイト様がが本当に目障りで仕方がなかったんでしょうね。ですが、だからといっても、魔族と手を組むのは頂けませんねぇ」
何もかも初耳だが、どうやらそういう事になっているらしい。
一隊誰が仕組んだ茶番かはしらないが、笑って流せるほどにクルーゼは大人ではなかった。
「ふざけるなよ、貴様ら」
腰に構えていた剣を抜く。
それがいけなかった。
いや、悪手だとは分かっていたが、感情を制御できなかったのだ。
「……ふざけているのは、そちらだろう。クルーゼよ」
背後から響いた声は、会おうとしていた人物のものだった。
怒りが一気に冷めて、恐怖が全身を貫く。
まさか、そこまで根回しがされていたとは思っても居なかったためだ。
「……陛下。まさか、このようなホラ話を信じるというのですか!」
振り返った王の視線は、冷たかった。
弁明など聞く気がそもそもないのだというのが、肌でわかった。
「私も、信じたくはなかったがな」
王は言った。
逆賊を捕えよ、と。
「――ふざけるな。ふざけるな!」
萎んでいた怒りが再燃する。
それを魔力に反映させて、クルーゼは諜報部の男に目掛けて踏み込んだ。
「――くっ」
「邪魔だ! どけっ!」
横一線、咄嗟に割り込んできた男の短剣もろとも、男を切り捨てる。
そしてそのままクルーゼは、崩した包囲の隙間をついてこの場から逃げ出した。
それが取り返しのつかない愚であったと理解出来ていても、その時はどうしてか感情を堪えることが出来なかったのだ。