05 気難しい情
王宮に外に出ても、入口を警備している兵士や、街を歩く者達が自分を嘲笑しているように感じられた。
くすくすという笑い声に、やたらと敏感になってしまっていた。
もちろん、これは被害妄想だ。
判っている。そんな筈はない。そんな筈はない。
自分に何度も言い聞かせながら、クルーゼは城下街を俯きながらに歩く。
『元、天才さん?』
先程の魔術師の言葉が、頭の中で反響していた。
反論したかった。否定したかった。だが、何も言い返せなかった。
真実だったからだ。
そして、覆す事も出来そうになかった。
どれだけ剣技を磨いても、魔力の底上げをしても、すでにある程度完成していたクルーゼの能力に大きな成長は見込めなかったのである。
いや、仮にまだ伸びしろがあったとしても、自分ではカイトには叶わなかっただろう。
そういうものではない、もっと根本的な部分で彼には勝てないと、クルーゼは本能的に理解していた。
もし、その事実を素直に呑み込めたら、自分もあの魔術師や女騎士のように、カイトに同調できたのかもしれないが、残念ながらそんな事を許せるほどに彼のプライドは安くもなくて……。
「クルーゼ様?」
左手から声がした。
振り向くと、そこには十歳程度の少女がいた。
見知った子だ。いきつけの酒場の娘であり、父親が同じ騎士でもあった関係で、何度か話したこともあった。
「お使いか?」
「はい」
頷いた少女の両手には、掌に紐が食い込むくらいの買い物袋が握られていた。
小さな子供が持つにしては、重そうだ。
そう思ったから、買い物袋をかわりに持った。
「あ、えと……」
「戻るところだろう? ちょうど私も飲みに行こうと思っていたところだからな」
突然、重荷から解放されて戸惑う少女に面倒そうに言って、クルーゼは酒場に向かって歩き出す。
少女は自分よりもやや速い歩調に、少し慌てた様子で合わせて隣に並び、
「あ、あの、クルーゼ様」
「なんだ?」
「カイト様に、伝言をお願いしたいんですけど。よろしいですか?」
またカイトか、と一瞬目尻が引き攣ったが、相手は子供だ。
自分が短気な部類だという自覚はあるが、怒りをぶつけていい相手とそうじゃない相手の分別くらいはある。
「……早く言え」
それでも不機嫌そうに促すと、少女ははにかむように微笑んで、
「魔王を殺してくれてありがとう。お父さんの仇をうってくれてありがとう」
と、言った。
昏い顔をしている事が多かった少女が、久しぶりに見せた笑顔だった。
それ故に、クルーゼは怒りに拳を握りしめずにはいられなかったが……
「クルーゼ様も、ありがとう」
真実を知る由もない少女は、少し弾んだ声でそう続けた。
「……なにがだ?」
「だって、クルーゼ様が王都を守ってくれてたから。カイト様たちも安心して魔王の所に行けたんでしょう?」
その言葉に、思わず目を見開く。
そんな風に受け取ってもらえるだなんて、思った事もなかったのだ。
本来自分が受け持つはずだった役目を奪われたあげく、近い舞台にすら立つことが叶わなかったと、クルーゼはずっと、ただ自分の弱さを恥じていたから。
「……当然だ。なにより優先されるべきは、王都の安全だからな」
殊更に冷めた声で、クルーゼは答える。
間違っても小娘の戯言が嬉しかっただなんて事が、ばれるわけにはいかなかった。こういうところはくだらないプライドなのかもしれないが、性分というものはそう変えられるものでもない。
とはいえ、報いは必要だ。
たとえ僅かだとしても、軽くなった心の分は、正しく少女に返さなければ、それはそれで気持ちが悪いし、なにより借りを作ったままでいるというのが、クルーゼには耐えられない事でもあった。
(……酒は、またあとでだな)