02 強者の慈悲
そうして多くの問題をその力で解決してきた末に、ついにカイトは魔王という存在と対峙する。
世界を滅ぼそうとする悪。
その名にふさわしい、強力な敵だった。
カイトと互角の炎魔法を駆使し、カイトと互角の剣技を駆使して、魔王はカイトの仲間たちを追いつめていった。
偉大な父をもつ女騎士も、天才と称された魔術師も、かつて英雄と呼ばれていた老練の戦士でさえ、魔王の圧倒的な強さに膝をついた。
この世界にカイトがいなければ、世界は本当に滅んでいたかもしれない。
だが、此処にはカイトがいた。
いくつかの点が互角でも、結局それは現時点でだ。
無限の魔力に果てはない。カイトの魔力は勝利に必要な分まで自動的に上昇し、やがてその力は魔王すらも圧倒する。
「魔王よ、お前は確かに強かった。だけど、それは間違った強さだ。他人を苦しめるだけの強さだ。そんなものは、あっちゃいけないんだ!」
裂帛の気合を込めて、カイトは手にしていた聖剣を振り抜いた。
黒い血飛沫が頬に掛かる。
それは勝利を告げる決定的な一撃であり、魔王はついに崩れ落ちた。
どさりという乾いた音。
(少し、汗掻いちゃったな)
余韻の吐息を零しながら、カイトは額に滲んでいた汗をぬぐい、周囲を見渡した。
魔王の側近たちは皆始末した。仲間たちは重傷だが命に別状はない。回復魔法一つで全部元通りだ。
完全勝利である。
ただ、その事に大した悦びはなかった。
まあ、当然の結果なのだから、それこそ当然ではあるが……。
「お父様!」
不意に、魔王の影から声がした。
カイトがそこに視線を向けると、その影から額に角を生やした魔族が現れる。
愛らしい容姿をした幼子。
「魔王の子供!?」
女騎士が驚愕に目を見開く。
「に、逃げるんだ……」
まだ息があったのか、瀕死の魔王が言った。
そんな彼を庇うように、幼子はカイトたちの前に立ち、両手を広げ叫ぶ。
「お父様を殺さないで!」
涙で頬を濡らしながら、真っ直ぐにカイトたちを見据えて――そこには決死の覚悟があった。
少なくとも、それはカイトの決意を削ぐには十分すぎるもので、
「――マジックドレイン」
左手を魔王につきだして、カイトはある魔法を行使した。
「お前の魔力は僕が奪った。お前はもう魔王じゃない。魔王は、死んだ」
そう言って、カイトは仲間たちに視線を戻す。
「……君は甘いな」
と、女騎士が言った。
「でも、それでいいのかもしれないわね。それがなんていうか、あんたのいいところなわけだし?」
つっけんどんな態度で、魔術師がフォローをする。
そして歴戦の戦士は、自身が手にしていた斧についた返り血を見て、
「儂も、それで構わんよ。これ以上、血が流れるのは、さすがに御免だしな」
重みのある言葉で、そう言った。
「ありがとう」
仲間たちに感謝しつつ、カイトは魔王の娘の頭を撫でる。
娘は微かに頬を赤らめて、恥ずかしそうに俯いた。
そんな彼女に小さく微笑んでから、カイトは魔王に視線を戻し、
「次はないからな。だから、これからは親子二人で静かに暮らすんだぞ?」
魔王にちょっとだけ回復魔法を使ってから、二人に背を向けた。
「……さあ、帰ろう。王都に」