エピローグ/神殺し達の帰還
「ねぇ、あの世界ってこのあとどうなるの?」
お互いの仕事を終えて、あとはもう帰るだけになったところでルインは隣にいたトアに訪ねた。
「魔王の娘の尽力によって息を吹き返した魔族たちが、十年後に人類に打ち勝つことになる」
淡々とした口調で彼は答える。
そこには一切の感情が存在していないように感じられた。
「……そう。多少は遅れたけど、妥当な結末に落ち着くわけね。そのあとは?」
「百二十五年後に滅ぼされた国の上で誕生した新しい人の国が、立場が逆転させるみたいだね」
「その繰り返しか、相変わらずねぇ」
「そうでなければ困るよ。循環しない世界なんて不健全もいいところだ」
不服気味のルインにトアはそう答えて、自分たちの世界への道を開く。
それを認識できる存在はこの世界には誰も居ない。或いは隣接している世界の神ですら、それを把握する事は出来ないだろう。
これで快適だったのなら文句の一つもないのだが、生憎と自分たちの居場所に戻るには結構な時間がかかった。ゲームもスリープも出来ない方法なので、仕事の始まりと終わりはいつだって憂鬱だ。
その憂鬱を出来るだけ緩和する狙いも込めて、ルインは話を続ける。
「まあ、それはそうなんだけど……じゃあ、あのお人形の英雄はどうなったの?」
「二年後に死刑が執行されたよ。罪状は国家転覆罪だったかな」
「あらあら、それは意外ねぇ。重要な戦力だったはずなのに。くけけ」
胸糞の悪い屑の玩具の末路を想像して、ルインは心底愉快に笑う。
これを悪趣味だと眉を顰める知人もいるが、トアにはそういう第三者の綺麗事はない。だから、素直に自分の感性を露わに出来るわけだが、今回の件に関しては少々事情が違ったのか、彼の表情は少しだけ曇っていた。
「この結末は不満だった?」
ちょっとした不安を解消すべく、ルインは訪ねる。
するとトアは口元に手を当てて、小難しそうに眉を顰め、
「二年は早い。せめて四年は欲しかった」
と、呟いた。
どうやら自分よりよっぽどハラワタが煮えくり返っていたようだ。
それを知って安堵を覚えながら、ルインは軽口が叩く。
「それくらい弄ってもよかったんじゃない? 裁量権ってやつで――」
瞬間、場の空気が変わった。
魂が萎んでしまいそうなほどの、居心地の悪さ。
「い、言っておくけど、冗談だからね。まったくもって本気で言ってるわけじゃないんだから」
慌てて訂正しつつ、ルインは半歩ほどトアから距離を取る。
そんな動作が出てしまうくらいに、ビビってしまっていたのだ。
それが純粋に殺し合いに発展した時に勝ち目がないという自覚からきたものなのか、単純に嫌われたかもしれないという想像からきたものなのかは自分でも判らなかったが、どちらにしても今の発言は不味かった。
「知っているよ。でも、あまり好きじゃないな」
「うん、そうよね。ごめんなさい」
素直に謝りつつ、ルインはちらちらとトアの顔色を窺う。
そしてふと、彼が関わったもう一人の事を思い出した。
「……もしかしてさ、後悔してるの? あの騎士を助けた事」
「……」
「それこそ、ルール内だと思うけど? 相手は不正野郎だったわけだし、腕だって治してないんだから最低限って部分も守られてるでしょうし。だから、ええと――」
「それは解っているよ。その点は問題ない。ないからやったわけだし」
嫌な雰囲気を綺麗に取り払って、トアは穏やかな調子で言った。
「じゃあ、なにに後悔してるわけ?」
「なにって、それはもちろん、足りなかった事についてだよ。正確に言えば、限られた条件の中で最大限の後悔を与えるにはどうすればいいのか。その考えが足りなかった事について、だけど」
「……あぁ、うん。そうよね。貴方ってそうだったわよね」
よく知っている性質だったのに、ど忘れしていた。
どうにも自分の感情が絡む問題になると、周りが見えなくなるという欠点がルインにはあるのだが、それが露骨に響いた瞬間である。
「ねぇ、ルイン。彼にとって最大の痛みっていうのは、なんだったと思う?」
「……さあ? 私にはよくわからないけど。今まで馬鹿にしてきた奴等に嬲り殺しにされるとか?」
「それではただの制裁だよ。そこには恨みしか生まれない。そんなものに意味はない。必要なのは世界の為に可能性の光を示させる事だ」
至極真面目なトーンでトアは言う。
「可能性の光ねぇ。そんなものが、あんなお人形にあるとも思えないけど」
「なければそれは人ではないよ。変化がない屑なら存在させる意味もない」
「だから素養のない管理者にそれは求めない、だったわね」
ルインがそう言うと、彼は小さく頷いてから自らの思考に没頭していく。
集中している時の彼は、鋭さが増してちょっと怖いのだが、その怖さには惹かれるものもあった。
「まあ、ほどほどにね」
どうせもう聞こえていないだろうとか思いつつ、ルインは呟く。
「程々? ルインは時々おかしなことを言うね」
まだ完全に自分の世界に入りきれていなかったのか、視線をこちらに向けたトアが言った。
「後悔は程々ではダメだよ。魂がその色に染まるくらい強くないと活かされない」
その言葉には、強い信念が込められている。
狂信という表現すら抱かせる頑なさ。
「もっと、正しく苦しめる方法を学ばないとね」
真剣な表情で、トアは呟く。
そして今度こそ、思考の世界に旅立ったようだった。
(……もう少し、話してたかったんだけどなぁ)
心の中でぼやきつつ、ルインはまあ仕方がないかとため息をついて、
「ねぇ、私とこいつ、どっちの方が問題があると思う? みんな表面的なものばっかりみて私の事をメンヘラだの電波だの好き放題に言うんだけどさ、あんたは違うわよね? この記録を読んでいる、あんたはさ」
と、これを読んでいる誰かに向かって問いかけた。
返事がない事は判っているので、ただの暇潰しだ。
「まあ、どっちでもいいんだけどね。別に」
振った話題をさっさと手放し、ルインはトアの腕を掴んで帰るための一歩を踏み出す。
その直後、二人の姿は消え、それを認識できるものは世界のどこにもいなくなった。




