9:伝説の爆誕
――断言しよう。ワシは今、まさに人生の最高潮にあった。
「レディーーーーース・エーーーーンド・ジェントルメーーーンッ! さぁ、このアルビオン領主・ガウェインが送る『奴隷オークション』も、いよいよ大詰め!
本日最後の商品をご紹介いたしましょうッ!!!」
『おぉぉぉぉぉぉおおおお――――――!』
淫らな熱気と下劣な歓声が、地下のホールに響き渡る。
最初は数人しかいなかったオークションの客も、じっくりと人脈を広げ続けることで、今や百人以上の規模に達していた。
つまりはそれだけ入札合戦も激しくなり、ワシの懐も格段に豊かになったということだ!
(ああ、まさにこの世は金こそが全て! 金さえあれば何でも買えるッ!
高級な料理を食し、高級な服を身に纏い、優雅な生活でより美しくッ! ワシは上位者として昇り詰めていくのだッ!)
クククククッ……ただの伯爵で終わって堪るか……!
もっともっと金を集めて、いつかは貴族たちを裏から支配する存在に――『魔の王族』に成り上がるのだッ!
このアルビオンは、そのための根城よッ!
「さぁさぁさぁッ! 皆さまどうかご注目ッ! 最後の商品はなんと、純白の髪に透き通るような肌をした妖精のような少女でございますッ!」
檻に入った商品を使用人が運んでくる。
さぁ変態共よ見るがいい! スラムで見つけたとっておきの掘り出し物だぞぉ!
「なっ、なんと美しい……!」
「白い髪に、それに金色の瞳……ッ! あれは本当に人間なのかっ!?」
「ほほぉ、これは何としてでも手に入れなければ……ッ!」
熱い吐息を漏らしながら、客たちは次々に言い値を付けてくる。
500万、1000万、2000万、3000万、4000万――5000万ッ!
おぉぉおおお! ついに過去最高額が挙がりおったわッ!?
「さあ皆の衆ッ! 賭けた賭けた賭けた賭けた~~~!」
この白いメスガキを見つけたことといい、天はワシに味方しておるわッ!
そうしていよいよ、貴族社会でも名のある老人が「1億ッ!」と叫んだ――その瞬間、
「よぉ、オレたちも混ぜてくれよ」
バゴンッ!!! という激しい音が響き渡り、入り口の扉がゴミクズのように吹き飛ばされた。
いったい何が起きたのかと、客たちと共にそちらを見やると――そこには、
「殺す……殺す……殺してやるぅぅううッ! 俺たちがこそが『正義』の軍勢なんだッ!」
「ランス様ッ! どうかご命令をッ! 虐殺の許可をッッッ!」
『ガガガガガガガガァァアアアッ!』
そこには一人の男を筆頭に、全身を血で染めたスラムの者たちが詰めかけていた……!
それだけでなく、骸骨の姿をした魔物――たしかスケルトンとかいう奴らまでいるのは、一体どういうことなのだッ!?
「なっ、なんだこれはっ!? なにがどうなっているのだ!? ……いったいお前は、何者なのだ!?」
狂気の軍勢を引き連れた男――黒いローブを着崩した、灰色の髪の剣士に問いかける。
すると奴はこちらに剣先を差し向けて、壊れた笑みで言い放った――!
「見りゃわかんだろ……悪を討ちに来た『英雄』サマだよォォオオオオオッ!!!」
そして――ワシの未来は音を立てながら崩れていった。
◆ ◇ ◆
「殺せ殺せ殺せぇええええええええええ!!! ホールの客を一匹残らずブチ殺せぇええええ!!!」
『オォォオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!』
オレの叫びに激しく応え、戦士たちが武器を振るう!
一人の相手を十人がかりで滅多打ちにしていき、一瞬にして地下のホールは血と肉と臓物の臭いに溢れかえっていった。
「やっ、やめろぉクズ共!? 私はこのペンドラゴン王国の男爵で――っ」
「悪党がほざいてんじゃねぇぞゴラァァァアアアッ!!!」
「俺たちは『正義』ッ! 俺たちは『正義』ッ! 俺たちは『正義』なんだッ! そうランス様が言ってたんだ! だから人を殺しても悪くないんだぁぁあああああああああああああああああ!!!」
うんうん! スラムの連中も今じゃあ立派な戦士になったじゃないか! 暴力を振るうことにビビってた奴もいたが、そいつも今や嬉し泣きしながら敵をぶっ殺してやがるッ!
(そうだ、それでいい! 改心する余地もない悪党は、殺してやるのが一番なんだッ!
きっと相手もあの世で反省していることだろう! だって死刑にしたヤツの再犯率は、0%なんだからよぉッ!)
死んでいった悪党たちー! オレ、英雄になるから応援しててくれよなー!!!
「さあ、救国の戦士たちよッ! 邪悪なる貴族共を皆殺しにして、希望の未来を作り上げようじゃないか!!!
勝利をッ! 栄光をッ! オレたちの手で掴み取るのだァァァアアアアア!!!」
『ウォォォォオオオオオオ――――ッ! ランス様バンザーーーーイッ!!!』
かくして続く虐殺劇。スラムの者らやスケルトンたちと共に、この世のゴミ共を滅殺していく。
うーん、それにしても数が多すぎだろ……! これだけの貴族たちを裁くことになってたら、法務大臣さん過労死してたんじゃないかなぁ?
「フフフ……いつの間にか大臣さんの命を助けちゃってたとか、オレってばどんだけ英雄なんだよ……!
なあ――お前もそう思うよなぁ、ガウェイン?」
「ひぃいいッ!?」
オレは気さくな笑みを浮かべて、このアルビオンの領主・ガウェイン伯爵へと語りかける。
にしても無様な姿だなぁ。スラムの者たちに踏みつけにされ、全身を棍棒で叩きのめされて、もうほとんど虫の息じゃないか。
「か、金を……金をやるから、命だけは……っ!」
「はぁ!? 金で命が買えるわけねぇだろうがッ! 命の大切さを舐めるなァァアアア!!!」
「は、はぁッ!?」
なぜかガウェインは驚愕の表情でオレを見る。おいおいおい、コイツはどんだけ命の価値を舐めてんだよ?
「いいかガウェイン――命とは素晴らしいものだッ! 全力になって輝かせれば、ドラゴンだって追い返せるほどの光を放つんだよ!
どうしようもない平民のクズだったオレだって、頑張ったら騎士たちや貴族たちをいっぱいブチ殺すことが出来たんだッ!!!
それをお前は、金で売り買いしようとしやがって……恥を知れ、この外道がッ!」
血濡れた剣を握りしめ、命の大切さを必死で説き伏せる。
……しかし、なぜか語れば語るほどにガウェインの顔は混乱に染まっていった。
おいおいなんでだよ!? こんな当たり前のこともわからないとか、お前どんだけクズなんだよ!
「もういい――ヒトの命を自分の都合で簡単に奪い取るようなヤツは、オレの手で盛大にブチ殺してやるッッッ!!!」
「ちょっ、待てッ!? 待たんかこの狂人めっ! いったん落ち着いて鏡を見ろ!!
そそそっ、それよりも貴様はわかっているのか!? 貴様たちは今、このペンドラゴン王国そのものを敵に回しているのだぞッ!?」
「はぁー?」
何言ってんだコイツ、頭おかしいんじゃねえのか?
悪い貴族をやっつければ、大臣様たちや王様がめちゃくちゃ褒めてくれるに決まってるだろ。そんでオレはアーサーと共に英雄になって、なんか幸せに伝説を作るんだよ!!!
そんな希望の未来を思い描いていると、ガウェインは必死の表情で貴族たちの死体を指さした。
「あの老人を見てみろッ! あの方こそが、この国の法を司る審判者ッ! 法務大臣さまなるぞッ!」
「……は?」
「そしてあちらの紳士は将軍様のお側仕えで、あちらの若者は教皇様の一人息子だったのだぞぉおお!?」
「……………は?」
その後もガウェインは、次々と死体を指さしながら彼らの出自を挙げていった。
武家の嫡男に、騎士長の親族に、果ては王族に連なる公爵家の者まで――この『奴隷オークション』には詰めかけていたと言うのだ。
「ふははははっ! 見てみろッ! あそこに倒れている者の胸に光る、大司教のバッチをッ!
ああ、ここにいる者たちだけではないぞ! ペンドラゴン王国各地には、ワシの息がかかった権力者たちが大勢いるッ!
もしもこのことがバレたなら、貴様たちはもう終わりだぁぁあああああ!!!」
「…………そうだな。もう、終わりだな」
「あぁそうだっ! だがもしもワシを助けてくれたら、このことを隠ぺいしてやってもよいぞぉ!?
アルビオンに行く道中、彼らは例のドラゴンに襲われたということにして――」
「黙れ」
そして――オレはガウェインの心臓へと、全力で長剣を突き入れた。
「なっ、がァァアアアア――――ッ!?」
「ああ、よくわかったよ……この国がとっくの昔に終わっちまってるってことはなぁ……ッ!」
もはや語ることは何もない――!
オレは無言で刃を振るい続け、何度も何度もガウェインの全身を斬り刻んでいった。
貴族といえば、民衆を導く人の鑑でなければいけないはずだ。
騎士といえば、民衆を守る純潔の盾でなければいけないはずだ。
司教といえば、民衆を愛しむ万人の父でなければいけないはずだ。
それがこぞって、悪徳に身を染めているだと……ッ!?
「――ふざけるなァァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
ふざけるなッ! ふざけるなッ! ふざけるなッ! この国はもう駄目だッ! 腐ってやがるッ!
こうなったら一度全部ぶっ壊して、建て直すしか道はない!!!
――そうだろうアーサーッ!? お前もそう思うよなぁ!?
『その通りだよランスさんッ! 全部全部ぶっ壊して、ボクたちの手で理想の国家を作り上げよう!!!
魔物の軍勢すらも取り込み、アナタ自身が“王”になるんだッッッ!』
そうだ――オレがみんなを導くんだッ!!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ! 救国の戦士たちよ、ガウェインは死んだッ! 戦いは終わったのだッ!
――しかし、お前たちも聞いていただろうッ!? ペンドラゴン王国はもはや腐敗の極みにあるッ!!! これを放っておくべきかッ!?」
『否っ! 否っ!! 否っ!!!』
『裁きをッ!!! 断罪をッ!!! 革命をッ!!!』
『我らが刃で審判をォォオオオオッ!!!』
「そうだッ、審判の時はやってきたッ! 我らこそが神に代わり、邪悪なる王国に終わりをもたらすのだァァァアアアアッッッ!!!」
闇と鮮血に満ち溢れた大ホールに、戦士たちの叫びが響き渡る――!
さあ刮目せよッ! 今この瞬間より、新たなる伝説が爆誕するのだぁぁああああ!!!
「此処にオレは、新たなる国家――『アルビオン帝国』の誕生を宣言するッッッ!!!」
賄賂に負けた衛兵さん「……くれぐれも、街の中では騒ぎを起こすなよ」
二十時間後→ 大 都 市 陥 落 ・ 新 国 家 樹 立 。
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