8:聖者の行進
――街に到着した日の深夜。オレはウマゴローやエレインと共に、スラム街の一角で待機していた。
領主・ガウェイン伯爵についての情報はあっという間に集まった。
とにかく派手で豪華なのが好きなオッサンらしく、王都から貴族たちを集めては盛大なパーティーを毎日のように開いているらしい。
そんな生活を維持するために、住民たちへと重税を強いているわけだな。
まぁそれだけならばありがちなんだが……、
「――特定しましたよ、お兄さん。どうやらガウェインという男は、領主邸の地下で『奴隷オークション』を行っているようです。
……スラム街などから攫われてきたと思わしき女性や子供たちが、何十人と売り払われていました……」
『魔物化』したネズミを領主邸に放っていたエレインが、複雑そうな顔で報告してくる。
(なるほどな……やっぱり人身売買にまで手を出してたか)
このペンドラゴン王国においては十年以上前に禁止された重罪行為なんだが、まだまだ味を忘れられない奴らがいるようだ。
アルビオンに多く存在しているという貴族たちの別宅は、買い取った奴隷たちを“遊び壊す”ための隔離施設ってわけか。クソだな。
(ガウェインの野郎……スラムの奴らを攫って売れば、小遣い稼ぎになる上に街の景観もよくなるってか?)
――なんだそれは、ふざけるな。
経済を回し、街に住まう人々の平和を守るのが領主としての務めだろうに……!
こんな悪徳、英雄として放っておけるかッ!
「よし……やることは決まったな。――覚悟は良いか、お前らァァァアアアアアアアッ!」
『オォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!!』
オレの一声に、千人以上の男たちが熱狂の声を張り上げた。
人間たちを集め、そして率いるにはどうすればいいか? ――決まっている。組織の中で最も力がある者に成ればいい……!
というわけでエレインに情報収集を任せたオレは、一人でスラム街に乗り込んで、適当に強そうなチンピラをぶっ倒していった。
(スラム街ってのは奇妙な場所だな。縄張り争いが絶えないくせに、外からの敵に対しては一斉に立ち向かっていく)
そうして湧いて出てくるチンピラ共をぶっ飛ばしていけば、今度は『兄貴』とか呼ばれる奴が出てきたではないか。
うん、そいつも当然ぶっ飛ばした。すると今度は『組長』とかいうのが出てきたのでそいつもぶっ倒して、すると今度は『首領』とかいうのが出てきたのでそいつもぶっ倒し、すると今度は『闇の帝王』とかいうのが出てきたので(以下省略)。
こうしてオレは――ギャングのトップに成り上がったわけである。
そして、顔面に青アザを作りながらこちらを睨み付けてくる連中へと、オレは言い放ってやったのだ。
『現実から目をそらすのは止めろよ。真の敵は、別のところにいるはずだ』――と。
……その言葉に、彼らは悔しそうに俯いた。わかっているのだ、自分たちが領主によって食い物にされていることは。
度重なる重税によってスラム街にまで堕とされて、しかしそこでも領主が小遣い稼ぎをするための人攫いが横行している始末。
――逆らおうにも、領主ガウェインが従えている私設部隊は相当強力なものらしい。
曰く、問題を起こして王都を追い出されることになった騎士たちを金の力でかき集めて作ったのだそうだ。
数だけならば勝っているのに、圧倒的に練度が足りない。作戦を組むような知識もない。
ならばどうする? ――オレならばこうするッ!
「……お前たちも準備は出来てるか、領主を憎みしスケルトンたちよォォォオオオオッ!」
『ガガガガガガガァァァアアアアアアアアア――!!!』
オレの叫びに激しく応じ、二千体以上の骸骨たちが全身の骨を打ち鳴らしたッ!
そう、圧倒的に練度が足りないのならば、超圧倒的な数によって押し潰してやればいいのだ!
ガウェインのおかげで共同墓地は死体でいっぱいだったからなぁ、これを利用しない手はないだろうッ!
「エレイン、これだけの数になっちまったが操作のほうは大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんよお兄さん。……彼らは全員、ガウェインに対して激しく憎しみを燃やしています。
わたしが操るまでもなく、ヤツを殺すのに協力してくれるでしょう」
よし、これで戦力は十分だ。まだ問題があるとすれば……『魔族』と紹介したエレインのことを、恐ろしげに見ている連中についてだな。
「なぁおい、『魔族』が反乱に協力してくれるなんて信じられねえぞ……」
「……あのメスガキ、何か企んでるんじゃ……」
「『魔族』っつったら、高貴でプライド高いことで有名だぞ? それが人間を助けるわけが……」
彼女のことを不審げに見ながら、ボソボソと話す一部の者たち。
はぁ、こんなメスガキにビビるなんざ仕方のない連中だなぁ。
というわけで――オレはエレインのほっぺたを両手で摘まむと、ぐにょーんと左右に引っ張った。
「っていひゃーーーーいッ!? にゃっ、にゃにをしゅるんですか、おにーしゃんッ!?」
「ほーれ見てみろお前らッ! コイツのほっぺた、もっちもちだぞ!」
「はっ、放ひてくらさい! 恥ずかしいれふよォ!?」
プンスカと可愛らしく怒ってきたところで、いい加減に手を放してやる。
そして頭をそっと撫でると――『魔族』に対して恐れをなしている連中に向かって、言い放ってやった。
「いいかお前ら――種族だけで相手を悪だと断じるなッ! 貧民として蔑まれてきたお前たちなら、その辛さはわかるだろうッ!?
コイツだって同じだ。楽しければ笑うし、悲しければ涙を流すような、普通の女の子なんだッ!
それなのに『魔族』に生まれたというだけで、人々からは目の敵にされ、王国の騎士たちからは凌辱を受けそうになっていて……!」
『ッ――!?』
最後の一言に、スラムの者たちのエレインを見る目が変わった。
「ちょっ、お兄さん? あの騎士たち、別に凌辱しようとはしてなかった気が――」
「嘘だろォ!? こんな小さな子が、そんな辛い目に合っていただなんてッ!!!」
「マジかよ、騎士たち最低だなッ!!!」
「おいおいおい、騎士といえば一番潔癖じゃないといけない存在じゃないか!?
それがそこまで堕ちてるだなんて……くそっ、この国はどんだけ腐ってやがるんだよぉぉおおッ!!!」
「ぁ、ハイ……もういいです……みなさんが盛り上がってるようで何よりです……」
何やらゴニョゴニョと言っているエレインをよそに、貧民たちの怒りが爆発的に燃え上がっていく!
そうだ、それでいい! 弱き者を憐れみ、悪を憎むその想いこそが、お前たちの力になるのだッ!!!
「邪悪なる者を憎む気持ちは、エレインもオレたちも同じなんだよッッッ!!!
さぁお前たち、今こそ革命の時はきたッ! 人間と『魔族』が手を組んで悪を討つという世界初の大偉業を、オレたちの手で成し遂げてやろうぜぇえええええええ!!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――――!!!』
闇に包まれたスラム街に、熱狂の叫びが響き渡った。
さぁいくぞ――英雄譚の始まりだッ!
そしてオレたちは、領主邸を目指して夜のアルビオンを駆け抜けた。
漆黒の愛馬に跨り、長剣を手にしたオレを筆頭に、貧民たちやスケルトンたちが粗雑な武器を振り上げながら進撃していく。
その道中、騒動を聞きつけたガウェインの騎士共が武器を構えながら襲い掛かってきたりもしたが、今のオレたちには何の脅威にもなりはしないッ!
「な、何なんだお前たちッ!? スラムのゴミ共はともかく、なんでモンスターたちが街の中にッ!?」
『うるせぇ死ねやァアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『ガガガガガガガァァァアアアアアアアアアアアッ!!!』
圧倒的な数の暴力に押し潰されて、一瞬にして騎士共はグチャグチャにされて死んでいった。血の匂いが街中に充満し、貧民たちの闘争心がさらに激しく燃え上がっていく!
「そうだお前たちッ! 敵を殺せッ! 武器を奪えッ! 『正義』の進撃を続けるのだッッッ!!!
さぁ、救国の英雄たちよッ! 未来に向かって突き進めぇぇぇぇぇぇええええええええええ!!!」
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッ!』
熱狂の叫びが天に木霊し、死の行進は激しさを増していく。
ああ、人間とモンスターが協力しながら邪魔者たちを虐殺していく光景の、なんと美しいことだろうか……ッ!
もしもアーサーがここにいたら、絶対に感動してくれたことだろう!
(アーサー……オレ、確実に英雄に近づいてるぜッ! いつか絶対に会いに行くから、楽しみにして待っててくれよなッ!)
かくして――衛兵たちや騎士共を三百人以上ブチ殺し、ついにオレたちは領主邸へと進撃を果たしたのだった。
賄賂に負けた衛兵さん「……くれぐれも、街の中では騒ぎを起こすなよ」
二時間後→ランスさん、スラムの子供に犯罪教唆。
十二時間後→ランスさん、ギャングのトップに。
十八時間後→ランスさん、モンスターを大量発生させて領主邸を襲撃。
サンキュー衛兵ッ! 全部お前のおかげだぜ!
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