7:英雄の声援
「――オラァ店員ッ! メニューのここからここまでを全部持ってきやがれーーーッ!」
「あっ、わたしも特大ステーキ三十枚目をおかわりでッ!」
「はっ、はいぃぃ!?」
北の大都市・アルビオンに辿り着いたオレは、宿を確保して雑貨を揃えると、エレインと共にさっそく高級レストランへと繰り出していた。
あとはもう飽食の限りだ! これも『超回復薬』を飲んだ影響なのか、食っても食っても全然食欲が収まりやしねぇ!
「はぐっ、はふはふっ、はふーっ! ……うぅう、お兄さん……! わたし、こんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてですよー!
それもお腹いっぱいになるまで食べていいだなんて、お兄さんに拾われて本当によかったです!!!」
「はっはっは! いいってことよ、どんどん食え食え! メスガキを飢えさせてちゃぁ英雄失格だからなッ!
オレの金貨を尽きさせたければあと三倍は食うがいいッ!」
「正確には騎士たちから奪った金貨ですけどねッ!」
「「はっはっはっはっは!」」
心から幸せそうな笑顔を浮かべながらエレインは食事を続ける。
なるほど、『魔族』が大食漢ってのは本当らしいなぁ。ついさっきも豚の丸焼きを一人で平らげちまってたが、まだ十歳にも満たないくらいのちっちゃな身体のどこにそんなものが収まるのだろうか。
その後もジャンボなステーキを五十枚近く食べ続け、ついでにデザートまで全メニュー制覇したところで、ようやくエレインは食べる手を止めたのだった。
「はぁ~~~~美味しかったぁ……! 本当にお兄さんには感謝してもしたりないですよぉ……!
こんなに美味しいものを食べさせてくれて、しかも可愛いドレスや高そうなマフラーまで買ってくれて……!」
「気にすんなっての。連れにボロ布を着せたまんまじゃ、オレの沽券にかかわるからな」
出会った頃とは打って変わって、今の彼女は丈の短い純白のドレスを纏っていた。長くて綺麗な金色の髪と相まって、まるで絵本に出てくるお姫様のようだ。
……といっても注目され過ぎて『魔族』としてのちっちゃな牙を見咎められるのも面倒なので、口元を隠すためにピンク色のマフラーを巻かせているんだが。
「ふふふ、モフモフしててあったかいです……!」
「おう、そりゃよかったな」
ちょっとアンバランスな装いだが、気に入ってくれているようで何よりだ。
よし、飯もたらふく食ったことだし次は情報収集にいくとするか。そうして椅子から立ち上がった――その時だ。
「――このっ、放せよチクショォ!」
「うるせぇクソガキッ! 今日こそはぶっ殺してやるッ!」
店の通りから騒がしい声が聞こえてきた。少し覗いてみると、パンを持ったみすぼらしい子供が大人たちに押さえつけられているではないか。
さらには高そうな服を纏った野次馬共が周囲に集まり、「いけ!」「やれっ!」「内臓を引きずり出してやれ!」と、汚らしい声援を飛ばしていた。
「……お兄さん、あれは……」
「ああ、浮浪児による窃盗だろうな……」
――このアルビオンに到着してから、気になっていた点が一つある。それは貧民の多さだった。
少し路地裏に目をやってみれば、死んだ目をした子供や老人が大量に座り込み、通りを歩けば物乞いたちや痩せた娼婦たちが列を成して声をかけてくる始末だ。
大きな街ならそういう存在は必ずいるものではあるが、こんな高級街にまでそんな者たちがのさばっているのは、流石に違和感を感じる。
「……まっ、何はともあれだ」
英雄としてやることは決まってる。
オレは野次馬共を退かし、子供に馬乗りになってナイフを振り下ろそうとしている男に近づくと――その横っ面を蹴り飛ばした。
「ぐげぇッ!?」
「子供に武器を使うなよ」
男は哀れな悲鳴を上げながら、ナイフを手放して吹き飛んでいく。
他の大人たちがギョっとしてこちらを見るが、そんなものは無視だ。オレは男が落としたナイフを拾い上げると――それを呆けている浮浪児に手渡した。
「えっ……え?」
「なぁクソガキ……お前、このまま何も食わなきゃぁあと数日で死ぬぞ?」
「ッ!?」
オレの一言に、浮浪児の顔が驚愕と恐怖に染まりきった。
そうだ、自覚しろ。お前の命はとっくに尽き果てそうなんだよ。
だったらどうする? このまま飢えて死ぬつもりか? 違うよなぁッ!?
「――奪うんだったら全力を尽くせよォォオオオッ! 手段を選ぶなッ! 容赦なく敵をぶっ殺せッ!
クズのまま終わりたくはないだろう!? 何の夢も持たないまま、ゴミのように死にたくはないだろう!? なぁッ!!!」
「おっ、おれは……死にたくないッ! 死にたくない死にたくない死にたくないッ!!!
おれは、おれは――ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
「もっと全力になれよォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
そして――アルビオンの曇った空に、大人たちの悲鳴が響き渡った。
浮浪児の雄叫びが上がるたびに肉を裂く音が街中に木霊し、子供がリンチされようとする様を笑いながら眺めていた野次馬たちの顔が、真っ青に染まっていく。
「うぉおおおおお死ね死ね死ね死ね死ねぇぇえええ! おれが生きるために死ねェえええ!」
「ちょっ、やめろ坊主ッ!? そいつもう死んでるって! おい誰か、衛兵を呼んでこい! 誰かーーー!!!」
――ふぅ、良いことをしたぜ! 心が折れそうになっていた子供を立ち直らせるなんて、オレも英雄らしくなってきたじゃないか!
小さな命が全力で生きようとする叫びを背にしながら、オレはエレインの元へと戻っていった。
「……お兄さんを街に入れてしまった衛兵さん、きっとクビになるでしょうね……」
「おうっ! 賄賂に負けちまう衛兵なんて無能もいいところだもんな!」
「ってお兄さんがそれを言いますかッ!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐエレインを連れながら、オレはアルビオンの街を歩いていく。
どうやらドラゴンを倒すよりも先に、やらなきゃいけないことが出来ちまったらしい。
「――なぁエレイン。小さな虫や小鳥なんかを『魔物化』させて、偵察させることなんて出来るか?」
「え、ええまぁ……数匹程度ならば知覚をリンクさせることが出来ますからね。それで、偵察って何を?」
「決まってるだろう」
この都市を歪めている元凶に、最も近いと思われる存在……。
「アルビオンの領主――ガウェインという男についてだ」
コメディランキング一位までもう少し!
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