5:背反の英雄
前回のあらすじ:ランスさん、ヒロイン登場回なのに脳内ショタと会話してハッスルしてしまう……。
――かつてのオレならこう言うだろう。「騎士たちに勝負を挑むなんて正気の沙汰じゃない」と。
奴らの多くは武家貴族の出身。子供の頃から鍛えられてきた一級の戦闘者だ。
歴史のある剣技を学び、豊富な食べ物で栄養を付け、潤沢な装備まで与えられている奴らなんかに、農家出身の貧乏冒険者が敵うわけがない。
当然の結果としてオレは、三人の騎士によって全身を切り刻まれていたのだが――ああ、それがどうした!?
「オラオラオラオラァァァアアアアッ! まだ死んでねぇぞゴラァァァアアアアッ!!!!」
「なっ、何なんだよォコイツッ!? なんでっ、腸が飛び出してるのに平気で動いてくるんだよぉ!?」
怯んだ騎士の一人に向かって長剣を叩きつけ、纏っている鎧ごと身体を真っ二つに裁断する。
ハハハハ! どうやら『超回復薬』を飲んだ影響なのか、筋力のリミッターがぶっ壊れちまっているらしい。叩き斬った衝撃でオレの腕の骨までバッキバキに折れちまったが、まぁ神経さえ繋がってんなら問題ねぇさ!
力のままに長剣を振るい、横から斬りかからんとしていた二人目の騎士をぶっ殺した。
さぁ、これで残るは一人だけだ……ッ!
「どうだ見たかよ騎士様よォッ!? ニンゲン頑張れば不可能なんてねぇんだよ!!!」
「うっ、うわ、うわっ!? バケモノだぁぁああああああああ!!!」
そんなことを叫びながら逃亡しようとする騎士の男。おいおいおい、人間だって言ってんだろう? 失礼な奴だなぁもう。
オレは無造作に斬り裂かれた腹に手を突っ込むと――『腸』を投げつけて男の足を絡めとった。
そしてくいっと引っ張れば、奴はいともたやすく転んでしまう。
「うぎっ!? ぁ――ぎゃああああああああッ!? 内臓が、内臓がっ、内臓がぁぁああああ!?」
「おいおいビビってんじゃねぇよ、テメェらのせいで出ちまったもんだろうがよぉッ!」
ああ、やはり人間の力は素晴らしい! 少し致命傷を負う覚悟をするだけで、熟練の騎士たちを倒せるようになってしまうのだから!
(ありがとうよ、アーサー。お前が教えてくれたんだ……誰だって頑張れば、ドラゴンにすらも勝てるようになることを!)
彼と出会わなければ、オレはクズのままで終わっていただろう。夢も希望も失くしたままで、小さな世界でつまらない一生を終えていたに違いない。
だがしかし――!
「あぁ、今のオレは満たされているッ! 最高級の武器があって、馬があって、ドラゴンをぶっ殺して力を授かろうなんていう目標があって、そして目の前には追い付きたい背中があるッ!
だから騎士様よぉ、オレの英雄譚を彩るための血の花になってくれやぁああああ!!!」
「やっ、やめろ……やめろォォォオオオオオオッ!?!?」
そして――夜の森に絶命の声が響き渡った。振り下ろされた長剣は騎士の頭をザクロみたいにかち割って、脳漿を地へとぶち撒けさせる。
こうして、オレは勝利を手にしたのだ。――鍛え抜かれた騎士たちに、能無し冒険者だったオレが勝ってしまったのだ!!!
「――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! やったぞアーサーッ! オレは無能じゃなかったんだッ!
オレは……オレは、ちゃんとやれば出来るヤツだったんだ……!」
気力は擦り切れ、体力も衰え、若い連中に馬鹿にされ続けてきたオレが……ようやく手にした完全な勝利。
それが嬉しくて嬉しくて、喜びの涙が止まらなかった。ついでに腹からの出血も止まらなかった。
……ていうかオレは、どうして騎士たちなんかと戦うことになったんだろうか? あ、思い出した。
「おーいメスガキ、大丈夫か?」
「えっ、あ、はい、大丈夫です――ってそれはこちらのセリフですよ!? お兄さん、内臓零れ落ちてますよッ!?」
「あん? お兄さん? ……オレ、三十半ばなんだけど」
「えぇ!? どう見ても二十代にしか……ってだからそれどころじゃないですって!」
ぎゃあぎゃあと喚き立てる金髪の少女。まぁ確かに、腸をビロビロさせたままにするのは不味いよなぁ。痛みは気合で我慢できる程度だけどよ。
うーん、ドラゴン戦に向けて出来るだけ取っておきたかったんだけど仕方がない。オレは懐から『超回復薬』の詰まった試験管を取り出すと、コルクを引き抜いて一気に中身を煽った。
その瞬間――、
「ぅ、ぎぃ、ぐぉおおおおおおおおおおおッッッ!?」
再び全身に激痛が走る! あぁ、これだこれだこれだ! 剣で裂かれたり内臓が飛び出したりする痛みとは比べ物にならないほどの超激痛ッ!
脳髄が沸騰して毛細血管が弾け、一瞬でも気を抜けばショック死してしまいそうになるが、だがこの苦痛こそがオレの祝福ッ!
「アーーーーーーサーーーーーーーッ! お前のために、オレはもっと強くなるからなァァアアアアッ!」
全身の細胞に力がみなぎり、飛び出していた腸がギュルギュルと体内に巻き戻っていく。
かくして――二度目の再生が完了したのだった。
「ふぅ……これで一安心だな」
「なっ、なっ、何ですか今の薬はぁぁああ!? ていうか少し若返ってませんッ!?」
マジか、やっぱりそんな効果まであるのか! 飲んだ時こそ死ぬほど痛いものの、特に副作用もなく若返れるなんて爺さんすげぇ発明をしたなぁ!
「そうかそうか! このまま若返りまくって、アーサーと同い年くらいで冒険をするっていうのもありだな! なぁアーサー!?」
『うん、そうだねランスさんッ! 貴方こそがボクのパートナーだ!』
「ちょっとお兄さん、おーい! ……それ、やっぱりヤバい薬なんじゃないですかねぇ……?」
そんなわけないだろ、なぁ? ――ってあれ、オレは誰と話してたんだっけ。まぁいいか。
というか問題はこのメスガキに対しての処遇である。
「お前……『魔族』っていうのはマジなのか?」
「うぐっ!? は……はい」
「魔物を生み出したり、操れたりするっていうのもマジなのか?」
「……はい。わたしは力が弱いほうなので、低級の魔物しか支配下に置けませんが……」
「人を襲わせて殺したことは?」
「……ありますよ。『魔族』は大食漢で……それにどうしようもないほどの嫌われ者なんです。
奪って、盗んで、身を守るために敵を殺さなきゃ、生き残れないんですよ……!」
ふむ……なるほどな。こいつは間違いなく害悪だ。
スケルトンみたいな比較的弱い魔物といえど、人を殺す力は十分にあるし、数が揃えれば相当な脅威になる。このメスガキを放っておけば、これからもたくさんの人間たちが死ぬことになるだろう。
と、いうわけで――
「わかった、じゃあこうしよう。お前……これからは『魔族』としての力を人の役に立てていけよ。
魔物を使って荷運びをしたり、害獣を追い払ったりして、正義のために生きていけばいい。そうすればいつか、みんなもお前のことを認めてくれるさ」
「はっ、はぁ!? 何を言ってるんですか!? そんなことっ、」
「出来る。全力の本気で心に誓えば、出来ないことなんて何もない。
……大丈夫だ、安心しろよ。もしもお前のことを殺そうとしてくるような連中が現れたら……その時は、オレがお前を守ってやるさ」
「っ――!」
――彼女を生かして更生させる。これがオレの決定した、英雄としての選択だ。
世界中の英雄譚を振り返ってみろ。たとえ罪を背負っていようが、女子供を容赦なく殺して悦に浸るようなヤツは存在しない。
……もしいたとしても、そんなヤツはオレにとって英雄じゃない。
「つーわけでメスガキ、これからはオレについてこいよ! このランス様の目が黒い内は、もう悪さなんてさせねぇからな?」
「あぅ……っ! か、勝手な人ですねぇもう! ……それからわたし、メスガキじゃないです!
――エレインっていう立派な名前があるんですから、これからはそう呼んでください!」
「わかったよ、メスガキ」
「もうっっっ!」
はははっ! どうやら愉快な同行者が出来ちまったみたいだ! 彼女の魔物を操る力を借りれば、ドラゴンを探し出すのもぐっとラクになるだろう。
(すぐに追いついてやるから……待ってろよな、アーサーッ!)
喚き散らしてくる金髪の少女を撫でながら、オレは尊敬する英雄のことを想ったのだった。
◆ ◇ ◆
「――あれからもう三週間か。ランスさん大丈夫かなぁ……」
王城に用意された一室にて、僕は窓から夜空の月を眺めていた。
考えるのは街に残してきた先輩冒険者さんのことだ。
「……すごい、重症だったからなぁ……」
頑張って街に運び込んだ時には、彼はもう死にかけだった。
医者のお爺さん曰く、たとえ助かったとしても二度と冒険者なんて出来ないだろうという話だ。
(ドラゴンから与えられたのが、再生の力じゃなく癒しの力だったらよかったのに……)
そう悔やんでも悔やみきれない。それほどまでにランスさんは、素晴らしい冒険者だった。
最初はぶっきらぼうでやる気がなくて、この人大丈夫かなぁと思ったけど――でも、
『いいかガキんちょ。薬草を摘むときには、絶対に根だけは残しておけよ? そうすればまた刈り取れるようになるからな』
『おっ、ここにモンスターの糞が落ちてるな。迂回して別の道を行くぞ。
……あん? 戦わないのかって? 馬鹿言え、無駄な戦闘は避けろ。冒険者ってのは何があるかわからねぇから、常に動き回れるだけの体力を残しておくんだよ』
『にしても良い剣持ってるなーお前! ……え、親父さんの形見? そっかそっか……じゃあ親父さんの分も、立派な男にならないとな。
ただし……無理だけはするなよ。人間には、どうしようもねぇ限界ってもんがあるんだからさ……』
知識があって、堅実で、苦労というものをよく知っていて、まさにランスさんは冒険者としてのお手本となる人物だった。
……ちょっぴりお酒臭いところが……少しだけ、死んだお父さんを思い出した。
(――ランスさん、僕には夢があるんだ。誰もが安心して希望を託してくれるような、立派な英雄になって……世界を平和にするという夢が)
目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる。数年前……僕の住んでいた村が魔物の群れに襲われて、みんな死んでしまった日のことを。
大好きだったお父さんも、僕を逃がすために必死で戦って……そして魔物たちに殺された。
もう二度とあんな悲劇が起きないように。
村のみんなや、ランスさんのような善良な人が被害に合わないように。
そのためにも僕は、強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって強くなって――そして、
「魔物も――そして『魔族』の連中も、一匹残らずグチャグチャにしてブチ殺してやる……ッ!」
固く拳を握り締め、僕は決意を新たにした。
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