3:変異の覚醒
「うっ……ぐぅう……!?」
――目を覚ました時、最初に感じたのは鈍い痛みだった。
それから耐え難い不快感だ。まるで腹の中をグチャグチャにされたような気分で……いや、実際にされたんだったな。
「おぉ、死にぞこないが目覚めおったわ」
未だに意識がぼんやりとしていたところに、しわがれた声がかけられる。冒険者ギルドお抱えの医者の爺さんだ。
「爺さん……オレ、どれくらいの間眠ってたんだ?」
「三週間じゃな。何せ内臓が零れだしていたもんじゃから、一時期は本当に危なかったんじゃぞ」
三週間――オレはそんなに長い時間を無駄に過ごしてしまったのか!
どうにか起き上がってベッドから降りようとしたのだが、しかし身体が上手く言うことを聞かない……!
「おまっ、何をしようとしておるッ!? 無茶したら死ぬぞ!」
「無茶しなきゃいけねぇんだよッ! オレには、理想が出来たんだ!!!」
瞼の裏には、あの日の光景がしっかりと焼き付いている。
英雄に憧れる一人の少年が、死に物狂いでドラゴンから勝利をもぎ取った姿が……!
「オレは決めたんだッ! 太古の昔、伝説の『勇者』と共に戦った戦士たちのように、オレもアーサーの隣りに立てる男になりたいって!
オレはあいつの力になりたい! 死ぬまであいつと一緒にいたいんだ!!!」
「えぇい落ち着け! ……アーサーか……ふむ、例のドラゴンを討ち払ったという少年じゃな。
ギルドのほうでもドラゴンについての情報は上がっておるよ。右目から血を流しながら、北の方角へと飛んで行ったそうじゃな」
――すでに各所から多くの目撃証言が上がっており、じきに王都からドラゴン討伐部隊が派遣される予定だと爺さんは語る。
そうか……やっぱりあれは夢じゃなかったのか! 人間が竜を追い詰めるあの凄まじい光景は、現実のことだったのか!
「ちなみにアーサーという少年についてじゃが、今は詳細な調査を行うために王都のほうに呼ばれておるよ。
なんとドラゴンの血を全身に浴びて以来、怪我を負ってもすぐに再生するようになっとるようでなぁ。まぁ信じられない話じゃろうが――」
「いいや信じるさ! それでこその英雄だッ!」
強い敵を倒し、特別な武器や力を得る。それはどんな英雄譚にもある当たり前のことだった。
ああ、やっぱりあいつはすごいなぁチクショウ! オレも早く追い付かないと……!
「なぁ爺さん、オレの身体を見てくれよ。もう剣なんてずっと振るってこなかったせいで、すっかりヒョロくなっちまってやがる。ジメジメとした森の奥に篭りきりで、肌だって真っ白だ。
――それに比べてアーサーの身体は、がっちりとしてカッコよくてよぉ……! オレもああなるまで鍛えないと……」
「おまっ、やはりどこかおかしいぞランスッ!? ……医者として言っておくが、お前はあと一か月は寝たきりじゃよ。
とにかく今は、傷を治すことに専念を――」
「悠長なことは言ってられるかよッ! オレの英雄、アーサーはどこまでも真っ直ぐな男だ! 今こうしている間にも、あいつはどんどん強くなってるに決まってる!
なぁ爺さん、噂で聞いたぜ。あんた、『超回復薬』とかいう傷が一瞬で治っちまうような代物を作ろうとしてるらしいなぁ? 試作品くらいはあんだろ……それをオレに飲ませてくれよ」
「っ、確かにいくつか試作品はあるが……駄目じゃ駄目じゃ!
……買い取った死刑囚で実験してみたところ、確かに傷は治るものの……細胞の急活性により耐えがたい激痛が走り抜け、ショック死してしまうという始末で……」
「そうか、飲ませてくれないのか。ならいいわ」
そして、オレは爺さんを掴み寄せると――そのハゲ頭へと思いっきり頭突きを決め込んだのだった。
「ぐぎっ、がッ!?」
頭を押さえながら倒れ伏し、やがて爺さんは動かなくなった。小さくうめき声を上げてるところから、まぁ命に別状はないだろう。
「悪いな、爺さん。……今から実験台になってやるから、それで勘弁してくれや」
そうしてオレは死に物狂いでベッドから降りると、爺さんの薬品棚を荒らしまわる。
果たして例の薬は――ああ、見つけた……! 試験管に詰まった状態で、ご丁寧にラベルを張ってやがった。
なに、飲んだら死ぬだと? 痛みに悶えて耐えられないだと? ――上等じゃねぇか。
「ハハッ、ハハハハハハッ! 一発死んじまうくらいで丁度いいんだよッ!
死の運命くらい跳ね返せなきゃ、英雄には並び立てないんだからなァッ!」
そしてコルクを引き抜き、一気に試験管の中身を飲み干したのだった。
その瞬間――、
「がッ、あ、ぁぁぁあああああああああああぁああァァァアアァぁあああぁァアアアアアアアアアアアアッッ!?」
痛い、痛い、痛い――痛い痛い痛い痛い痛いッ!? あまりの激痛に意識が一瞬にして吹き飛び、しかし次の瞬間にはそれを上回るほどの超激痛によって無理やりに覚醒をさせられた……!
ああ、あまりの痛みに脳髄が沸騰していく。全身の神経が悲鳴を上げ、ブチブチと千切れては再生を繰り返していく!
呼吸が痛い。心拍が痛い。血流が痛い。生きるのが痛い。もはや、激痛だけが自分に認識できる総てだった。
ああ、だけど――
「ははは、はははははははっ! わかる、わかるぞォォォオ!!! オレの身体がどんどん治っていくのがわかるッ!」
オレにとっては、この痛みこそが祝福だった!
激痛が走り抜けるたびに、アーサーに対する想いが強くなっていく! 彼のために責め苦を受けているのだと思えば、これ以上の祝福はありはしないッッッ!
「アーーーーーーーサーーーーーーーーーーッ! オレは絶対に、お前にふさわしい男になってみせるぞォォオオオッ!」
そして――そんなオレの意志力を前に、ついに劇薬は屈服を果たす。
全身を苛んでいた痛みがピタリと治まり、気付いた時には傷跡すらもがオレの身体からは消え去っていたのだ。
ああ、怪我をする前よりも力が充実しているのは気のせいか……!
ぼさぼさとした灰色の髪は腰まで伸び、肌の張りさえもが若々しくなっていた。
「ひっ、ひひひ……アーサー、オレはやり遂げたぞッ! すぐにお前に追い付いてやるからなぁ!!!」
さぁ、強くなるためにさっそく行動だ!
倒れ伏した爺さんに宛てて“気合で耐えれば大丈夫”とだけメモを残すと、他にいくつか残っている『超回復薬』入りの試験管をパクり、ついでに彼が着ていた高級そうなローブをはぎ取って纏うことにした。
「さぁて。まずはドラゴンを追いかけて、オレもその血を浴びさせてもらうことにしようじゃねぇか。
アーサーの奴が成し遂げたんだから、オレもやってやらなきゃ話にならねぇよなぁ」
人間はドラゴンに勝てないだと? ――そんなことはない! だってアーサーが出来たんだからッ!
あの勇気溢れる益荒男へと続くんだぁ!
(ドラゴンに傷を付けるためには、やっぱり上等な武器がいるよなぁ。アーサーが使ってた剣も、結構な業物みたいだったしよぉ)
残念ながらオレには、高級な武器を買うだけの金はない。
だからといって、チマチマと働く時間の余裕もないわけで――よし決めた。
「おーし、まずは武器屋を襲うとするかぁ!」
そうしてオレは、すぐさま行動を開始したのだった……!
・ ク レ イ ジ ー サ イ コ ホ モ 爆 誕 (無自覚)
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