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2:理想の輝き



『ガァァァァアアアッ!』


 鋭い爪牙と大きな翼を持った太古の魔物、ドラゴン。

 そいつは突如としてオレと少年の前に降り立ち、一撃でオレを戦闘不能におとしいれた。

 そして――トドメの爪撃が容赦なく迫る。


(ははっ……こりゃ終わったな……)


 ああ、クソみてぇな人生だったぁチクショウ……。


 才能もないくせに『英雄になりたい』だのとうたって冒険者をだらだらと続け、夢も理想も体力と共に磨り減っていき、そんで最後は何も残せず死んでいく。まさにクソ人生だ。

 ならばせめて――


(今の内に……逃げろよ、ガキんちょ。もしもお前が生きてくれたら、オレの生涯にも少しは意味があったんだって思えるんだからよぉ……)


 そして普通の人生を歩んでくれと、少年冒険者に対して切に願った。


 こうしてオレが瞳を閉じて、大人しく死の運命を受け入れようとした――その時。



「うぉおおおおおおおおおおおおおッッッ!」



 熱い叫びが木霊すると同時に、ガキィィィインッ! という甲高い音が鳴り響いた。


「えっ……?」


 オレが目を開けると、そこには――


「負ける、かぁぁああああああッ!」


『グガァッ!?』


 なんとそこには、振り下ろされたドラゴンの爪を剣の腹で受け止める例の少年の姿があったのだ……!


「なっ、ガキんちょ……っ!?」


「ははっ、ガキんちょ、じゃなくて……アーサーですよ、ランスさん!」


 苦しそうな息を漏らしながらも、彼はドラゴンに抗い続けていた。

 足元の地面がミシミシと陥没していき、アーサーの口から噛み締め過ぎた歯が砕け散る音がした。 


 だけどそれでも、彼は必死で抵抗を続ける……!


「……僕は、英雄になるんだッ! 魔物たちに殺された村のみんなのためにも、僕は……僕はァァアアッ!」


『グガァアアアッ!』


 押し潰そうとしてもまったく諦めないアーサーに対して、ついにドラゴンが苛立ちの咆哮を張り上げた。

 ヤツが爪を横に振り払うと、アーサーの小柄な身体はいともたやすく地面に転がされてしまう。


 だがしかし――彼はそれでも諦めない。

 即座に跳ね起きると、なんとドラゴンに向かって自分から斬りかかって行ったのだ!


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


『ガァァアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 ――正直な話、馬鹿じゃないのかと思った。

 攻撃力が違う。質量が違う。生物としての出来が違う。人間がドラゴンに立ち向かおうだなんて、そんなものは神話の中のストーリーだ。勝算なんてゼロに決まってる。

 現にアーサーは、何度も何度もドラゴンに弾き飛ばされ、叩きのめされていた。


(ああ、なのに……!)


 ――だがしかし、彼はそれでも諦めなかった。


 瞳に輝く『勇気』を燃やし、倒れるたびに立ち上がり、ついにはドラゴンの攻撃に適応し始めたのだ――!



「僕の全力は……ここからだァァァアアアアッ!!!」



 そこからの光景を、オレは生涯忘れないだろう。

 手にした刃を強く握り、前だけを見て戦い続ける少年の姿は、まさに英雄……!

 もはや才能の多寡たかなんて関係なく押し潰してくるようなバケモノを相手に、彼は根性だけで抗っていたのだ!


 ああ――切り裂けたアーサーの服の内側からは、尋常ならざる鋼の筋肉が覗き見えていた。


「す、すごい……」


 オレの口からぽつりと一言、称賛の言葉が溢れ出し――そこからは止められなかった。


「すごい、すごい、すごい――すごいすごいすごいすごいすごいすごい!!!」


 気が付けば両目から涙が溢れ、馬鹿みたいにして手を叩いていたッ!

 裂けた腹から鮮血と内臓がビュルビュルと零れ落ちるが、もう

 今はただ、英雄アーサーの雄姿だけをこの目に焼き付けていたい!


 この日、この瞬間、オレは彼から教えられた。人間は、努力すれば神話の領域にまで辿り着けるのだとッ!


「アーサー……お前が、オレの光だ……ッ!」


 かくして――薄れゆく意識の中、戦いは当然の結末を果たす。

 ドラゴンの猛攻を掻い潜り、アーサーはついにその顔面へと飛び掛かっていき、竜の右目に鋼の刃を突き刺したのだ。


 致命的な一撃を受けたドラゴンは、ギャアギャアと喚き散らしながら翼を広げて逃げ去っていき――


 最後には、勝利の雄叫びを上げる英雄の姿だけが残ったのだった。



(ああ……オレも、彼のような強い男になりたい……!)



 たとえ――どんな手段を使ったとしても。


 

 


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