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7、やまもりクエスト・つー



―――ゴロゴロ、ゴロゴロ



 ゼパルドさんの指示で、薬草を薬研(やげん)で挽き始めてから、およそ5分。

 鉄製の重みゆえか、思いのほか上部のローラーを動かすのに力が要ります。


 何が言いたいのかといえば、……これ、結構力仕事です。


 マズいです。

 今の私は、筋力も体力もたった1しかない貧弱娘。

 流石に今は、まだ始めたばかりなので平気ですが、遠くない未来に必ずバテて……。


 ぐぬぬ、こ、これは早く何か対策を立てないと、業務に支障が……。


 ここは先ほど言われたとおり、悩んだらゼパルドさんにお聞きするのが一番ですね。

 その道のプロですし。



「あの、ゼパルドさん。薬研を上手く挽くコツなどないでしょうか?」


「……下のフネと円盤が、どうしてその形をしておるのか。それを考えて挽いてみることじゃ」


「はい、ありがとうございます」



 フネ……、というと。ああ、この半円状の受け皿の事ですね。


 形を考えて。ということなら、この半円状の傾斜を利用し。体重をかけるのではなく、傾斜を転がる勢いと、ローラー自体の重さで挽けば……。


 うん、大分挽きやすくなりました。


 ……そうですよね。

 すり鉢で擦っている訳じゃないのですし、力ですり潰そうとするのが間違いでした。


 やっぱりゼパルドさんの言うとおり、自分では分からない時は、人に聞くのが一番ですね!




 それから更に十分後。



「……ふう。ゼパルドさん、薬草挽き終わりま―――」


「はーい、追加の薬草だよー!」


「―――し……、た」


「おう。追加の分も頼むぞ」


「あ、はい」




 更に更に、数十分後。



「よし、追加分も終わり―――」


「へーい、おかわりもう一丁!」


「―――ましたけど、おかわり行きます」


「おう」




 数十分後。



「……」


「イヤッホー! またまた追加だYOU!」


「ええい、一々うるさいわっ!

 もうちっと静かに働かんかい!!」


「ひゃっはー、ゴメンナサーイ!」


「……」





 数分後。



―――ゴロゴロ、ゴロゴロ



「……」



『経験値が一定値を超えました。レベルアップしました』



 ……ハッ!


 いけません。

 今、完全に薬草をただ挽くだけの機械に成り果てていました。

 どうも、単純作業は独特の中毒性があって、夢中になってしまいますね。


 って、それよりも。

 まだクエストを達成していないのに、レベルアップのアナウンスが聞こえましたけど。

 一体何事でしょうか。


 理由をすぐにでも確認したいですが、まだ業務中なので、今しばらく薬草挽き機となって、無我夢中の境地へ至りましょう。






―――数時間後。



「うへ~、やっと終わったよぉ~……」


「……オツカレ、サマ、デシタ……」



 ……ま、まさか、薬研を挽く作業だけで業務が終わるとは思いませんでした。


 数時間挽き続けたせいで、腕は筋肉痛でぷるぷる震え、同じ姿勢に因る肩と腰の痛みと、ずっと座っていた事に因るお尻の痛みが、なんだかもう……、ヤバいです。



「腕はまだまだじゃが、文句一つ言わずに続ける集中力は、大したもんじゃったな」


「あのゼパ爺に褒められるとか、スズカちゃんスゴイなー」



 いいえ、スゴい事なんてありません。

 途中から、薬研で一定のリズムを刻むのに夢中になって、気付けば満身創痍になるまで続けてた、アホの子なので……。



「ほれ、クエストの達成証じゃ。あとでそこの馬鹿娘に、報酬と引き換えてもらえ」


「はい、ありがとうございます!」



 そう言ってゼパルドさんが私にくれたのは、半分に分かたれた、模様入りの木製割符(わりふ)でした。


 確か、対となるもう一方の割符と合わせて、真偽の確認をするために用いられた判別方法の一種、でしたっけ。

 今回の場合は、ちゃんとクエストを達成したかの成否確認のための物ですね。



「もー。いい加減名前で呼んでくれてもいいのにー」


「店のもんひっくり返しながら騒いでる半人前にゃあ、馬鹿娘で十分だ」


「うぇ~、ワザとじゃないのにぃ……」



 半人前と言われてしまったライラさん。

 ガックリとうなだれて意気消沈です。


 ……あれ?

 でも最初、ライラさんが薬草を洗いに行って離れてる時、普通に名前を呼んでいた気が。



「……」



 私が疑問に思っていると、ゼパルドさんの目が、「余計な事は言わんでいい」と無言で語りかけて来ました。


 ア、ハイ。余計な事は言いません……。




 ゼパルドさんの薬屋さんを後にし、満身創痍の肉体を引きずっての次の現場への道中。



「……ooo」


「「うん?」」



 なんでしょう?

 遠くの方から、なにか声のような物が聞こえて……。



「……ぬぅぅぅぉぉぉぉぉおおおおお”お”お”お”お”!!」


「「!?」」



 それはまさに、嵐を呼ぶ突風が如く。

 獣の咆哮(ほうこう)(とどろ)かせ、一台の質量兵器(荷車を引いた執事)が、私達の眼前を疾走して行きました。


 ……瞬きをする間もなく過ぎ去っていったので、過去形です。



「……あれって、レガシーさんだった……よね?」


「ど、どうなんでしょう。私にも分からなくなってきました……」



 王宮付き執事とは、一体……。



 その後も私達は、狩猟小屋での薬草などの採取物の選別や、木工品店で傷薬を入れる容器のヤスリがけ等をこなし。

 受け持ったクエストを全て終了させた時には、辺りはすっかり夜に変わっていました。


 時刻は既に午後7時頃。

 仕事疲れで身も心もくたくたになった私達は、その足で冒険者ギルドへの帰路に着いていました。



「……さ、流石にもう、働けません……。

 ライラさんは、こんなに大変な事を毎日一人でやっていたのですね」



 しかも、私は今日初めてのお手伝いだったので、比較的簡単な作業を回されていたと思いますし。

 それ以上の労働をしていたライラさんには、尊敬の念を抱かずにはいられません。



「……」



 あれ、なんでしょう。

 あの明るさが何よりの特徴なライラさんが、今はやけに静かなような……?



―――スー……ピー……



 ハッ!


 ライラさん、歩きながら若干寝かけてます。

 頭が、こっくり、こっくりと船を漕いで、寝息まで立てています!



「ら、ライラさん。流石に歩きながら眠るのは危険ですよ!」


「……うぇ? あぁ……、うん。ふぁ~……」


「大丈夫ですか? 凄く眠そうなようですけど」



 眠気覚ましのために自分の頬を両手で叩き、ライラさんは

なんとか眠気に勝つことが出来たようです。



「ふう。これでだいじょーぶ!

 この後も、まだ討伐から帰ってきたみんなの手続きとか、ギルド員の先輩達の手伝いとかもあるし。

 眠いからって休んでる暇はなーいーのーよーねー、あはは」



 そう答えたライラさんの表情は、まるでさっきまでの疲れて眠そうだった様子が嘘だったかのように、元気な笑顔をしていました。



「そうだ、このままギルド内に入ったら、騒いでるみんなに揉みくちゃにされるだろうし……。


 はい、これ。今日のクエスト分の報酬56アーク、受け取って。

 まあ、町内クエストだから少ないけど、ごめんね」


「えっと、ここで受け取っちゃってもいいのですか?」


「ギルド員の私が、最初から最後まで一緒だったんだし、このぐらいへーきへーき」


「……それじゃ、お言葉に甘えて。

 今日は、ありがとうございました!」



 私はライラさんから報酬を受け取り、それを握り締めながら、誠意を込めて一礼を反しました。



「あはは、スズカちゃんはホントに礼儀正しいなー。

 んじゃ、私はギルドに戻るね。

 明日もよかったら、また手伝ってねー。バイバーイ!」



 はじけるような笑顔を見せたまま、ライラさんは何度もこちらに振り返っては、両手をぶんぶんと力いっぱい振りまわし、冒険者ギルド内へと向かっていきます。


 ライラさん、本当に元気で優しくて、とても良い人なのです。


 何もわからない異世界に来てしまって、最初は戸惑いましたが。

 出会った皆さんはとても優しい人達ばかりですし、なんとかこれからも、がんばって生きていけるかもしれません!


 目指せ、安定した異世界生活なのです!



―――ぐぅ~……



「あ……」



 そんな風に心の中で意気込んでいた矢先、私のお腹から情けない虫の鳴き声が鳴ってしまいました。


 そ、そういえば、今日はまだお昼ご飯も食べていませんでしたね……。


 とりあえず、私も早く宿に帰って、レガシーさんと一緒に晩御飯を食べましょう。

 うん、そうしましょう!






 ライラさんを見送り、私も宿へ帰ろうと振り返った、その時。



「……?」



 一瞬。

 ほんの一瞬だけ。


 視界の端に、赤い、(あか)い何かが、見えた気がして。


 なんとなく、それが気になって振り返ってみるも。

 

 そこには、()()()()何もありませんでした。






※2019年1月25日、誤字・脱字・加筆修正

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