6、やまもりクエスト・わーん
初ブックマーク、ありがたやぁ……ありがたやぁ……
「というわけで、これが今ギルド内に寄せられている、クエストいち・らん・です!」
両手を使ってドーン!と大げさに、壁に備え付けられた掲示板を紹介するライラさん。
その指し示された掲示板には、まるでミノムシのミノのように、ベッタベタに張り巡らされた、大量のクエスト用紙たちの姿がありました。
現在、私とレガシーさんは宿屋内での相談を終え、再び冒険者ギルド内へと戻ってきました。
目的は、クエストをこなして生活費と経験値を稼ぐためです。
そして、いざクエストを受けよう!と、意気込んできたのはいいのですが……。
「……うぅ、だずげでぇ~、まだ増えだぁ~……」
最早一人ではどうしようもない程のクエストの山を前に、涙目のライラさんが、ドン引き状態のレガシーさんの足元に縋り付いています。
色々と酷い構図です。
「分かりましたから、とりあえず離れて下され」
「あでぃがどぉぉお~……
(※意訳:ありがとう)」
「それにしても、どうしてこんなにクエストが溢れてしまったのですか?」
「……ぐす。最初はそんなに数は無かったんですけどね。
ウチの町は、そんなに大きくないですし、仕事自体も限られてますし。
ですけど、みんなが討伐隊の方に回って、私が一人で町のクエストこなすようになってからは、段々と消化するのが追いつかなくなって……。
気づいた時には、もうこの有様に」
そう語るライラさんは、肩を落として落ち込んだ様子です。
比喩表現ではなく、本当に一人だけで仕事をこなしていたんですね。
それではこうなってしまっても、仕方がありません。
「話は分かりました。兎にも角にも、まずはこのクエストの束を整理する所から始めましょう。
ちょっとテーブルを借ります……よっと。
仕分け方は、力仕事とそれ以外の細かな作業の物で分けます。
そこから更に、それぞれ期日が間近な物、まだ少し猶予が残されている物、暫くは平気な物に分けます。
「力仕事が必要な物は某が、それ以外の仕事をスズカとライラさんに担当してもらいます。
そちらの方が仕事量が多いように見えますが、某の方が終わり次第合流しますので、ご心配無く」
「「……」」
あっという間でした。
私とライラさんがその姿に呆然と立ち尽くしている中。
レガシーさんは、説明をしながら素早く掲示板から用紙を剥がし、話し終わった時には、既にテーブルの上に六つの束としてクエストを仕分けされた後でした。
因みに、クエスト用紙は破って引き剥がすのではなく、一枚一枚丁寧に、用紙を留めていたピンを抜いてから剥がす几帳面っぷり。
「はいはい、ボーっとしない! 期日は待ってはくれませんぞ。
……そうですね、初日はまず、お二人の能力を把握する意味合いも込めまして、これとこれと、あとこれをお願い致します。残りは明日からで。
では、某も早速現場に向かうので、ライラさんはスズカの案内をよろしくお願い致します。では」
はいはい、と手を二度叩きながら、急かすようにテキパキと今日の分の仕事を私達に分配。
その後、言葉を返す間もなく、レガシーさんは六つの束の内、期日が間近な力仕事のクエストを“全て”掴み、ギルド内から一人、スタスタと出て行きました。
因みに、持って行ったのは20枚くらいの束です。
「……スズカちゃんのお兄さんってもしかして、仕事がデキる男。って感じの人?」
「多分、そうなんじゃないでしょうか……?」
王宮付き執事長、パないのです。
「まず最初は、ここのクエストだね」
ライラさんに案内されること数分。
最初に訪れた場所は、町の薬屋さんです。
現在時刻は午後1時を過ぎたところ。
メニュー画面の端に表示されたデジタル時計のお陰で、時間確認はバッチリです。
「ここでのクエスト内容は、お店の裏方仕事のお手伝い。
毎日討伐隊の人達が頑張ってる関係上、ここのお薬が切れると、最悪人が死んじゃうかもしれないの。
だからここの仕事だけは、毎日欠かさずにやってるんだ」
「なるほど。それはとっても大事なお仕事です!」
「……ただね。ここの店主はだーいぶ偏屈な爺さんだから、なるべく静かに、任せられた仕事にだけ集中した方がいいよ」
「は、はい。がんばり、ます」
へ、偏屈なお爺さんですか……。
ちょっとだけ不安です。
―――カラン、カラン
「ゼパ爺、今日も来た―――」
「―――遅いわああああああっ!! はよ来んかあああああああああああっ!!」
「ひぃっ!?」
ライラさんがお店の扉を開けながら挨拶をした途端。店内の奥の方から、身の竦むような大きな怒号が響き渡りました。
その大声を不意に受けてしまった私は、思わずビックリして、口から悲鳴が零れてしまいました。
「あーはいはい。いつものいつもの。
ちょっとゼパ爺、今日はもう一人追加要員の子がいるんだから、怖がらせないでよねー!」
「本当か! だったらはようそいつも連れて来んかっ!」
「だってさ。じゃ、行こっか」
「は、はぃ……」
既に、若干帰りたくなってきました……。
「はーい、紹介するね。この眉間にしわ寄せながら薬を調合してるのが、ゼパルドさんっていうこわーいお爺ちゃん」
「は、初めまして、スズカです。きょ、今日は、よろしくお願いいたしますす!」
「おう、ゼパルドじゃ。好きに呼べ」
店内の奥に構えられた調合室へと、そそくさと移動した私達を待っていたのは。
そうぶっきら棒に応えながら、忙しない動きで薬を調合する、作業着姿のお爺さんの姿でした。
名前はゼパルドさんというらしいのですが……。
どうやらこちらを見る暇も無いようなのか、振り向くことも無く、とにかくせっせせっせと次々に別の作業をこなし、大量の治療薬を精製していっています。
まさに頑固一徹、職人気質のお爺さん。といった雰囲気で、ちょっと怖いけどカッコいいです。
「ゼパ爺が作る傷薬はねー、どんな傷でも治しちゃうぐらい効き目がいいんだよー」
「嘘を教えるな馬鹿者。わしの腕じゃ、良くて千切れた四肢をくっ付ける程度じゃ」
……それって、物凄く効き目が高い気がするのですが。
「それより、そんな無駄話しとらんで、お前さんは早うその小娘を洗浄して、いつもの作業にかからんか」
「はいはい、分かりましたよー。
じゃあスズカちゃんはちょっとこっちを向いて、じーっとしててねー」
「え、あ、はい」
ライラさんにそう言われ、その通りにじっとしていると。
「はーい、出番ですよー」
!?
ライラさんが私の前にかざすように手のひらを向け、不思議な言葉とともに、その手が虹色に淡く輝き始めました!
な、なにか始まるみたいです。
「精霊さーん、白くて、綺麗にする魔法、お願いしまーす。」
不思議な言葉が進むと、輝きの色が白へと変わり、手のひらの中にすっぽりと納まる小さな魔方陣が、空中に形成されました。
ああ、何かを呼んでいると思えば、精霊さんを呼んでたのですね……。
…………精霊!?
そして魔法!?
「対象はスズカちゃん、一人だけね」
こ、今度は私の頭上に緑色の逆三角のマークが現れました。
あ、その逆三角が今、カッコで閉じられました。
「それじゃあいくよー、《洗浄》!」
そして精霊さん?との会話が終わると、魔法陣が白く光り、私の体も少しだけ淡く光りました。
え? こ、これが、ファンタジー世界で噂のまほ―――
「それじゃあ、後はゼパ爺の指示に従って、お手伝いがんばってねー」
「え? あ、ああの!」
ライラさんは手をひらひらと振りながら、あっという間に更に奥の部屋へと退場。
さっきの魔法らしき現象について、伺う隙など与えさせないかのような俊足です。
「おい、スズカとか言ったな」
「ハイッ!?」
「一々怯えるでない。ライラがすぐ洗浄した薬草を運んでくる。
お主はその運ばれた薬草を、薬研で挽いておいてくれ」
「はい、おお任せ下さいっ!」
最早、事ある毎に大きなリアクション取っていたのでは、到底追いつけない程の加速をつけ始める事象。
と、とにかく早く行動に移さなければ!
……そ、それで、やげんってどの機材の事なのでしょう?
調合室は、理科の実験に使いそうなビーカーや試験管、果てには一度も見た事も無い機材もあって、下手に触ると怒られそうです。
「……薬研は、そこの鉄製の円盤状のヤツじゃ」
「あ、こ、これですね」
……こ、これは!
時代劇のお医者さんが、よく薬草をゴロゴロと挽いてすり潰している、ローラーのアレ!
初めて現物を見ました。感動です。感激です!
「小娘。次に分からぬ事があれば、すぐに聞け。
聞かずに迷っておるのが、一番作業を滞らせる」
「は、はい。分かりました!」
あ、あれ。怒られずに助言をしてくれた……?
……もしかして、私が考えているよりも、ゼパルドさんは優しい方なのでは?
ですけどゼパルドさん。一回もこちらを向いていらっしゃらないのに、何故私の慌てふためいている様子を把握して……。
……謎です。
※2019年1月25日、誤字・脱字・加筆修正