3、それがしー
「主殿、町が見えてきましたぞ」
クマさんの声を聞いて、重たい気分で沈んでいた私は前に目を向けます。
重たい気分の理由は、大体運命式さんが原因です……。
私たちがいる位置はちょうど小高い丘のようになっているのですが、眼下に広がる町並みは、まさにファンタジー世界の中世的な家屋が立ち並んでいます。
見たところ、人口は100人と少しくらいのかなり小さな町。と言った所でしょうか。
町の規模にしては集落程度の人工密度のように見えますが、綺麗な家屋に石畳や町中央の噴水広場など、とても環境が整ったまさに規模を小さくした町です。
あの町に行けば、この世界について何かしらの情報が得られるかも知れませんね。
「これで何とか一息つけそうですね……」
「ええ。ですがこのままの姿で町の中に入るのは、避けた方がいいかも知れませぬ」
「え、それはどうしてですか?」
「主殿、お忘れですか。主殿は今、COAO内で作成された『フェアリーのスズカ』とゆうプレイヤーキャラクターの姿をしておられるのですよ?」
「あ……」
そういえばそうでした。
ただの召喚装置とゆう余りにも悲しい現実を前に、自分が今は妖精さんの姿をしている事について、完全に忘れていました。
「それに加えて某は、端から見れば燕尾服を着た喋る白熊。
COAO内ならまだそれでもちょっとおかしい程度で済まされますが……」
ちょっとで済まされるんですね。
『燕尾服を着た、喋る白熊』とゆう字面がインパクト強すぎて、頭から離れません。
「もし仮に例のメール文に書かれた異世界転生が本当だった場合。
某たちのような物珍しい要素が詰まった組み合わせが町に入れば、それだけで大騒ぎになる可能性もあります」
「そう、なりますよね」
むしろそうならないCOAO内がおかしいのだと思います。多分。
「ですので、ここは安全策をとって“人の姿”になってから町に入りましょう」
……人の姿?
「―――そこで止まれ。お前たちは何者で、この町レーゲンに何の用があって訪れた?
理由を話せない奴はここを通せないのが町の決まりでな。問題が無いなら答えてくれ」
私たちは町の入り口に到着し、鉄鎧を着た衛兵さんに町の来訪目的について問われました。
もちろんこの事態については、事前にクマさんと一緒に相談して対策済みです。
事前の打ち合わせ通り、私の隣に立っていた“燕尾服を着た執事風の白髪の長身男性”が一歩前に出て、この町に訪れた理由について説明し始めました。
「我々はここより遥か北東、人里離れた山奥に根を下ろしていた一族の末裔です。
ですが先日、我々の住んでいた集落が魔物に襲われ、一族の生き残りは私と妹のみに。
生活する上でも厳しくなってしまった私たちは、集落を捨て山を降りる事にしました。
この町に訪れた理由に付きましては、出来れば当面の間の生活費などを稼げる仕事があればと思い、立ち寄った次第なのです」
クマさんの流暢な設定解説は、まさに完璧でした。
今までずっと違和感が凄かった「某」という一人称すら封じた名演技です。
そしてその名演技よりも一番の驚きは、クマさんが“人間の姿に変身”したことでした。
これは私にも言える事なのですが、エクストラスキルの欄に存在する《人化》というスキルを使うと、その名の通り人の姿に変身する事が出来たのです。
そしてクマさんも《人化》スキルを持っていたようで、しかもかなりの美男子さんに変身しています!
「それは気の毒に……。そんなに小さな妹さんに長旅は大変だったろう。
もちろんここは通っていいぞ。
そんでこのまま町の中を真っ直ぐ行って、中央の広場に出たら右手側に宿屋があるから、今晩はそこに泊まるといいぞ」
「これはご親切に、どうもありがとう御座います」
どうやら私たちの考えた仮初の設定話を、衛兵さんは完全に信じ込んでくれたようです。
うぅ、必要な処置だったとはいえ、人の良さそうな衛兵さんを騙す様な真似なんて、罪悪感が湯水の如く湧き上がってきます……。
「にしても、あんな高そうな服着て旅なんて、酔狂な旅人も居たもんだなぁ……」
私たちが町の中に入っていく去り際、衛兵さんが私たちを見送りながらそんな事を呟いていました。
「……やはり、貴族でもないのに執事を付き従えるのは、目立ちますか」
「うーん……、そう、かも知れません、ね……?」
現代日本でも目立つ服装ですし、ファンタジー世界なら執事さんが一般人と一緒に旅をしている姿なんて、かなり悪目立ちそうですね。
因みに私も今は《人化》を使用しており、現実世界の私の姿である小学6年生の竜栄院涼香、そのままの姿に変身しています。
ただ服装だけは、COAOのプレイヤーキャラが着ている、始まりの初期装備一式に変わっていますが。
「それで、これからどうしましょうか。
衛兵さんの紹介してくれた宿に泊まるにしても、私たちが所持しているゲーム内通貨が、この世界でも問題無く使えるのか分かりませんし……」
今現在所有している通貨は、ゲーム開始初期に持たされている100アークのみ。
アイテムなどに関しても、初期装備の始まりの武器・防具一式にお試し用回復ポーションが5本のみ。
後は何も所持していません。
これは、人里に入ってもなお、ピンチな事に変わりありませんね……。
次に私たちが向かったのは、宿屋。……ではなく。
クマさんの提案で町の人たちに場所を聞き、そして辿り着いた先は、冒険者ギルドとゆう場所でした。
何でもクマさんが言うには、「異世界転生でお金に困ったら、真っ先に向かう場所」だそうです。
クマさんは実際に転生した事があるわけではないのに、何故か転生について色々と詳しいです。
どうしてなのでしょう?
クマさんは建物内に入ると、迷う事無く真っ直ぐ奥にカウンターへ進んでいきます。
私も置いていかれないよう、後ろにしっかりとついて行きます。
建物内は少しだけ薄暗く、いくつかの無人のテーブル席が点在しているだけで、人の気配は全くありません。
どことなく、映画の西部劇に出てくる酒場のような、雰囲気がありますね。
ですが、こんな人の居ない場所で、本当にお金を稼ぐ事ができるのでしょうか……。
―――カランカラン
「すみません、ギルド登録をしに来たのですが。……どなたか居ませんか?」
クマさんが置いてあった呼び鈴を鳴らし、無人の受付カウンターを覗き込みながら、人を呼びました。
「留守……で、しょうか?」
「流石に僻地の支部とはいえ、組合員を一人も置かない。とゆうことは無いはずでしょうが……。
すみませーん!」
「―――うん、お客さん?」
クマさんが再び声を張り上げて人を呼ぶと、突然、後ろの入り口の方から、人の声が聞こえました。
その声を聞いて振り返ってみると、そこには、いつの間にか一人の若い女性が立っています。
「失礼ですが、貴方は?」
「私はここの冒険者ギルドの組合員ですけど。あなた達はここら辺じゃ見かけない顔ですね」
「ええ、この町にはつい先ほど着いたばかりでして」
「なるほど。ここに用ということは、もしかして冒険者さんですか?」
「に、なる予定で登録しに来ました」
「ホントですか! それはとても助かります!」
そう喜んだ様子で駆け寄ってきたギルド員のお姉さんは、嬉しそうにクマさんの両手を握って、ぶんぶんと上下に振り回しています。
当のクマさんは、ちょっと困り顔です。
「では早速登録しましょうそうしましょう!
あ、そうです。書類記入時などで代筆は必要でしょうか?」
「お、お願いします」
「よーし、任せてくださーい!」
そう言うと、お姉さんはカウンターの裏に回りこみ、ガサゴソと机の中から登録用紙のような物を取り出して、早速準備に取り掛かりました。
「因みに、そっちの可愛らしいお嬢さんも一緒に登録しますか?
代筆にあたって名前や年齢・職業などの個人情報、加えて必須ではありませんが、ご自身の得意なスキルなどがありましたらご申告ください。
スキルの記載に関しましては、他の冒険者の方々を同パーティー内に勧誘する際に有利に働く場合がありますので、オススメです」
「……この子と相談したい事があるので、少しだけ失礼致します」
そう言い終ると、クマさんが私を小脇に抱え、カウンターから離れた位置へと運搬しました。
突然、何事でしょうか。
「……主殿。召喚時には慌しくて、つい忘れていましたが、某に“名前”を付けて頂きたいので御座るが」
ヒソヒソ声で何の相談事かと思いましたが、ここに来てまさかの名付けイベントです。
ロイヤルバトラー・ベアとゆうのは、名前ではなくて種族名だったんですね。
ずっとクマさんと呼んでいたので気にしていませんでした。
「えっと、あの……。私、それほど名前を考えるとゆうのが得意ではないのですが。
その、それでもいいでしょう……か?」
「もちろんです。我が主殿から直々に名を授けていただけるのです。
例えどんな名であろうとも、某にとって至上の喜びで御座ります」
ああ、眩しい!
その期待溢れる輝く笑顔が、この上なく眩しいです!
い、いいいけません。
余りにもプレッシャーが凄すぎて、体の震えが止まりませんっ!
「あわわわわわ……」
「そ、そこまで気負わなくてもいいのですよ。
ほら、名付けとゆうのはインスピレーションが大事と言いますし。
ここは一つ、パッと思いついた名前でも」
「パッとですか……」
そう言われましても……。
ええっと、名前……なまえ……。
何かきっかけがあれば……、その人の特徴、クマ、白クマ、ゴザル……。
……ハッ!
「―――“レガシー”!」
―――ピシッ
私が思いついた名前を言った瞬間、クマさんの表情が笑顔のまま固まりました。
「……因みに、名の由来をお伺いしても?」
そう私に伺ってくるクマさんの表情は、依然として笑顔のままです。
それはもう、能面のようにニッコリと。
今になって自分が犯してしまった過ちに気付くも、時既に遅し。
場の空気は完全に後戻りできない物へと変わっています。
とゆうか、答えないとKILLされそうです!
コ ワ イ !
笑 顔 ガ 、 コ ワ イ !
「……そ」
「そ?」
「……そ“レガシー”…………………………なんちゃって」
「―――くぅっ!!」
仰ぎました!
クマさんが顔を手で覆いながら、勢い良く天を仰ぎました!
最悪です!
よりにもよってこれから命を預けるパートナーに対して、とても寒いダジャレ的な名前を授けてしまいました!
クマさんの精神ダメージが天元突破です!!
「あ、ああああの、すみません! も、ももっといい名前を考えますので!
前言撤回です!」
「―――いいえ、いいのです! 主殿から頂いた名、確かに我が魂に刻み付けましたぞ!!」
「あ、ああああ! ま、待ってくださぁぁあああいっ!?」
クマさんは天を仰ぎながら、そのまま一歩一歩踏みしめるようにのっしのっしとカウンターに向かって歩いていきました。
あ、ああ……、私の愚かなネーミングが原因でクマさんの名前が……。
「……武士に二言は―――いえ。熊に二言は御座らぬっっ!!!」
完全にクマさん気にしています!
本当にすみませんでした! ごめんなさいです!!
……その後、ギルド組合員のお姉さんは「熊?」と呟きながら首をかしげ、何事もなく登録用紙に“レガシー”という名前を記入されたのでした……。
※2019年1月25日、誤字・脱字・加筆、ギルド員のお姉さんの口調修正