31、三番目の召喚獣さん
召喚によって発生した白い光の柱が次第に消えていき、私の呼び声に応えこの世界へと渡ってきてくれた召喚獣さんの姿が、はっきりと見え始めました。
「―――喜べ! 汝の呼び声に応じて、妾が来てやったぞ!
妖狐・愛狐じゃ! 妾を上手く使うがよいぞ!」
凄まじく豊満な胸を張りながら、ニカッ!と眩しいぐらいの満点の笑顔と尊大な物言いと共に、私達の前に現れた一人の女性。
快活で見目麗しい容貌に、メルシーよりも少しだけ大きめな、160cmくらいの身長。
黄金の小麦畑を連想させる、非常に多いボリュームのある長くふわふわな明るい黄金色の髪。
そしてやっぱり私と共通点として存在する赤い瞳は変わらないのですが、彼女の場合は瞳孔の形が獣のように縦に長く鋭く、鋭く切れ長な目元と長い睫毛とが相まって、目力がとても強い印象を受けます。
そして頭の部分で一番目立つのが、長方形タイプの赤い縁のメガネを掛けていながらも、そこに更に付け加えられているヘッドギアタイプの、下ろせば目元だけを覆う形の赤い半透明のバイザーです。
ヘッドホンのような頭部両側面部の機械からは、後頭部に向けて斜め後ろに羽根のようなアンテナが伸びており、先端部分には小さな緑色のランプが点滅しています。
あ、因みに頭頂部には、もふもふ毛に覆われたキツネ耳が二つ生えています。
服装は白衣を身にまとっていて、内側には現代人風のオレンジ色の縦セーターと、淡い紺のミニスカート。そして足元は黒のピンヒールブーツを履いていらっしゃいます。
それ以外で目立つ所と言えば、首元に掛けられたドックタグと、それを上に乗せるような形になるほど大きなお胸と、凄まじくもっふもふな九本の尻尾でしょうか。
局所的にクマさんモードのレガシーさんをも越えるもっふもっふです。フォックスもっふもふ。
あの尻尾の中に顔をうずめられたら、私はきっと至福過ぎて天に召されてしまうでしょう……!
「な、なんか、随分とうるさくて偉そうなのが来たわね」
「む? 誰じゃ、このアリスチックな愛いロリータは」
「ロリータ言うなしっ!?」
シーナちゃんにとっては、どうやら高圧的な第一印象が不信感をもたらしてしまったようで、ジト目で召喚獣さんの姿を見ていましたが、科学者風の彼女の幼女発言に怒り、高速ツッコミを反していました。
「まあ良い。それよりも状況説明を頼むぞ、召喚者。
汝は助けを求め、妾をここに呼び寄せたのであろう?」
「あ、そ、そうなんです! 今、私達は凄く切迫した状況下に陥っていてですね……!」
彼女のその言葉を皮切りに、私はライフイーターに纏わる状況と、ここがCOAOと言うゲームの中では無い事について、なるべく短く要点だけはしっかりと伝わるよう説明し始めました。
因みに話し始める前、流石にCOAOの事については聞かれてしまうと本当にマズいと思ったので、申し訳ない気持ちで溺れてしまいそうな心境でしたが、私が説明している間は両手で耳を塞いでもらい、内容を聞かないでいただきました。
大丈夫です。シーナちゃんならそう頼めば本当に聞かないでいてくれると信用していますので!
「ふむ、全て把握したぞ!」
「えっ、あの、把握したって……?」
「言葉の通りの意味じゃ。要は、ライフイーターなるスライムもどきを、夜が更ける前に町から一掃出来れば良いのじゃろう?」
「そ、そうなのですけど。ここが異世界と言う事については……?」
「当然理解はしておるし、妾にとっては今更な事じゃからのう」
「そ、そうです……ね?」
な、なんだかとても話が早いお方と言いますか。
メルシーとはまた違った意味で、自分のペースを崩さない。と言った印象を受けます。
「さて、アリスなロリータよ。もう聞いても良いぞ!」
「うん? もう話し終わったの……って、今またロリータって言ったでしょ!」
「嫌ならば、素直に名乗れば良かろうに……」
「シーナよっ!」
「うむ、愛い名じゃな、とても良いと思うぞ!
因みに妾の名はまだ名付けられておらぬからな、そこなもう一人の黒髪ロリータに聞くが良い!」
「私の名前はスズカなのですよ!?」
「ならば妾の主人となるスズカよ、汝の考えた愛のある名を妾に付けて欲しいのじゃ!
呼び名が無ければ、何かと不便で仕方がないからのう!
それに何より、名無しは寂しいのじゃ!!」
「確かに寂しいですけど、今ここで命名するのですか!?」
「うむ!」
さも当然のように頷かれてしまいました!?
「それはとても大事な事なのですけれど、今はそれより急がないといけない事が……!」
「スライムもどきの事など、妾がここに呼ばれた時点で既に解決したも同然じゃ!
故に、汝の最初の務めは、妾に愛のある名を付ける事と言えるじゃろう!」
な、なんとも自信に満ち溢れた様子で断言なされました!
頼もしさが尋常なものではありませんが、命名するまで引かないと言う確固たる意志の篭った目をされているのですよ。
「そ、そうは言われましても、私は名前を考えるのが苦手で。
出来れば何か要望か、自分の特徴などを教えてもらえると助かります」
「要望か、汝の愛さえあれば、どの様な名でも良いぞ!
ただし、妾の尻尾が九本だからと言うても、かの有名な金毛白面の九尾とは、全くの別狐じゃ。
何せ妾は、ただ長い年月を重ねて九尾になったと言うだけの、何の伝説も無い一般妖狐じゃからのう。
妾が凄い妖狐である事には違いないが、それでも妲己&玉藻の逸話の数々には、到底敵わないからな!
妾も大先輩にいびり殺されたくはないのじゃ、だから勘違いだけはせぬようにな! 頼むぞ!!
それで次は特徴じゃったな。妾は人生の殆どの時間を研究開発に注ぎ込んだ、マッドサイエンティストのユニークエネミー。と言う体じゃ。
因みに、この設定は妾が思いつきで考えた物じゃぞ!
故に、妾にサイエンティフィックな話題を振られても、ぜんっぜんっ知らぬから物凄く困る!! 故に、そこも努々注意してほしいのじゃ!」
「な、ナルホド……?」
あれ? この妖狐さん、口調の割りにそんなに凄くは無い方なのでは……?
って、私は一体何を失礼な事を考えているのですか!
彼女は今置かれているほぼ詰み状態の現状を、『その程度』と評していらっしゃいました。
そのような方が凄くない訳がないのですよ!
……うぅ、ですが結局の所、何も参考に出来ませんでした。
それでも、僅かに理解できた要素でちゃんと考えましょう!
えっと、メガネにバイザー、一般妖狐な愛狐、あとはとても饒舌な方で…………。
うーん……、ぐぬぬぬぬ……!
三人目ともなると、私のボキャブラリーの枯渇具合が、砂漠並みに深刻になってきましたっ……!
……こ、候補は一つ上がりましたが、本当に一般人の方のようなお名前なのです……。
とりあえず、普通の名前でもいいか確認してみましょうか……?
「あ、あの。よくあるお名前でも、よろしいでしょうか?」
「うむ。汝が真心と愛を込めて考えた名であれば、例え月並みであろうとも、妾は一向に構わぬぞ!」
あ、普通にOKサインが出ました。
何となくイメージ的に、長くてゴージャス度合いの高い名前を好みそうだったので、ちょっと安心です。
……よし、決めました!
「―――マナ!」
「採用!!」
「早っ!?」
な、なんと言う事でしょうか! まさかの食い気味なまでの一発OKを貰ってしまいました!?
余りにも痛快な決定に、シーナちゃんも思わずツッコミ気味の驚きを見せています。
「あ、あの。名の由来などは聞かなくても?」
「汝の愛が篭っておれば、妾はそれだけで満足なのじゃ!」
微妙に話が噛み合っていない……?
「で、由来はなんなのよ?」
「ええっと、愛狐と最初名乗られてましたし、なんだかとても愛を重要視されていましたので、それで愛と……」
「それはちょっと安直過ぎない……?」
「す、すみません。もう私の頭の中の名付け棚は完全に在庫切れなのですよ……!」
「あぁ……。うん、まあ、本人が喜んでるのならいいんじゃない?」
言い逃れが出来ないほどに安直な名を付けた私に、若干呆れ気味のシーナちゃん。
そしてその安直な名を付けられた本人はと言うと……。
「愛! 愛愛愛愛愛!! なんと尊くも愛い響きの名であるのじゃ!!!
これ程までに妾に相応しく、主人の溢れんばかりの愛を感じさせる名が他にあったであろうか? いや、無いっっ!!!!」
「「…………」」
反語まで使われる程に狂喜乱舞されていました。
そして私達はその光景を見て、内心ドン引いていました……。
……え? そ、そこまで大喜びされるほどにお気に召される名前だったのですか?
マナさんと言うのは割と一般的な名前と思っていたのですが、あれ、違うのですか?
何かがおかしい。
彼女の異常な喜びようを見ながら、そんな疑問に包まれていると、ふと、おかしいと言えば、今まで二度の召喚でおかしくない召喚獣さんが来た試しがあっただろうか? などと、内心どこかで押し留めていた凄まじく失礼な思いが頭をよぎりました。
そうです。私の召喚術は普通じゃないのです。
レガシーさんやメルシーはとてもいい人ではありますが、それとは別におかしな部分は多々見受けられる方々でした。
二度ある事は三度ある。
もしや、この妖狐さんも人の良さそうな方にも思えますが、彼女にもそう言ったおかしな側面が存在しているのではないでしょうか。
その考えに至った私は、以前、夜の報告会の時にレガシーさんが教えてくれた、COAOのメニューを使ってのパーティーメンバーのステータスを確認する方法を思い出し、脳波コントロールで気付かれないようにひっそりと彼女のステータスを確認します。
いえ、まだ普通と言う望みが潰えた訳ではありません。
三度目の正直。と言う言葉もあるのですから、彼女の物凄い喜びようも一過性のもので、ただハメを外してしまっているだけの可能性も…………。
名前:マナ
性別:女性
年齢:多分、億は超えておるぞ!
固体:長生きの愛狐(九尾)
種族:《ERROR》
Lv:1
職業:求職中
HP:65/65
MP:125/125
筋力:03
頑強:07
体力:13
知力:25
精神:17
器用:27
抵抗:09
幸運:《ERROR》
ユニークスキル
《???》
エクストラスキル
《狐火》《変化》
パッシブスキル
《開発術:Lv.1》
アクティブスキル
《修理:Lv.1》《改造:Lv.1》
称号
《妖狐》《本物の妖怪》《時空間渡航者》
《未来狐》《異世界転移狐》《妄信系献身溺愛狐》
《お喋り大好き》《喋らないと死ぬ》《寂しくても死ぬ》
《出逢う事、山の如く》《逃げられる事、星の如く》
《見捨てられる事、那由他を超えてもまだ足りぬ》
《愛を求める獣》《愛に触れたい!》《妾を愛して!!》
あ―――
「―――主人よっ!!」
「ふにゃっ!?」
「出逢って十数分であるにも拘らず、これほどまでに妾の事を理解し、愛してくれるとは……!
これは最早、妾たちは常しえに愛し合うべき、悠久の伴侶となる運命だったと言うても過言では無いじゃろうっ!!! いや、例え幾星霜の時を掛け、那由他を超える言葉を尽くしても、妾たちの愛の深さを言い表し尽くす事など出来はしないのじゃっっ!!!!」
やらかした。気付いた時は、もう遅い。
狂乱絶叫とも言うべき愛が愛して愛愛愛の、神速ラブホールドに囚われてしまった私には、成す術などあるはずも無く。
愛に狂った彼女の熱烈な抱擁にガッチリと拘束され、そのまま摩擦熱で発火でもするのではないかと思う程の頬擦りを一身に受けつつ、メルシーとはまた違った狂気に塗り固められた称号欄に戦慄する私。
そんな私とマナさんの姿を、もはや引く等と言う表現すら生温い程、恐怖一色に染まったシーナちゃんが、這う這うの体で私達から離れ、今だ階段の片隅で静かな寝息を立てているライラさんに縋り付いていました。
シーナちゃんの目は語っていました、『生理的に無理』と。
そんな彼女に、『私も無理なので助けて!?』と、懇願するように私はアイコンタクト送り続けましたが、返ってきた意志は、『ムリムリムリムリ、絶対ムリだし近寄りたくないから絶対イヤッ!!』と言う、首が捥げてしまいそうなほどの必死な首の横振り運動を繰り返し、確固たる拒否の姿勢を
崩す事はありませんでした。
このままではマズいのです。
レガシーさんやメルシーとは、ベクトルが違いすぎるマズさなのです。
メルシーの圧死の危険性に続いて、今度は摩擦死なる奇怪な死に方が差し迫り始めている現状を、一体どうやって抜け出せばいいのか。
異世界に来てまだ一週間足らずだと言うのに、次から次へと目まぐるしく押し寄せ続ける異常非常の数々に、私の小さな脳味噌では到底対処しきれるはずも無く、働かせすぎた思考は最早真っ白に染まりかけていましたが―――
「―――妾を受け入れてくれてありがとうなのじゃ、主人よ!」
「……え?」
彼女のただ純粋なはずの感謝の言葉によって、止まりかけていた思考が、再び動き始めました。
「妾は主人のためにたくさん尽くすぞ! 主人が望むのならなんだって叶えて見せる!
だから主人は安心して妾を愛し、妾に愛され続けていてくれ!」
受け入れて。安心して。
それ自体はただの言葉のはずなのに、私に耳に届く言葉の意味は、表面上とは全く異なった印象のものでした。
「これからどうか末永く、妾の事をよろしく頼むぞ、主人よ!」
彼女の目尻に浮かぶその涙は、端から見れば感涙を流しているようにも見えます。
彼女の満面の笑顔は、端から見れば嬉しさを全面に押し出した、喜びの感情表現のようにも見えます。
だけど、私にはそうは見えませんでした。
何かがおかしい。
そう思ったのは勘違いや気のせいなどでは決してなく、称号欄に書かれていた事の全ては、ただありのまま、言葉の意味ままでしかありませんでした。
受け入れて。
それは、拒まれ続けた者特有の、安堵の気持ち。
安心して。
それは、避けられる事を恐れる、怯えの気持ち。
どうか末永く。
それは、縋るように必死に願う、不安の気持ち。
普通なら馬鹿馬鹿しいと言われるような、曲解とも捉えられてもおかしくはないその考えを、間違いだとはとても思えなくて。
自分に近しいものがあるからこそ、その気持ちに気付いたのかも知れません。
溢れ出てくるその言葉の数々は、妾はこんなに汝を愛せると、だから妾を見捨てないでほしいと、そう必死に主張し続ける悲痛な叫びのようにも聞こえてしまって。
私には、そんな彼女の思いを拒む事なんて出来なくて……。
「……こちらこそ、私なんかで良ければ、これからよろしくお願いしますね」
「っ! ……うむ! 妾の愛に、思う存分尽くされるが良いぞ!」
気づいた時には、私は安心させるように笑顔を作りながら、彼女を受け入れる言葉を口にしていました。
「……ま、マジで……?」
離れた位置に移動したシーナちゃんが、信じられないと言った表情で驚きの言葉を、私しか聞き取れないような小さな声で呟いていました。
本当にどうしちゃったのでしょうかね、私。
妄想とか幻覚とか、考えたり見えちゃったりするようになっちゃったのかも知れません。
ただ、目の前のマナさんの、心の底から嬉しくて笑っていらっしゃる表情を見ていると、なんだかそれでもいいかなって、そう思えてきました。
うん、これはまたまた殆ど開き直りですね。
自分でもビックリなのです。
「それじゃあ、マナさん。まずは最初のお願いとして、ちょっとだけ激しすぎるスキンシップを控える所から、始めて行きましょう」
「っ! す、すまぬ! 妾とした事がつい嬉しすぎて、年甲斐も無くはしゃぎ過ぎてしまった様じゃ、許すがよい!」
そう慌てながらも、マナさんは私の言葉に従順に従い、抱きしめていた手を放して、漸く自由に動けるようになりました。
「全然許してあげちゃうのです。なのでマナさん、ちょっとだけこちらに頭を下げてもらえますか?」
「む? こ、こうか?」
「はい。マナさんは私のお願い事を聞いてくれて、とってもいい子いい子なのですよー」
「っっ!!!??」
今までの尊大な態度は何処へやら。
最早、私の言う事をただ素直に聞くだけの存在となったマナさんは、私の前で一礼するかのように頭を垂れ、その差し出された頭に対し、私は手を添えるようにして優しく優しく撫でてあげます。
すると、彼女はまさか自分の頭を撫でられるとは思っていなかったのか、私の手が頭を触れた瞬間、もっふもふのおキツネ尻尾が一気にピンッ!と伸びきりました。
そして、位置的に横顔くらいしか窺い知る事の出来ない彼女の表情は、目を見開いたまま歯を食いしばり、真っ赤に染まったそのお顔は、なんだか昨日のレガシーさんと同じリアクションにも見られました。
と言う事は、マナさんもいい子いい子がお好きだと言う事なのでしょうね!
「……す」
「す?」
「スズカの頭が、おかしくなった」
「私は全然おかしくなってはいないのですよ?」
「おかしい! 絶対おかしい!! 私のおかしいって発言にツッコミすら入れなかったくらいおかしいっ!?」
そう狼狽しながら主張するシーナちゃんは、こちらに人差し指を向けながら、未だに信じられない物を見るかのような驚きの表情で、こちらを見ていらっしゃいます。
「そんなにおかしいのですか?」
「うん、完全に変! 急に人が変わったようにハキハキ喋りだしたし。
なんって言うか、ライラの家の中で見たような、即断即決してたテンションの高いスズカがずっと続いてるような感じなんだもの」
「だとしたら、今の内にやる事をやっちゃいましょう!
いつ私の電池が切れるか分かりませんしね!」
「いや、う、うん……? まあ、そうね、時間も無いしやるしかないわよね」
「そうなのですよ! みんなで力を合わせて、この難局を乗り越えていくのです!!」
シーナちゃん曰く、テンションのおかしくなってしまった私は、そのまま勢いに任せるようにして気合を入れ直し、私達はライフイーターと言う恐ろしい存在へと立ち向かう事を、改めて決意したのでした。




