30、浮き沈みの激しい子
私の魔眼越しでなければ見えない、ライフイーターと言う紅いスライムのような生物?からなんとか逃げ延びた私達は、昨日魔眼治療のために訪れた領主さんのお屋敷に身を隠すことにしました。
現在は屋敷内の赤い絨毯が敷かれた玄関ロビーにある、二階の部分へと上る階段に腰掛けながら、走り続けて消耗したスタミナを回復するべく息を整えています。
「はぁ……はぁ……、きっつ……」
「シーナちゃん、HPの方は大丈夫ですか?」
「えっと……、体力の方は殆ど減ってないけど、今度は魔力の方がごっそり持ってかれてるし、何より疲れが半端じゃないわ……。
こんなに疲れたのなんて、森で修行してた時以来よ……、はぁ」
「HP以外にも吸収できるんですね……」
「名前詐欺にも程があるわよ、まったく……。
それで、どうやってソイツらに対抗するかだけど。
何をするにしても早くやらないとマズい。多分、時間が無い」
「確かに、行動するなら早い方がいいですよね」
「ううん、違うのよ。私が言いたいのはスズカが思ってることじゃない。
ライフイーターが魔物なのかどうかは分かんないけど、もしそうだったら本当に時間が無い。今夜は満月の日だから」
「満月、ですか?」
シーナちゃんの表情は、いつに無く深刻そうに思い詰めた表情をしていて、今が切迫した事態である事を物語っていました。
「魔物は夜になると、更に凶暴になって強くなるのは知ってる?」
「はい、聞いた事はあります」
「その理由はね、月が夜空に色濃く現れるのが原因なの。
夜の月からは地上に特殊な魔力を発生させる特性があってね、魔物はその魔力の影響を受けると肉体や能力が強くなって、かなり手ごわくなるんだけど……。
その中でも月の魔力が最も強くなる満月の夜は、他の日とは比べ物にならないくらい魔物共の力が格段に跳ね上がって、攻撃方法も凶暴とかのレベルを超えて、完全に死なば諸共って感じの捨て身の特攻しかしてこなくなる。
この現象の事を、『月狂い』って言うの。
ここまで言えば、私が時間が無いって言ってる意味が分かるわよね?」
「分かり、ます……」
つまり、シーナちゃんが言おうとしている事は、あのライフイーターと言う得体の知れない存在が、もしも魔物だった場合。
町の人達に張り付いているライフイーター達が、満月の影響で一斉に月狂い状態になってしまったら、普段は加減しているHPの吸収速度が一気に跳ね上がるかもしれなく、下手をすると、取り付かれている人たち全員が食い殺されてしまう可能性があると言うことになります。
それに、例え魔物じゃなかったとしてもHPを食べている事に変わりはないですし、どちらにしろこのまま手をこまねいていると、取り返しのつかない事態になってしまうのです……。
「ねえ、ライフイーターの移動速度ってどれくらいだった?」
「逃げる時には、一回の動作で20cmくらい進んでいましたけど。
廊下でシーナちゃんに飛び掛った速さを考えると、人が普通に歩く速度より少し速いくらいだと思います」
「それだと、引き剥がしてる間に飛び掛られるのがオチかぁ……。
この町に魔眼持ちなんて私とスズカだけだし、しかも実際に見て触れるのはスズカしかいないし……。
……一応聞くけどさ、戦った事なんて無いわよね、アンタ」
「えっと……、戦いは愚か、叩いたりするケンカすらしたこと無いのです……」
「そうよねぇ。……ホント、あと何人か赤系統の魔眼持ちがいれば、もうちょっとやりようがあるだろうけど、こんな片田舎の町に私とスズカの二人の魔眼持ちが居合わせてるだけでも、割と奇跡に近いからね」
「他の街に救援を要請するにしても、今からじゃとてもじゃないですけど間に合いませんし……」
その言葉を最後に、私達の間に沈黙が生まれました。
それは打開案が思い浮かばない事ゆえの静寂であり、シーナちゃんに到っては、右手で口元を被いながら眉をひそめて目を閉じ、必死に何とかできないかと悩み続けています。
そして、少しの時間が経過したあと、シーナちゃんが何か思いついたことがあったのか、私の方へと顔を向け、独り言を言うかのように彼女は話し始めました。
「ホントこんな時、都合良くどっかから助けを呼べたらいいんだけど」
「そう、ですよね。助けを呼べたらどれだけいいか……」
「確か、どっかにそう言う便利なスキルがあった気がするけど、どんな名前だったけ?」
「? そんな都合のいい物があるのですか?」
「あるはずなのよねぇ。名前が喉元ぐらいまで出掛かってるんだけど。
最初の一文字目は『し』だった気がするんだけど」
「《召喚》ですか?」
「……ああ、そうそう。そんな名前だったわねぇ……!」
「な、何故そんなに何かを必死に我慢をした表情で、私を睨まれているの、です、か……?」
「さぁねぇ、なんででしょうねぇ! それよりも《召喚》使える人いないかなぁっ!!」
「し、《召喚》が使える人………………………………………………あっ」
「(こんだけ露骨に言ってるんだから、もっと早くに気付いてよ、結構恥ずかしいんだからぁぁぁっっ!!!!)」
ちょっとだけ目元に涙が溜めつつも顔を真っ赤にさせながら、消え入りそうな小さな声で魂の叫び声を上げる、金髪緑眼の美少女の姿が、そこにはありました……。
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殆ど万策尽きかけている現状を憂いつつ、シーナちゃんがそこまで露骨にヒントを出してくれたおかげで、本日何度目かのふと気付く(強制誘導)と言うパターンが発生し、自分自身の記憶力の継続しなさ加減に軽く絶望し、その場に崩れ落ちる私……。
そして、私はおもむろに自分のステータス画面を開いて、その忘れていたことについて再確認しました。
パッシブスキル
《運命式召喚術:Lv.3》
うん、上がってますよね、アナウンスありましたし。
……私はなんと言うやらかしをしてしまったのでしょうか。
ある意味では、私の現在の存在意義とも言っても過言では無いほどに重要な、《運命式召喚術》の存在を忘れるだなんて。
この前の情報収集を決心した話し合いの時でもそうでしたが、私って《運命式召喚術》のこと忘れすぎじゃないですか?
何なのでしょうか、まさか先ほど私に似つかわしく無い程に適切な判断を素早く下せた行動の反動だったり……?
自分でもおかしく思えてしまうほどに、召喚術の事について記憶がすっぽりと抜けてしまっていましたし。
本当に、私は一体どうしてしまったのでしょうか……?
「はぁ。ヘコんで跪いてる場合じゃないでしょうが」
ハッ! いけません、確かに自己嫌悪の海に沈むのはまだ早いのです。
とにかく今はやれる事をありとあらゆる手段で試しつくして、絶望的な現状を何とかして打破しないといけないのです!
現在進行形で、シーナちゃんが誘導で疲れて精神が死んでしまったかのような濁った目で目撃中ではありますが、今更バレるとかバレないとか気にしてる場合じゃありません!
と言うか、どう言う理由かは分かりませんが、ほぼ全部バレているような気がしてならないので、凄く今更なのかもしれません!
見てみぬ振りをしてくれている彼女の姿に、感謝と申し訳なさの入り混じった涙が止まらないのです……っ!
とにかく一秒でも早く行動を起こし、迅速に事態を収拾しないとみんなの命が危ないのですよっ!!
「シーナちゃん!」
「ナニー」
「今からする事は全部内緒にしてください、お願いします!」
「分かったから早めにオ願イシマス」
「ありがとうございますスミマセンッ!! ではいきます、―――《召喚》!!」
私は半ば開き直ってしまったかのように、シーナちゃんの目の前で《召喚》のスキルを行使しました。
目の前で虹色にきらめく魔方陣は、広々とした玄関ロビー内を目も眩む様な輝きで埋め尽くし、七色の色彩はやがて魔方陣を囲む円柱状の白い光の柱となり、その中に一つの影を呼び出していきます。
召喚獣さん。どうかお願いします。
私には全然力が足りなくて、町の人達の命を救うためには、まだ見ぬアナタの力に頼るしか方法が残されていないのです。
だから、どうか皆さんを助けて下さい……!!
「―――まあ、良いじゃろう!」
まばゆい光に包まれた屋敷の玄関ロビー。
その中央で輝き続ける光の柱の中。
私の願いに呼応するかのように、辺りに声が響き。
「その程度の願い、いくらでも叶えてやろうではないか!」
とても頼もしい言葉と共に、次第に光の柱が収束していき、三人目の召喚獣さんの姿が現れ始めました……。
すまぬ、本当は今回の話で三番目の召喚獣さんを出したかったのだけれども、入れると一万文字越えそうだったので今回はここまでで。
次回、三番目の召喚獣さんの正体が明らかに!(汗




