29、アカイモノ
文章量的には長いですが、話の区切り的にこうなりました。
七日目のお昼頃。
自宅で倒れてしまっていたライラさんの看病に専念しすぎて、いつの間にか時間が経ってしまっていた、その時。
『―――経験値が一定量に達しました。レベルアップしました』
『一定条件を達しました。エクストラスキル《鮮命眼》を獲得しました』
『パッシブスキル《運命式召喚術:Lv.2》が、レベルアップしました』
「ふにゃっ!?」
まさかのこのタイミングで、私に出来る事が一気に二つも増えるとは思わず、先ほどのデコピンの時に続いて情けない悲鳴をまた上げてしまいました。
あ、あぶないのです。
汗を拭く用のお湯が入っている桶を運んでいる時にアナウンスが突然流れたので、ビックリして落としてしまうところでした……。
「―――どうしたの! まさかライラを襲った奴でも来たっての!?」
二階の廊下で桶を落とさなかったことに安堵していると、私の悲鳴を聞きつけてライラさんの寝室からシーナちゃんが飛び出してきました。
「えっ!? い、いやあの、い、今の悲鳴はですね……」
「一体どうしたのよ、そんなしどろもどろになっちゃって?」
ど、どうしましょう!?
今までは、いざとなればシーナちゃんの見て無い所でレベリングをしていたと、無理に誤魔化す事は出来たかも知れませんけど、今回は完全にずっといた状態で魔眼が発現してしまいました。
シーナちゃんが以前に『レベルを上げれば』と言っていたので、おそらく時間経過に因る自然発生での魔眼発現はなさそうですし、一体どうやってこの事態を説明したら……!?
「はぁ!? もう魔眼発現したって言うの!?」
「あ、あの……、すみません」
バレました。
と言うより、嘘が下手な私が苦し紛れに誤魔化していてもバレるのは時間の問題だと思ったので、大人しく白状しました……。
それに、シーナちゃんにこれ以上嘘を吐くのは、凄く心苦しかったので……。
「いや、別に責めてる訳じゃないわよ。ただ、私が魔眼を発現した時はレベルが20に上がった時だったから、10レベルで発現するのはめちゃくちゃ早いって思っただけだから」
「そうだったんですね……って、シーナちゃん、凄くレベル高いんですね」
「これでも魔物相手の修業は散発的にしかしてないから、スキルの数に比べれば低い方よ。……で、だ」
私の両肩に手を置いてガッシリと掴み、怒るようなジト目で顔をジッと睨みつけてくるシーナちゃん。
は、迫力が、迫力がありすぎて怖いのですよ……!
「……なんでそのこと私に話したのよ?」
「え、えっと、あの……。へ、変に誤魔化してもバレてしまいそうでしたし……、嘘を吐くのも、なんだか良心の呵責が痛むと言いますか……」
「だったら普通に黙ってればいいじゃないのよ!」
「あうっ」
ゴン。と、制裁の軽い頭突きを受け、顔の距離が更に迫ってプレッシャーが凄まじいのです……!?
「スズカが馬鹿正直に言いでもしない限り、そんなもん他人にバレっこないんだから、何か知られてマズい事があったら知らぬ存ぜぬ突き通してればいい話でしょ?
アンタ、ちゃんと分かってる?
自分で魔物倒さずにクエスト達成もしないで、町中で勝手にレベルが上がるって事が、どれほど非常識でヤバい事かって理解してないんでしょ?」
「えっと……、はい」
「それなら今すぐにでも覚えて。
知られた相手が相手なら、最悪命を狙われるレベルで凄い事なんだからね?
特に金持ちとか貴族連中なんかは、家の中でふんぞり返ってるだけでレベルが上げられるなんて情報耳にでもしてみなさい。
そんな奴等、スズカの首にいくらでも懸賞金を賭けて、その情報を是が非でも手に入れようとするわよ!」
「ひぃっ!?」
「私が今注意して伝えたこと、ちゃんと全部理解して覚えた?」
「お、覚えました! もう絶対に誰にも言いません!!」
「ならオッケー、説教終了。そんじゃ早速スズカの魔眼試してみましょ。私も聞いた事のない名前の魔眼だし」
シーナちゃんは私に対して粗方お説教を言い終えると、今まで放っていた怒りのジト目オーラはすぐさま鳴りを潜め、いつもの親しみやすい雰囲気の彼女へと戻っていました。
き、切り替えが凄く早い……!
「魔眼を使うと言いましても、どうやって使えば……。
あ、スキル名を唱えるとか?」
「うん、それでも発動するわね。本当は魔力を操って自分で出力を調節した方が便利だけど、スキル名で発動させてもスキル側が勝手にスズカに一番合った出力に調節してくれるから、何の問題もないわ」
「分かりましたのです。それじゃあ早速……、《鮮命眼》!」
使い方の手解きを受けた私は、ちょっとだけわくわくした気持ちで魔眼を発動させました。
すると、まるでテレビのチャンネルを切り替えた時のようにほんの一瞬だけ視界がブラックアウトし、次の瞬間には辺り一面が夕焼け色に染まった世界の光景が広がっていました。
私はその不思議な光景に心奪われてしまい、ついつい辺りを色々と眺めることに夢中になってしまいました。
「わぁ、凄いのです。まだ日も高い時間なのに、視界に映るもの全てが夕焼け色に染まっています!」
「魔眼って言うのは、発動させるとそんな感じに見える物なの。
私の《深緑眼》も、視界が緑色に染まるわよ」
「そうだったのですね、とっても素敵なのです!」
夕焼けのオレンジ色は個人的に大好きなので、その色に染まった世界をいつでも見れる魔眼さんが使えるようになって、とっても嬉しいのですよ!
「そんで、随分と早くに魔眼が発現した訳だけど。
何か体調悪くなったとか、直感的に気になることが増えたとか、そういう変化はない?」
「変化です……か……?」
夢中になって辺りを見回していた私は、シーナちゃんのその問いかけやっと我に返り、彼女の方へと視線を向けると。
シーナちゃんの体の左胸、ちょうど心臓の辺りに重なるようにして、40cmくらいの紅いゼリー状の何かが張り付いていました。
あれ? こんなプヨプヨしたもの、さっきまでいませんでしたけど……。
もしかして、この子が赤の精霊さんなのでしょうか?
それならさっきまで見えなかったのは説明は付きますけど……、なんだか私が想像していた精霊さんとはだいぶ違う印象の姿と言いますか。
私はてっきり、精霊さんはもっとこう、タンポポの綿毛のようにふわふわとした見た目の存在とばかり思っていました。
これじゃあまるで、ファンタジー系のアニメとかでたまに見かける、スライムさんみたいな感じの紅い水饅頭なのですよ。
「な、なによ、さっきから人の胸ガン見しちゃって」
「あ、いえ。シーナちゃんの左胸の辺りに、スライムさんみたいな紅いモノがくっついていたので」
「すらいむ? なにそれ?」
「あれ、知りませんか? 水をこう、楕円のような形に留めた、半透明のゼリー状の物体の事です。
魔眼越しだと、そのスライムさんの紅いバージョンの子が、シーナちゃんの体にくっついてるのが見えまして」
「うーん……? ちょっと聞いた事無いわね、そんな不気味なヤツ」
意外にもスライムさんのお名前を聞いた事がないと反応を返してきたシーナちゃんに対し、私は言葉に身振り手振りを加えてなるべく分かりやすいように説明をしたのですが、それでも彼女には心当たりが無いご様子でした。
こちらの世界には、一般的にはスライムさんが存在していないのでしょうか?
ゴブリンさんのようにファンタジーで定番の魔物さんがいらっしゃるので、てっきり普通にいるものだとばかり思っていました。
でも、目の前にいるのは紛れも無く紅いスライムさんとしか言いようがない存在ですし……。
もしかしたら、魔眼越しじゃないと見えない所為で、世間一般的には余り認知されていないのかも知れませんね。
「って言うか、そんな得体の知れないものが私にくっついてるのなら、気持ち悪いからちょっと取ってくれない?
スズカの魔眼で見えるのなら、同色のスズカなら直接触れられるはずだし」
「はい、いいですよ。と言っても、結構プニプニしてて可愛い見た目ですよ?」
「見えない私からしたら、気持ち悪い以外の何物でもないわよ……」
あぁ、確かに。実際に見えない人にとっては、よく分からないモノが知らない内に自分の体にくっつかれてた訳ですし、それなら気持ち悪いと思うのも無理はないですよね。
私はそんな事を思いつつも、彼女のお願いの通り左胸の辺りにくっついている紅いスライムさん(仮)を両手でしっかりと捕まえ、そのままよいしょっと引き剥がしました。
案外簡単に取れましたね。もうちょっと強く吸着しているかと思いました。
それにしても、スライムさんは見た目の通りプニョプニョしたとても柔らかい触感で、かなり触り心地がいい―――
『―――[ライフイーター]からの攻撃。1のダメージ』
不意に、頭の中に響く、ダメージを告げるシステムアナウンスの声。
全く予期もしていなかったその一報に戸惑い、一拍の間をおいてしまいましたが……
「ひっ」
その後、小さな悲鳴と共にすぐに我に返り、紅いソレを掴んでいた両手を放しました。
手元から離れたソレは、そのまま重力に従って床に着地し、見た目通りの弾力性と共に、落下によって発生した衝撃を波打つようにして体全体へと伝えていきました。
その姿をただ眺めるように見つめていた私は、今のアナウンスが聞き間違いではないか確認するため、自分のHPとシステムログを表示させる。
HP:04/05
『[ライフイーター]からの攻撃。1のダメージ』
それは何の見間違いでも聞き間違いでもなく、確固たる証拠として今の出来事が現実で起こった事を告げていました。
「スズカ?」
「っ! こっちに来て下さい!」
「え、うわっ!?」
紅いソレ。ライフイーターに完全に意識を傾けてしまっていた私は、シーナちゃんの声を聞いてその存在を思い出すと、言葉を発するのとほぼ同時に彼女の腕を掴み、急いで庇うように自分の後ろへと移動させました。
「ち、ちょっと、急にどうしちゃったのよ?」
「シーナちゃんにくっついた紅いモノを掴んで引き剥がしたら、触れた私のHPが1減ったんです!
それに、紅いモノの名前もライフ・イーターと言う名前で……!」
「え? 体力が減ったっ……て……!?」
いつもの自分では考えられないほどに滑らかに言葉を紡ぎ、自分の身に起こった事について要点だけをまとめ、簡潔的にシーナちゃんへと説明をする。
それを聞いた彼女は、最初こそ私の二度目の急変っぷりに戸惑いつつも、すぐさま状況を理解したのか、自分のギルドカードを取り出して、カードに付随している自己ステータスを確認できる機能を使い、確認を取り始めました。
「……減ってる。私の体力も減ってるわ!」
「今日は、ダメージを受けた覚えは何もありませんよね?」
「うん、ダメージを受けた覚えはないけど……。
自分のステータスなんて、経験値が入るような行動を取った時にしか見てないから、全然気づかなかったわ……」
気付かなかった。と言う彼女の様子は真に迫るものがあり、本当に考えも付かなかったと言う表情を見せつつも、ライフイーターについて考えをめぐらせている様子でした。
目の前にいるその存在。
良く見てみれば、床に落ちたままのソレはとてもゆっくりとではありますが、私達の方に向かって這うように進んでいました。
その事実を確認した私は安全のために廊下の奥の方、ライラさんの寝室のドアの前までシーナちゃんと一緒に後ずさります。
ライフイーター。
その名の意味を汲み取れば、生命を食らう者。
私にとってHPは命を表す数字その物。
たった1とは言えど、それがライフイーターによって減らされたと言う事は、私はあの短い接触時間の間にHPを食べられてしまったと言うことに他ならないのです。
うぅ……、何を平和ボケしているのですか私は……!
自分でスライムと例えておきながら、私でも知っているくらいの魔物の代名詞の一つだと言うのに、見た目の可愛さに騙されて、油断して素手で触るだなんて。
でも、今は自分の迂闊さに後悔してる場合ではないのです。
それよりも早く、目の前のライフイーターに対して何か対策を講じないと。
いくら動きが緩慢だと言っても、私にしか見えず触れない存在をそのまま放置しておくわけにはいきませんし……。
「とにかく、何か入れられる物の中に閉じ込めて、逃げないようにしませんと……」
「無駄よ。魔眼でしか見えないって事は、精霊と同じ性質を持ってるって事だし。
精霊はその気になったらいくらでも壁とか天井とか自由にすり抜けられるから、そのライフイーターってヤツも同じ事が出来る可能性が高いわ」
「それじゃあ、せめてライラさんを別の場所に運んで…………」
ふと、そこまで言いかけて、一つの可能性について今更ながらに気が付きました。
何故今までその事を思いつかなかったのかと、自分を責めながらも、私は急いで寝室のドアを開いてその中へと入っていきます。
「っ! やっぱり、ライラさんにもライフイーターが取り付いています!」
「はぁ!? まだ他にもいるって言うの!?」
私の告げた事実にシーナちゃんは驚いていましたが、それよりもマズい事態が目の前に待ち受けていました。
そのマズい事態と言うのは、ベッドの上に眠っているライラさんの頭、左胸、右脇腹の各箇所に、ライフイーターが合計3体も取り付いていると言う光景が広がっていたのです。
考えてみれば、真っ先に思いつくべきだったんです。
何もライフイーターが一体だけしか存在しないだなんて、誰も言ってはいないのですから。
一体に取り付かれただけで、シーナちゃんは体がだるいと言っていたんです。
それよりも、もっと酷い症状で倒れていたライラさんなら、複数体取り付かれていてもおかしくは……。
私はそこまで考えて、はたと気付きます。
私は今日、一体何人の疲れている人を目撃したのかと。
その恐ろしい推測に至ってしまった私は、全身から見る見るうちに血の気が引いていくのを自覚していきます。
考えが飛躍しすぎている。と、言えなくもありませんが……。
けれども、一度悪い方向に傾いてしまった思考は、中々元に戻す事は出来なくて……。
駄目です。今はそんな事を考えている暇はありません。
とにかく、今は一刻も早くライラさんに取り付いているライフイーターを引き剥がさないと。
考えるのはその後でも十分に間に合うはずです!
「シーナちゃん! 私がライフイーターを引き剥がすので、私とライラさんに回復魔法をお願いします!」
「はぁ、分かったわよ。まったく、体力低いくせに無茶しようとして……」
私のある種捨て身とも言える提案に飽きれ返りつつも、ライラさんの元へと近付いていく私の後ろにしっかりと付いてきてくれるシーナちゃん。
迷惑をかけている自覚はありますが、それでも私がやらなければ、ライラさんはまたライフイーターにHPを食べられてしまいます。
だから、それだけは無茶をしてでも阻止しないと。
それから私は、シーナちゃんから回復魔法を受けつつ、ライラさんの体から3体全てのライフイーターを取り除きました。
引き剥がしたライフイーターは、不用意に外に投げ捨てたりすると他の人に取り付く可能性があるので、その場凌ぎでしかありませんが部屋の離れた片隅にまとめて放置しました。
ゆっくりと、そして確実にこちらに近付いてくるその姿は、最初に思った可愛らしいと言う感想は今では微塵も無く、私にはもう、ただ血の塊が独りでにうごめいて這い寄ってくる、おぞましい化物の姿にしか見えませんでした……。
それに、どうやらライフイーターはただHPを食べている訳ではないようなのです。
その独特の肌触りのする体に何度も触れていた事で分かった事なのですが、接触時にHPを食べる際、同時に私のスタミナのようなモノも奪っているらしく、ベッドと置き場をたった三往復しただけで、その場に膝を突いて激しく息を切らせてしまうほどに、体力を消耗してしまいました。
多分、私のHPとスタミナの最大値が凄く少ない所為でそんな事態になってしまったのでしょう。
いつからかは分かりませんが、私よりも確実に長く取り付かれていたシーナちゃんが体がだるいと言う程度で症状が収まっていますし、レベルすら一回り以上離れている彼女なら、きっとHPなどの最大値もずっと多いでしょうからね。
そして先ほど私が言いかけた通り、シーナちゃんが背負う形でとにかくこの場から離れようとした、その時。
「っ!」
「今度は何!?」
「ライフイーターが近付いてくる速度が、さっきより早くなって……」
「逃げようとしてるの察知したって言うの?
ったく、いいから早く逃げるわよっ!」
その言葉と共に寝室のドアを開け放ち、シーナちゃんが室外へと出た途端、廊下にそのまま放置していたライフイーターの一体が彼女へと飛び掛り、顔面に張り付いてきました。
すると、彼女は途端にその場で膝を着き、あっという間に青ざめた苦しそうな表情へと変わっていってしまいました。
「ぅっ……!?」
「シーナちゃんから離れてっ!」
声にならない呻き声を、かすかに洩らすシーナちゃん。
突然の事でライフイーターの飛び掛りを阻止できなかった私は、慌てて彼女の顔から引き剥がし、寝室の中へと放り投げます。
「けほっけほっ……! ごめん、助かった……」
「大丈夫ですか、動けますか?」
「まだ動けるけど、何かを一気に持ってかれた感じで……。
もしかしたら、今まで吸収を加減されてただけかも……!」
「そんなっ。……いえ、それよりもとにかく逃げましょう!」
そのまま私達は駆け出すようにして家の中から逃げ出し、町中を走り続けましたが……。
「シーナ、ちゃん」
「はぁ、はぁ、な、何よ。正直、これ以上聞きたくないんだけどっ」
「すれ違った人、全員、取り付かれてますっ!」
「ああもうっ、聞きたくない聞きたくないっ!」
その道中の間、何人かすれ違った住民のみなさん全員の体。シーナちゃんに最初取り付いていた時と同じ左胸の部分に、ライフイーターがそれぞれ取り付いていました。
取り付かれているみなさんの表情は、かなり疲れている人もいれば比較的平気そうな人もいて、先ほどシーナちゃんが言っていた『吸収を加減されている』と言うのは、本当に当たっているのかも知れません。
「出来るだけ、人のいない場所へ向かいましょう!」
「はぁ、はぁ、じゃあ、昨日の屋敷に行くわよっ」
「はい!」
下手に人がいる場所に留まっていると、再び取り付かれる可能性があったため、私達はこの町の中で一番人気の無い、領主さんのお屋敷へと向かうことにしました。