28、デジャブ
いつもなら冒険者ギルドに既にいるはずのライラさんが、今日に限っていない事に不安を覚えた私とシーナちゃんは、ライラさんの家に様子を伺いに向かうことにしました。
先行して向かってもらったシーナちゃんの後を追い、私も木工品店の隣にあるライラさんの家にまで走って到着したのですが……。
辿り着いた先に待っていたのは、二階の窓の淵に腕の力だけで懸垂状態を維持し、家の中を覗いている不審者の姿でした。
「……あの、シーナちゃん。いったい何をなさっているのでしょうか?」
「あ、やっと着たわね。なにって、いくら玄関のドア叩いても返事が無かったから、部屋の中覗いて居るかどうか確認してるのよ」
「そ、それでも、二階の窓に支え無しでぶら下がるのは、とても危険だと思うのです……」
「べーつにこのぐらいの高さなら、頭から落っこちても20ぐらいしかダメージ受けないわよ。よっと!」
彼女はそう大した事でも無さそうに語りながらも、ぶら下がっていた窓枠から手を離し、軽々と地面に無事着地しました。
すみません、私だとそんなダメージ受けたら4回ほど死んでしまいます……。
「でも、どうしましょうか。ここからだと流石に中の音は聞こえませんし、不在なのか倒れて反応を返せずいるのか判断が付け辛いのです」
「倒れてる前提で話し進めてるけど、ライラだからねぇ……。
まあ、どっちにしろここで考えてても埒が明かないし、とっとと中に入っちゃうわよ」
「え、玄関の鍵が開いていらっしゃったのですか?」
「うんにゃ、ライラが家の戸締り怠るわけないじゃない」
「それじゃあ、どうやって中に?」
「こうやって―――」
シーナちゃんはそう言うと、玄関のドアの前に立ち。
「―――開けるのよっ!」
―――バァァンッッ!!!
言葉が先か、行動が先か。
シーナちゃんはその場で華麗に一回転の捻りを加え、玄関のドアに向かって素晴らしく美しいフォームからの後ろ回し蹴りを放ち、その衝撃をモロに受けたドアはバラッバラに粉砕されてしまいました。
「…………」
「はい、スキル《可憐一蹴》でしたとさ。んじゃ、さっさと中に入るわよ」
絶句。
ただその一言に尽きる光景に私が唖然と立ち尽くしていると、シーナちゃんはまるで何事も無かったかのようにズカズカと家の中へ入っていきます。
「……ハッ! しししシーナちゃんっ!? 流石に器物損壊と不法侵入はマズいのですよっ!?」
「そんな固い事言ってる場合じゃないでしょ、人命優先よ人命。
ドアくらい私がいくらでも作ればいいんだから」
「そそそう言う問題じゃなくてですねっ!? ああ、待って下さいなのです!」
ライラさんの家の中、一階。
不法侵入も構わず何も気にせず家捜し紛いの探索を始めるシーナちゃんの後ろに、私は申し訳ない気持ちを抱きつつも付いていきます。
「一階には居なさそうね」
「二階からかすかな呼吸の音が聞こえます。だいぶ弱々しいのですけど」
「は? そんなの私には聞こえないんだけど」
「私、耳だけは良いので……」
「意外な特技ねぇ。地味に凄いわよ、それ」
「ありがとうございます」
「そんじゃ、二階に行きましょ」
シーナちゃんに私の唯一の取り柄を褒められつつ、私達は二階へと続く階段を上っていくと……。
「ライラさんっ!」
「ホントに倒れてるし……」
階段前の廊下の柱に寄りかかる形で力無く座り込んでいる、ライラさんの姿がそこにはありました。
表情も昨日以上に血の気の無い、本当に死人のような青白い顔をしていて、私が慌てて駆け寄って彼女の手首に指を当て脈拍を測りましたが、その触れた肌はかなり冷たく、脈拍も弱々しくて呼吸も殆どしていません。
気を失っているようで、彼女からは何の反応も返ってこず、事態は一刻を争うほどに差し迫ったものであると告げていました。
「シーナちゃん、ライラさんをベッドまで運んで様態を視ていて下さい。
私は急いでゼパルドさんを呼んできます!」
「任せて!」
余りにも急を要する事態に、逸早く今何をするべきか判断を下すことが出来たことに自分でも驚きつつも、私の足は既にゼパルドさんの薬屋さんへと向かって駆け出していました。
「―――過労。と言うには、些か以上に体力が削れ過ぎておる。
この状態は、何かしらの外的要因がもたらした故意の産物。と視て間違いないじゃろうな」
ライラさんの自宅、二階の寝室。
あれから私は薬屋さんを尋ね、そのままゼパルドさんに急いで家まで来てもらい、ライラさんの様態を詳しく診断を行ってもらったのですが……。
ゼパルドさんが下された診断結果。それは、私が予想もしていなかった事実を告げるものでした。
「外的要因って、誰かがライラに何かしたって事?」
「そう言う事になるが、見たところ目立った外傷も見られんし、何かやったにしても通常とは違う特殊なやり方で、ライラの体力だけを減らしたんじゃろう」
「スキルとか魔法の類って事ね……。まあ、なんにしても、肝心なのは何処のどいつがライラを狙ったって事だけど」
「それはワシには分からん事じゃ。とにかく、今は虎の子のの高位回復薬を与えたから様態は一時的に安定はしとるが、この調子じゃあまたいつ体力が減り始めるか分からん」
「分からんって、状態異常とかにかかってる訳じゃないの?」
「違うな。体力の減り以外は特に異常は見られん。
ったく、あの馬鹿男爵が医者も薬も抱えて逃げ出しとらんかったなら、もう少しマシな処置もできたと言うに……。
とりあえず、ワシは一旦店に戻って高位回復薬の代用品を用意してくる。
すまんがその間は、お前さんらにライラの看病を頼んでもよいか?」
「最初からそのつもりだったし、私は全然オッケーよ。
スズカは……。まあ、聞かなくても同意見だろうし、私達に任せておいて」
「おう、任せるぞ。……スズカも余り気に病みすぎるな。
そんな落ち込んだ顔をしとったら、ライラが目を覚ました時に逆に心配かけてしまうぞ」
「……はい。すみません、なのです……」
「はぁ、こっちも重症ね……」
顔色も少しだけよくなり、静かな寝息を立てながらベッドの中で眠り続けるライラさんの傍ら。
私はそこで彼女の手を自分の両手で包み込むように握り締め、少しでも早く体調がよくなるよう、ただ必死に祈り続けていました。
祈っただけで状況が良くなるとは思えません。
でも、それでもなお、彼女の様態が良くなるように、ひたすらに祈り続けます。
ただただ、それだけを望んだ祈りを……。
「おりゃ」
―――バシンッ!
「ふぎゃっ!?」
『[シーナ]からの攻撃。3のダメージ』
診断が終わり、ゼパルドさんが立ち去ってから幾許かのときが過ぎ去った頃。
私が一人、一意専心一心不乱の祈りを捧げ続けていると、まるで看病の邪魔と言わんばかりに、私の額を弾く快音と共に鮮烈な痛みが走り、私は思わず変な悲鳴を上げながら上体を大きく仰け反らしてしまいました。
「うわ、よっわ。最大限加減したデコピン一発で体力が3も減るとか、どんだけ貧弱な体してるのよ」
「ううぅ、凄く痛いのですよぉ……!」
余りにも唐突なシーナちゃんのデコピン攻撃を受け、額を手で押さえながら慌てて自分のステータスを確認すると……。
HP:02/05
彼女の言っていた通り、本当に私のHPが3減っていました。
「あわわわわ……。私のなけなしのHPが、風前の灯になってしまったです!?」
「まるでアンタの方が、祈ってるポーズのまま息の根止まってるんじゃないかって思うぐらい全く動かなかったけど、これで多少は目が覚めたでしょ?」
「確かに、これ以上ないほどに目は覚めましたけども。このままじゃ私、コケて転んだだけで永遠に眠り続けてしまうのですよ!」
「いや、ごめんって。ちゃんと回復してあげるから、《ヒーリング》」
あ、シーナちゃんの回復魔法のおかげでHPが全回復しました。
まさか異世界に来て初めてのダメージを与えてきた相手がシーナちゃんになるとは、思いもよりませんでしたよ……。
「まあ、ちょっとだけやりすぎちゃったけど、その事はこっちに置いといて……。
祈るのもいいけど、ちゃんと看病も手伝いなさいよね。
ほら、最初ライラを見つけて咄嗟に私に指示出した時は、結構カッコ良かったじゃないの」
「あ、あの時は、早くなんとかしないとライラさんが死んじゃうと言う気持ちで頭がいっぱいになってしまって……。
自分でも、どうしてあんなにすぐ動けたのか、よく分からないのです……」
「ふーん……。じゃあ、スズカはもしかしたら、追い詰められると本気を出せるタイプなのかも知れないわね」
「そう、なのですか?」
「さぁ? かも知れないって私が思っただけで、なんの確証も無いただの感想よ。
だけど、それでもあの時、スズカが実際に動いて咄嗟に最適な判断を下したのは事実だし。
それになにより、朝にスズカが直感を働かせて様子を見に行こうって話の流れになって無かったら、倒れてるライラを発見するのが遅れて、本当に死んでたかも知れなかったわ。
だから、ちゃんと自信持ちなさいよ。
ライラの命を救えたのは、間違い無くスズカのおかげなんだからさ!」
私の頭を優しく撫でながら、嬉しそうな表情でそう語るシーナちゃんの姿に、私の心はなんだか温かな気持ちで包まれていくような、そんな気がしました。
「ありがとうございます。なんだか、元気が湧いてきました」
「そうそう、その調子その調子!」
「でも、なんだかとってもヒドいデジャブ感じます」
「? どうゆうこと?」
「昨日の夜に、私が成果を上げられなくて落ち込んでいた時、メルシーも慰めてくれたのです」
「うげっ、白雪姫も同じことしてたの!?」
「シーナちゃんは、メルシーの事が苦手なのですか?」
「べ、別にそう言う訳じゃないけどさ……。
なんかこう、近寄りがたい雰囲気って言うのがあって……」
珍しいのです。
いつもどんなことに対しても事も無げに話すシーナちゃんが、どもった上に何かをはぐらかそうとして目線を逸らしています。
なんとも貴重な姿が見れたのですよ。
「まあ、白雪姫の事は今はいいのよ。それよりも私達は、ライラの看病をしっかりとこなさないとね!」
「そうですね、いつ容態が変わるか分かりませんし、気を引き締めて看病に当たりましょう!」
シーナちゃんの露骨な話題逸らしに敢えて乗りつつも、私達は自分に課せられた大事な責務を果たすため、二人で交互に交代しながらライラさんの看病に努め始めました。
彼女にも、苦手な人っていたんですね。ちょっと意外なのです。
そして、それからいくらかの時間が過ぎた、その時―――
『―――経験値が一定量に達しました。レベルアップしました』
『一定条件を達しました。エクストラスキル《鮮命眼》を獲得しました』
『パッシブスキル《運命式召喚術:Lv.2》が、レベルアップしました』
今まで赤い軌跡を見せるだけに留まっていた魔眼の発現と、新たな召喚獣さんとの出会いを告げるシステムアナウンスが、私の脳内に響き渡りました。




