表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/34

23、おやすみ女死会、またきて甘味


「あ”~……、なんか今、自分が人間としてダメになって行くのが、じわじわ感じ取れてる……」


「あぁ……、うん。なにかもう、なにかがなにかで、あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”……。考えるのも面倒くさくなってきた」


「堕落は一度味わうと止められない、禁断の果実なのですよ……」



 開幕から人間として色々駄目な発現を洩らしつつ、テーブルに突っ伏して頬をぷにょーんとだらしなく押し付ける、(ライラ)(シーナ)(スズカ)の娘達。


 ……いえ、まあ、私達の事なのですが。



 六日目のお昼。


 前日のお米姫(メルシー)救世主伝説(だいかつやく)のおかげで、討伐隊の皆さんが全くお怪我をなさらなかった事もあり、連日休む事無く続けられていた傷薬の生産体制に、ついに休日と言う物が発生しました。


 要は、怪我人も出なかったので傷薬も前日の分が丸々余り、今日は作らなくてもいいとの事です。


 どうやら深緑草の傷薬は、容器を何度も開封しなければ、スキル《保存》の効果で最長3日は持たせられるようです。


 3日。と聞くと、保存期間が短い気がしてしまいますが、大量の容器に《保存》を掛ける都合上、ライラさんは相当効力を抑えて力の節約を図っていたらしく、全力で精霊術を行使すれば最長一ヶ月ぐらいまで期間を延ばせるらしいです。


 まあ、その場合は4、5回ほどで力を使い果たして、泡を吹いて倒れる自信があると、本人(ライラさん)からの自己申告がありましたが……。



 と言うか、流石に泡は吹いていませんが、現在も倒れてるのと似たような状態ではあります。



「これがいわゆる、『緊張の糸が途切れる』と言う物なのでしょうか。

 一度気が抜けると、疲れがどっと押し寄せて来ました……」


「「分かるわ……」」



 冒険者ギルド内の飲食スペース。

 そこの丸テーブルでだらけ切っている私たち三人は、実質休日になった今日でもここに集まった理由は、一応あります、一応。


 その理由と言うのは、私達は休めても、レガシーさんとメルシーを含む一部の討伐隊の人達は、今日も討伐に出かけているからです。


 身近にそんな、命を賭けて今日も頑張っている人達がいるのに、私達だけが休んでいるわけには行きません! と、意気込んでお馴染みのクエスト3点セットコースを巡ろうとしたのですが……。


 ゼパルドさんには、『休める時に休むのも仕事じゃ』と言われ、狩猟小屋には仕分けるべき今日の分の薬草が無く、木工店では入り口の前でシーナちゃんが白目を向いて気絶していました。


 因みに何故気絶していたのかと聞いたところ、『子供は遊ぶのが仕事だろう』とママさんに言われて、店内から締め出されたそうです。

 絞め技的な意味で……。


 肉体言語家族、コワイ……。



 まあ要するに、やる気はあっても周りが働かせてくれない状況になってしまい、それで私達三人ともギルド内で途方に暮れて、次第に何か今まで塞き止めていたタガのようなものが外れてしまい、結果としてだらけるダメ人間が三人前出来上がってしまったと。


 完全に意気込みが空回りして、最低な結果に落ち着いてしまいました。



「だるい……」

(うつ)い……」

「眠いです……」



 ダメです。駄目なのが分かっているのですが、口から勝手にダメな言葉が溢れ出てきます。


 最早ダメ人間と言うより、ダメという概念が人の形を成している。と形容した方がいいかも知れません。



「そんな三人揃ってアンデッドみたいに呻くぐらいなら、普通に家で休んだ方がいいと思うんだが」



 そんな風にダメと言う言葉をゲシュタルト崩壊させかけている私達の元に、聞いた事の無い一人の男性らしき声が掛けられました。



「やだ……」

「動きたくない……」

「ここで一生を遂げるのです……」


「いや、ここで往生するなよ」



 声はかけられましたが、誰一人テーブルに突っ伏した状態から動こうとしません。

 普段無理をしてでも頑張っていた分、タガが外れてしまった今の反動は、ちょっとやそっとでは収まりそうにありませんでした。



「しょうがないなぁ、これでも喰って元気出せって」



 そう言って男の人がよく分からない空間から中身の詰まった大きな袋を取り出し、テーブルの上に置かれました。



「甘い……匂い……!」

「お菓子っっっ!!!!」



 ライラさんとシーナちゃんは、袋の中から甘味独特の甘い匂いを嗅ぎ取ったのか、物凄い勢いで袋を掴み取りました。

 特にシーナちゃんの食い付き加減が、最早飢えた獣の類を連想させるほどの獰猛な動きです。


 袋の中身は、どうやらクッキーのようでしたが、その二人のその余りの勢いに呆気に取られ、私は完全に出遅れてしまいました。



「あまぁ~い! すっごく美味しい!」


「モグモグ……数ヶ月振りに……モグ……食べる……モグ……砂糖(クッキー)は……モグモグ……やっぱり格別ね…………モグモグモグモグ」



 シーナちゃんの頬が、半ば頬袋にひまわりの種をありったけ溜め込んだハムスターの如く膨らんでいます。

 遠慮という言葉を概念ごと捨て去ったかのようながっつきっぷりで、見ているだけでお腹がいっぱいになりそうです。



「あの、こんなにいっぱい戴いてしまって、よろしかったのでしょうか?」


「うん? 気にしないでいいぞ、おかわりならまだまだたっくさんあるからな!」


「あ、あの、そうではなくてですね……」


「お前も遠慮しないで食っていいんだぞ? 疲れた時には甘い物が一番だからな!

 なんなら粉ジュースとかもあるぞ!」



 金髪碧眼の王子様のような傾国の美青年は、輝く様なとてもいい笑顔で人の話を聞きません。


 この人もレガシーさんタイプの人なのでしょうか、イケメンは話を聞かないと言う共通点があるのかも知れません。


 と言うか、この王子様(仮)さんはどなたなのでしょうか?

 何故そんなにも空中からクッキーの詰まった袋を複数取り出しているのですか。

 しかも粉ジュースって……。



「スズカもボケーッとしてないでいっぱい食べないと、次いつ食べれるか分からないわよ! モグモグモグモグ……」



 シーナちゃんが完全に食い貯めの体制に入っています。

 遠慮さん急いで帰ってきてください、シーナちゃんには貴方の存在が必要です。


 ……えっと、さっきからライラさんや王子様(仮)さんからも「食べないの? 食べようよ。 食べた方がいいよ!」と言う力強い視線が痛いので、とりあえず一枚だけ……。



「……」


「どうしたの、そんなクッキーをまじまじと見つめちゃって。

 あ、もしかしてスズカちゃんって、甘いの苦手なタイプ?」


「え? あ、いえ、そうではないんですけど……」


「ないけど? モグモグ」


「前にお菓子を食べたのは、いつ頃だったかなぁ。と、思って……」



 どれぐらい前だったでしょうか?

 ちょっと前過ぎて、ちゃんと思い出せませんね。


 確かお父さんやお母さんが生きていた頃は、よく作ってくれて食べていた気がしますけど……。

 そうなると、大体7、8年ぐらい前でしょうか?


 なんだか、とても懐かしいのです。



「では、いただきます」



 お母さんの教えの通り、食べ物をいただく前に食材への感謝の言葉と祈りをしっかりと捧げ、クッキーを口にします。


 あぁ……、クッキーってこんな味してましたね。

 サクサクの生地の食感、一瞬の塩気のあとに広がる砂糖の甘さが久しぶりすぎて、それが甘みだと理解するのに少し時間がかかりました。


 一人時間差の旨味、甘くて美味しいです。

 美味しいのですけど、すみません。


 地球では、長らく同じ物しか食せない生活をしていましたので、美味しい食べ物に対する味のリアクションを忘れてしまって……。


 甘い物と言えば、お米の甘みくらいでしたし。



「とても美味しいのです」


「そうかそうか! 食いたいだけ食っていいからな!」


「はい、ありがとうございます」



 王子様(仮)さんのご好意に甘え、クッキーを食べて英気を養った私達は、とりあえず精神的にはダメ人間モードから脱却することが出来ました。


 ただ……。



「ライラ、顔」


「へ?」


「ホントにアンデッドみたいな、かなり具合の悪い色になってるわよ」


「え”、ホント?」


「ホントホント」



 シーナちゃんに顔色を指摘され、ライラさんが手鏡を取り出して自分の顔を確認し始めます。


 精神的な疲労は甘味で癒せても、やはり毎日のように蓄積された肉体的疲労は、癒せませんよね。



「そんなに疲れちゃって、はいはい《ヒーリング(いつもの)》《ヒーリング(いつもの)》」



 シーナちゃんは『しょうがないなーもう』と言わんばかりの苦笑いを浮かべながら、ライラさんに向かって両手をかざすと、ライラさんの体が淡い緑色の光に二回ほど包まれました。


 すると、今まで疲労感が顔に出ていた彼女の表情が、見る見るうちに精気を取り戻していきました。



「ら、ライラさんが、いつものライラさんへと……!」


「へー、ちみっこいのにもう回復魔法に詠唱改変まで使えるのか、すげーな」


「超!天!才!(に、なる予定)だからね!!」



 すっごい得意げな表情でビシッ!と力強く親指を立ててサムズアップをするシーナちゃん。

 必ず普通の人は聞こえないぐらいの小声で、しっかりと予定と言うその謙虚さ、私は大好きですよ、うん。


 と言うか、ちゃっかり王子様(仮)さんが席に座って、私達三人の女子会に違和感無く溶け込んでいます。

 これが噂のスイーツ男子(?)と言う方なのでしょうか。

 女の子を甘味と甘いマスクで篭絡させるその手練手管、やはりイケメンさんは油断なら無いのです……!


 因みに私にはその手段は通用しないのですよ。

 何せ、食生活の所為で舌がお馬鹿さんになって、美味しいか美味しくないか以外に味の判別が付きませんし。


 男性と言う存在は、お父さん以外はテレビの向こう側の存在でしかなかったので、例えイケメンさんでも私には架空の人物にしか思えないので、魅了はされないのです!


 憧れはしますけど! 凄くかっこいいなぁとは思いますけど!!



「ジー…………」


甘味王子(クッキー)さんをそんなにじっと見つめちゃって、どうしたの?」


「いえ、なんでもないのです。昔お友達さんに、『露骨なイケメンには、全身全霊を賭して警戒しなさい』と教えられただけなのです。

 じゃないと、『若い内にツバ付けられて、成長したら食われる』と脅されて、凄く怖いとか思っていたりなんかしないのです……!」


「え、甘味王子(クッキー)って女が主食なのっ!?」


「人聞きの悪いこと言うなってのっ!?

 って言うか、お前のニュアンス絶対に人食いって方の意味だろ!

 あと、俺は甘味王子(クッキー)じゃなくてイルシオンって名前がちゃんとあるってーの!」


「えー、イルシオン長い。甘味王子(クッキー)でいいじゃん、呼びやすいし」


「右に異議無し」


「左に異議無し、なのです」


「差し入れ持ってきただけなのに、俺の扱いあんまりじゃないかっ!?」



 因みに、甘味王子(クッキー)さんが私の全霊警戒網の解除に成功したのは、小一時間ほど経って真面目な話題を話し始めた頃でした……。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ