19、とうばつ・おん・ざ・らいす!
休息から帰還、ただいまでーす。
―――《side:レガシー》―――
時刻は昼過ぎ。
私とメルシーは、レベリングのために町の南口から外部へと出て、街道沿いを走りながら移動し、魔物と遭遇した際にはその都度撃破を繰り返していく。
最初の予定では、町周辺で数体の魔物相手にメルシーの戦闘能力がどれ程なのかを計り、レベル上昇と共に徐々に魔物が多い方へと向かうつもりだったのです、が。
少々……、いえ、大分想定外の事態となってしまったので、急遽予定を大幅に変更し、最前線とも言える討伐隊が戦っているポイントへと移動している最中です。
―――ヴォォォン……
「…………」
スキル《疾走》を発動させながら街道を走り続ける私の隣、同じく並走しながら行動を共にするメルシー。
その彼女の方から聞こえる、低く唸るような謎の重低音。
私は、さっきからそれが気になって仕方が無い。
重低音を発している当の本人は、相変わらずの無表情のまま、水平移動で、殆ど微動だにせずに私の全力疾走と並走。
もっと具体的に言えば、風を受けてふわりと膨らんでいて尚、足が完璧に隠れるほどに長い、純白のスカート。
その中から、何か形容しがたい力場のような物を発生させながら、高速でホバー移動をしている。
……これは、何でしょうか。
私に『お前の移動方法はおかしい』と言われる事を、待っているのですか?
メルシーは、その異常な移動方法について何も語ってはくれません。
「狼さん、ごきげんよう」
そんなのんびりとした言葉を発しながら、メルシーは進行方向に現れた小隊ウルフの群れに向かって急加速をし、そのまま群れの間を真っ直ぐ突っ込み―――
「また会いましょう」
―――通り抜ける瞬間、スカートの中から無数の細長い何かが高速で飛び出し、周囲にいる狼たちの体を串刺し、切り裂き、叩き伏せながら、魔物たちの骸は黒い霧となって霧散し、瞬く間に群れの殲滅を終えて、謎の物体は再びスカートの中へと戻っていく。
そして、そのまま何事も無かったかのように、ホバー移動を継続していた。
……これは、何なのでしょうか。
私に『お前の攻撃方法もおかしい』と言われるのを、待っているのでしょうか?
ついでに言えば、『お前がたった今殺したから、また会う機会なんて一生来ないぞ』と、マジレスを返すべきなのでしょうか?
メルシーは、その異常な攻撃方法について何も語ってはくれません。
いや、落ち着け。
現実逃避している場合ではない、ちゃんと現実を直視するのだ。
見た目は異常ですが、高速のホバー移動も、スカートの中からの謎攻撃も、非常に有用性が高い。
そうです、有用性が高いのなら、多少(?)の異常性はこの際気にせず些細な事と置いておけば……!
「お兄様」
「どうしましたか!?」
「私は、お兄様のお役に立てていますか?」
意味不明な行動の数々に、若干錯乱状態に陥っていてずっと黙っていた私を他所に、見敵する度に甲斐甲斐しく接敵一掃を繰り返しながら、共に移動していたメルシー。
そんな彼女も、私からの反応が観察する以外一切無い事に不安を覚えたのか、自分の行動に対する評価を伺ってきた。
「ええ、それはもう大助かりですが……。
その、スカートの中から飛び出しているアレはなんなのです?」
私の付いてきた意義すら脅かしかねない程の成果ですが、やはりその正体は、どうしても気になります。
「私が、ただ攻撃するだけだと、やり過ぎてしまう。と、思ったので」
私が問いかけると、その問いに答えるためか、メルシーはホバー移動を止めてその場に停止。
彼女が急に止まったために一瞬追い越しかけるが、私も合わせて停止する。
「この子達に、手伝っていただきました」
彼女はよく分からない事を言いながらも、純白のスカートを少しだけたくし上げる。すると―――
「《玩具》さん、と言います。
お兄様も、仲良くしてあげて下さいね」
―――スカートの中の深い闇から、無数の飛翔物が飛び出してきた。
理解が、理解が追いつかない……。
形状はひし形と楕円形の中間。大きさは一つ一つが20cmほど。
厚さは5cmほどで、中央部分には紅い球体が嵌っている。
形容するなら、巨大な米粒と言ったところでしょうか。
それが縦方向にくるくると回りながら、13機ほど空中に浮いています。
「……あの、エクスさん、と言いましたか。
この方達は、一体どういう方達なのですか?」
「? エクスさんは、エクスさんですよ?」
そうですよね、なんとなくそんな予感はしていましたが、話が通じませんよね!!
……あぁ、また頭が痛く。
気のせいか、なんだか胃もキリキリ痛み出した気が……。
何か行動するたびに悩みの種を増やす子ではありましたが、まさか外部ユニット的な物を隠し持っていたとは。
「この子達なら、弱いので。攻撃をしても、魔物の形を留められます」
「なるほど、ソレでも弱いのですね……」
さっきから一撃で狼共を蹂躙しているその物体でも手加減の範囲で、本体であるメルシーは、魔物の原形を留められないほどの威力を出せると。
ええ、ああ、もう、うん、はい。
貴女は貴女なりに考え、出来得る限り異常性が目立たないように行動しようと勤めている。
その事が分かっただけでも十分です。
もうそういう事にします、ええ。
「気を使わせてしまってすみません。
今後も出来るだけ、そのエクスさんたちに戦ってもらい、彼らが対処できない相手のみ、メルシー自身が戦うと言う事でお願いします」
「はい、分かりました、お兄様。今後もそのように勤めさせていただきますね」
メルシーは了承の意を示した後、エクスなる飛翔体が足元に円状に集結し、そのまま外周部で高速回転し始める。
すると、円の中心に立っていた彼女が地上から僅かに浮き上がり、その隙に高速回転していた飛翔体たちが、全てスカートの中へと素早く収まっていった。
ホバー移動の原因は、エクスたちが作っていたのですね……。
謎が解けても全然嬉しくありませんが。
まあ、メルシーは悪意があって謎要素を取り出しているわけではありませんし、問題について考えるのは、私の仕事ですね。
とりあえずエクスたちについて人に聞かれた場合は、アーティファクト的な魔導具の一種として説明しましょう。
もうそれでゴリ押します。
本人が魔物を殴って粉々に吹き飛ばすよりはマシです。
マシなんです……。
それからも移動中の間、見敵する度にメルシー(エクスなる米粒形飛翔体)に因る一方的な蹂躙は続けられ、そろそろ倒した狼の数が100に差しかかろうとしていた時。
行く手の先に討伐隊の姿を確認し、私達は移動速度を落とし、その戦闘中の集団の一番後ろ、街道に停められた馬車の荷台に高く積まれた足場の上にいる人物に声をかける。
「レーゲンから増援として参りました、私の名はレガシー、こちらが妹のメルシーです、よろしくお願いいたします」
「そうか、増援は助かる。俺はチェスター、討伐隊の指揮をしている、よろしく頼む」
赤い髪、切れ長の鋭い目元に黒い瞳。
レザー防具一式に浅葱色の外套と静かな雰囲気を身に纏っい、右手に少し変わった模様が描かれた、猟銃と思しき長筒を装備した男性。
この簡潔な物言いの男性が、ここの指揮を取っている方ですか。
そしてこの世界には銃火器があるのですね。
米粒型飛翔群体の説明も多少はゴリ押せる望み(?)が出てきましたね。
「それで、現在はどのような状況で?」
「元々の町の戦力の中では腕の確かな者は数人だったが、生存する事を徹底して戦い、パターン化して被害を最小限にして戦っている。
だが、今は昨日参加した増援のお陰で、以前よりも狩るペースが大幅に上がったからな。
それに他の者が置いてかれないよう、新しいパターンを慣らをしている所だ」
彼の効率と安全重視の戦法の回答を聞き、視線を前線へと向ける。
街道周辺は殆ど何も無い平原がどこまでも広がっているために、視界は非常に開けている。
あっても木がたまに数本、岩肌が少し見えるほんの僅かな地面の段差、細い小川程度。
その草原の中、討伐隊の冒険者達が6人集まったパーティー×4の集団、その集まりが一定間隔をキープする広範囲の陣形を取り、その前方から押し寄せてくる魔物の群れと相対していた。
そしてその後ろでは、合計10人の男女が、前衛が倒した魔物からドロップした魔石を拾う係りと、それを護衛する係りの2人ペアとなり、せっせと前線と荷馬車を往復する回収作業に勤しんでいた。
なるほど、確かに役割分担もはっきりと分かれているようですね。
「俺は指揮、対空、援護、荷馬車護衛を兼任中で、ここから動けない。
見たところアンタ達は手練のようだ。
変に戦線に組み込まれるより、最前線の鎧2人と一緒に好き勝手に暴れる方が、アンタ達にとってもやり易いんじゃないか?」
「ええ、こちらとしてもその方が助かります」
「それじゃあ頼む」
「承りました。メルシー、私達も行きますよ」
「はい、お兄様」
チェスターさんの要請に応え、私達は討伐隊の戦闘を邪魔しないよう陣形の外側から回り込み、草原の更に奥の方で大剣を振りかざしながら大立ち回りを演じている、銀と黒紫の大鎧2人組みの近くまで走り寄った。
「加勢します!」
「おお、そりゃたすか……って、何だそのでっかい米粒みたいな奴等っ!?」
「新手の敵か!」
そうですよネ!
なんの説明も無しに米粒型飛翔群体を目撃すれば、そういう反応が返ってきますよネ!!
「妹が操っている魔導具のアーティファクトです!
こう見えて味方なので気にしないであげて下さい!」
「はぁっ!? マジで!?」
「俄かには信じがたいが……」
「メルシー、実演してあげてください」
「はい。エクスさん、思う存分、遊びましょう」
鎧騎士達の懐疑的な思いを払拭すべく、百聞は一見にしかず。を実践して見せ、手早く現実を理解させる。
何せ13機の米粒型飛翔群体と共に、迫り来る魔物達の群れに高速ホバー移動で突っ込んで行く、純白のドレス姿の歳若い女性がおり。
あまつさえその女性が米粒共を操って、斬る、ぶつかる、叩く、弾く、貫く、投げ飛ばすの阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げているのだ。
その様な光景、理解しろと言われても無理です。
無理なので、理解出来ないという事を理解させます!!
「アレは考えるだけ無駄です! 気にしたら負けなので戦いましょう!」
「ヨッシャおし任せろ! 考えないのは得意だぁぁ!!」
「心得た、無視する」
説得完了。
話の早い方達で助かりました。
そしてその後、日が暮れるまでの間、視界に端に映る理不尽なまでの圧倒的暴力の渦とも言える、凄惨な光景を徹底的に無視しながら無心で戦い続け。
討伐隊結成以来、過去最高の大戦果と共に町へと戻っていきました……。
ザ・惨劇(