18、魔物という存在
「―――それにしても、最初は驚いちゃったよ。
『魔物さんを倒すために、情報を教えてほしいのですぅ!!』って言って、ド派手にカウンターに突っ込んで来るんだもの」
「と、とてつもなく申し訳ないのです……」
レガシーさんの協力要請を受けて宿屋を飛び出した後。
まずは、知り合いの中で一番人と接触してそうな方に話を伺おうと思い、冒険者ギルドにいるライラさんのところに向かったのですが……。
……いや、まあ、その。
やる気が空回りしてしまったと言うか、なんというか。
勢い良く走り寄ったのが災いして、コケて、頭からカウンターに激突して、悶絶して……。
その後、痛みで復帰できない私をライラさんが介抱してくれて、現在は、いつものクエスト3点セットをこなすための巡回ルートを、二人で歩いています。
「それで、レガシーさんとメルシーちゃんが感覚を取り戻すために腕鳴らし中って話だけど、二人とも大丈夫なのかな?
町の近くなら魔物も弱いけど、でも数が多いから……」
「今までも度々聞く事がありましたけど、数が多いというのは、具体的にどのくらいな物なのでしょうか?」
今までは話題に上がっても、大繁殖、多い、苦労してる、くらいの部分的なワードしか聞けていないので、どんな感じに大変なのか、いまいち想像が出来なかったのですよね。
「スズカちゃんは、確か町の北側から来たのなら、知らないのも無理はないかもね。
生息する魔物の種類も全然違うだろうし。
レーゲン周辺に生息する魔物で一番遭遇率が多いのは、小隊ウルフって言う、必ず4・5匹の群れを成してる狼かな」
「そのオオカミさんって、もしかして茶色い体毛をしてますか?」
「そうそう、茶色い狼……って、特徴を知ってるって事は、遭遇した事があるっぽいね」
「はい。それはもう実際に追っかけられましたから……」
「あはは……、ドンマイ」
町に到着する前、レガシーさんを召喚して直ぐに遭遇したオオカミさんは、その小隊ウルフと言う魔物さんだったのですね。
あの時は食べられてしまうかと思って、とても恐ろしかったのです……。
その後も、ライラさんに色々と話を伺いました。
その小隊ウルフと言う魔物さん、大繁殖中の今では相当に厄介な存在らしく、必ず4・5匹の群れで現れるのがとにかくヤバい。だそうです。
要は、最初は1グループだけ相手をしている最中に、もう1グループが追加で出現し、その追加分を討伐している最中に更に追加が……と、そんな風に無限ループが発生する事が多々あるそうで。
その上たまに、4グループや5グループほど一気にまとめて襲ってくるのだとか。
冒険者さんたちも、『お前ら小隊じゃなくて軍隊だろ、名前詐欺してんじゃねーよ!』と、怒りをぶちまけながら討伐に当たっているそうです。
その怒りはごもっともだと思いますよ……。
そして、小隊ウルフは一番遭遇率が多いと言うだけで、当然の如く、そこに加えて他の魔物さんたちも混ざってくる訳で……。
種類としては、以下の通りです。
1、ミサイルバニー
頭に一本の尖った角が生え、敵目掛けて頭から捨て身の頭突きを仕掛けてくる、白いウサギの魔物。
2、ブレードプラント
普段は花や草に擬態し、敵が近づくと花弁や葉を刃状に変え、相手を切り裂いてくる、小さな植物系の魔物。
3、タックルボア
2メートルほどの大きな体躯と強い脚力を活かし、敵に対し突進を仕掛けてくる、イノシシの魔物。
外皮と体毛が異様に硬いために刃物が通りにくく、シンプル故に躱す以外の対処がし辛いのも相まって、実力のある者にしか狩る事ができない。
ただ、個体数自体は少ないため、滅多に遭遇はしない。
4、ダーツホーネット
上空とゆう遠距離から、ただひたすらに針を飛ばす攻撃をしてくる、平均50cm大の蜂の魔物。
敵が全滅するまで絶対に地上に降りてこないため、遠距離攻撃手段を持たない者の間では、とてつもなく嫌われている。
ただ、針攻撃の威力が低い事が、唯一の救い。
5、ゴブリン(と、各種派生上位種)
緑色の肌に、痩せ細った人間の子供ほどの体躯と醜い顔が特徴的な魔物。
世界中どんな地域にでも必ず生息している、魔物の代名詞の一角。
通常固体は、ただひっかいたり噛みついたりする程度の雑魚だが、上位種である、ソルジャー、アーチャー、マジシャン、プリーストなどに進化すると、道具や魔法を扱う程度の知能を持つようになる。
そして小隊ウルフに次ぐ数と、道具や魔法に因る近・中・遠の様々な距離からの攻撃を仕掛け、傷付くと回復魔法などで与えたダメージを回復する、非常に厄介な存在。
その上更に進化などしようものなら、それは最早、熟練の冒険者を相手に戦っているのと同義であり、進化を阻止するためのゴブリン討伐は、全世界の冒険者ギルド間共通の恒常クエストとして張り出されている。
……もう、なんと言うか。
話を聞いてるだけでも、戦うのが大変そうな魔物さんばかりで。
そんな存在を相手に数ヶ月間ずっと戦っていて、本当によく今まで一人の死者をも出さずにいられたなぁと思わずに入られません。
冒険者さんたちって、とっても凄いのです。
ただ、一つだけ。
数ヶ月間討伐し続けていると聞いた時から、ずっと気になっていた点があります。
ちょうどいい機会なので、その事についてライラさんに伺ってみましょう。
「ライラさん。前からずっと気になってたことなんですけど、魔物さんってそんなに繁殖能力が高いのですか?
普通の生き物なら、そんな数ヶ月間毎日狩り続けていたら、流石に絶滅させてしまうぐらいの勢いになると思うのですが……?」
そもそもの疑問。
いくら魔物さんが普通の生き物と違う? と言っても、普通はそんな短期間の間に繁殖するのは無理だと思うのです。
産むまでの期間や、産んだ後にも成長するための期間とかがあるでしょうし。
一体どういった理屈で、魔物さん達は増え続けているのでしょうか?
まあ、それを含めての原因不明の大繁殖。なのでしょうが……。
「? スズカちゃんは変な事を言うんだね。
魔物は絶対に絶滅なんてしないし、いくら狩っても湧いてくるモノじゃない」
「え?」
ライラさんは、まるでさも当然の事かのようにそう語っていました。
私の知っている普通とは違う、異世界の常識を。
そうです、ここは異世界なのです。
何か噛み合ってない所があるように思えていましたが、それも当然だったのかも知れません。
私はそもそも、異世界というのは衣・食・住の習慣や文化の違いぐらいしか、地球との違いは大して無い。という感覚で生活していました。
ですが、よくよく考えてみれば、魔法や精霊という非常識極まりない存在がある世界で、未だに地球の常識に囚われている感覚で生活をしてたのが、色々な間違い原因だったのだと思います。
早い話が、色んな常識が根本的に違う異世界なら、生き物が生まれて育つサイクルを、完全に無視した誕生方法すら存在しかねないと言うことなのです。
実際、この後ライラさんに伺った話では、魔物は湧き場と呼ばれる負のエネルギーが溜まる場所から、生き物として成長しきった状態で生まれ出る、正体不明の存在らしいです。
その性質は、同族である魔物以外のありとあらゆる全ての生物を殺そうとする存在であり、例えどれだけ知性が高い魔物であろうと、対話や交渉には一切応じず、ただひたすらに殺戮の限りを尽くす、この世に生きる全生物の敵。
また、湧き場の発生源を作る負のエネルギーを瘴気と呼び、瘴気その物自体も、生き物にとっては猛毒のように体を蝕む作用がある、非常に危険な物なんだそうです。
以上の事が、この世界での魔物を取りまく環境の共通認識です。
そして、異世界の人達にとっては、湧き場は親であり、魔物はその子供。
なので魔物が増えた場合は、繁殖と呼ぶそうです。
私の勘違いの原因となったのは、その点の認識の違いがもたらした物だったようです。
ただ、何故湧き“場”と呼んでいるのに、親という認識なのでしょう?
場所はただの場所でしかないと思うのですが……。
そこにも、何か異世界特有の認識の違いがあるのでしょうか、不思議です。
うん、とりあえず忘れないように、COAOのメモ機能で色々書き記しておきましょう。
ちょっと聞いただけでも情報量が多すぎて、覚えきるのが大変ですし。
……それにしても、こう色々聞いていくと、如何に私がクエストをこなす事だけで手一杯だったかが分かってしまい、少し落ち込みます。
今は情報収集するのが最優先ですが、この件が片付いたら、一度この世界の事について、ちゃんと勉強をした方がいいですね。
こちらの世界には、学校などの教育機関は存在するのでしょうか?
もしあるのでしたら、是非とも通ってみたいのです。
「そうなると、その湧き場がいっぱい発生してしまったのが、今の大繁殖の原因なんでしょうか?」
「うーん、たぶんその読みで当たってるとは思うんだけど。
でも、新しい湧き場が同時に発生したのかーって、みんなで手分けして調査しようとした事もあっんだけど、ね。
結局同じ事しか言えないんだけど、ほんっとに数が多すぎて、数を減らす以上の事に手が回らない回らない。
だから何度も何度も冒険者ギルドの本部に、冒険者の増援要請送ったんだけどねぇ……」
「もしかして、その本部とは連絡が付かないのですか?」
「ううん。連絡は付いたし増援も昨日ちゃんと到着したよ。
たった二人だけだったけどね~、あはは」
ライラさんはちょっとだけ肩を落とし、少し落ち込んだ様子でそう言いました。
昨日、と言うと。
多分、例の鎧騎士さん達のことでしょうか。
あの方達は、冒険者ギルドの本部から増援としてこられた方だったのですね。
鎧騎士さん達は、とてもお強い方達のようですけど、確かに数ヶ月も待って、二人だけしか助けが来てくれなければ、落ち込んでしまうのも無理は無いかもしれません。
「ま、それでも、これからは増援の人に加えて更に二人、頼もしい助っ人さんが戦いに加わってくれる予定たからね。
戦い手も増えたし、後は何とかして魔物が増えてる原因を突き止められたらいいんだけど」
「例の湧き場の発生場所に、どこか心当たりはありませんか?」
「それはもう、ダントツで緑の森が一番怪しいね!
討伐隊のみんなも満場一致であそこが怪しいって、常日頃から言ってるもの」
「ですけど、そこまで行くには手が足りないと」
「そのとおり! ふざけんなー! 魔物どもー! ちょっとは、増えるスピード緩めなさーい!
……とかなんとか叫んだら、ホントに数が減ってくれると嬉しいんだけどねー」
「あはは……」
ライラさん、冗談めかしてそう言っていますが、若干ヤケが入っている気がします。
「それならとりあえずは、緑の森関連の情報集めてみますね」
「緑の森に詳しい人って言うと、ゼパ爺とシーナちゃんのお父さんと、あとは狩猟小屋の管理人さんかな」
「え、狩猟小屋って、管理人さん居たのですか?」
いつも薬草の仕分けに行く時には無人で、ライラさんと二人っきりでただひたすらに黙々と選別していたので、てっきり狩猟小屋は無人が普通だと思っていました。
「いつも無人だけど、ちゃんとチェスターさんって言う管理人さんがいるよ。
魔物が増えてからは、討伐隊の指揮を取ってくれてるから、普段はいないけどね」
「そうだったんですね」
討伐隊を率いていらっしゃる、チェスターさんですか。
一体どんな方なのでしょうか……?
情報と言う名の波が収まらない!(遠い目
ちょっとお休み挟みました(過去形